李首相が逆流阻止、習近平路線の無秩序増長に歯止め

李首相が逆流阻止、習近平路線の無秩序増長に歯止め
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK0331Q0T00C22A9000000/

 ※ 『「黄河と長江が逆流することはない」。』…。

 ※ 『古い黄土文明を捨て、青い外洋へ出よ――。古来、皇帝から庶民まで中華文化圏の中心で生きる人々が固執してきた黄土文明を捨てなければ、中国は衰退し、やがて「球籍」(地球上の戸籍)まで失うことになる。』…。

 ※ 『17年の党大会前には、若手のエース級で重慶市トップだった孫政才をあえて失脚に追い込み、誰にでもわかる形で「ポスト習」が自分であると示した。』…。

 ※ 『「長江は、後の波が前の波を推し進める」』…。

 ※ 分かりにくい「間接話法」、「比喩表現」で、読んでてちょっとイライラする…。
 ※ 特に、『17年の党大会前には、若手のエース級で重慶市トップだった孫政才をあえて失脚に追い込み、誰にでもわかる形で「ポスト習」が自分であると示した。』の一文だ。

 ※ これの解釈は、「習氏が、あえて孫政才氏を失脚に追い込み、誰にでもわかる形で「ポスト習」が自分(=習氏)であると示した。」ということで、いいのか…。

 ※ ともあれ、「国家の発展」を願い、そう仕向けようと画策・行動するのは勝手・自由だが、そういうことは、あくまでも「現実の制約」の中でしか、実現し得ないものだ…。

 ※ そして、「他国」は、別に「貴国」の発展・成長を手助けしなければならない立場に置かれているものでもない…。

 ※ 成長・発展したければ、ご自由に…。

『中国では指導部の世代交代問題、そして重大な政策を巡る路線問題を論じる際、必ずといってよいほど中国を代表する大河である黄河、長江が登場する。

黄河も長江もいにしえの時代から中華文明を育んできた河川であり、指導者らが自らの心境を仮託しやすい。言いにくい話を黄河と長江にかこつけて発信する。その意味では、極めて政治的な暗号として使われてきた。

黄河、長江の逆流なし

「黄河と長江が逆流することはない」。これは首相の李克強(リー・クォーチャン)が8月16、17両日、広東省深圳に入り、港湾を視察した際、青空の下、身ぶり、手ぶりを交えながら朗らかに語った言葉だ。中国メディアの報道によれば、前段は「改革・開放(政策)は引き続き前に進めなくてはならない」という内容だった。

広東省深圳の港を視察する李克強首相(中国国営中央テレビの映像)

李は10月16日開幕が発表された共産党大会を前に、政策路線問題に決着をつけるかのような発信をしたことになる。似た発言は3月にもしたが、今回は「北戴河会議」直後だけに注目度が高かった。とはいえ、反応が大きすぎたため、李が語る映像は中国内では既に見ることができない。

李発言と歩調が合う動きがあった。「(新時代の)新発展段階は、その歴史的な方向と奮闘の目標からみて、まだ社会主義初級段階の歴史の範疇(はんちゅう)を超越していない。この一点は必然的に明確だ」「新発展段階は、初級段階の外にある段階ではない」
中国共産党中央委員会傘下の理論誌「求是」9月1日号が掲載した一連の記事は示唆に富む
しつこく繰り返される解説は、共産党中央委員会が発行する理論誌「求是」の9月1日号に掲載された。ネットでの公開は8月31日で、党大会開幕日発表の翌日だった。筆者は、中央党史・文献研究院長の曲青山(党中央委員)である。

この雑誌は、まず2年前の中央委員会第 5回全体会議(5中全会)で国家主席の習近平(シー・ジンピン)が、新発展段階について語った演説を冒頭に置いている。2035年をめざす長期目標にも触れた習演説を、曲が解読する形式をとっている。

新発展段階は35年に目標を置く現代化の基本的実現、さらに49年の「第2の100年」(新中国建国100年) をめざす新たな段階を指す。習としては、「豊かさ」をめざした鄧小平時代を超越して、「強さ」をめざす自らの時代の新たな発展段階という雰囲気を醸し出したい。そうなれば政治上、極めて有利だ。

ところが、曲は、鄧小平理論の根幹を成す重要な構成部分である社会主義初級段階の中の一段階にすぎないと断じている。初級段階論は、1987年秋の第13回党大会で鄧が主導して系統的に説明された。当時、初級段階は、56年の社会主義改造の基本的な完成から、21世紀中葉の現代化の基本的実現まで延々と続くとしていた。

習は2017年党大会で現代化の基本的実現を約15年も前倒し、35年とした。これが習による新時代の最大の実績のはずだ。それでも初級段階は35年で終わらない。概念に大変化はなく、習が宣伝する新発展段階も初級段階という鄧小平由来の大枠の中に収められてしまった。

歴史をひもとき整合性を持たせる合理的な説明とはいえ、今、あえて強調するのは意味深である。経済急減速下での「北戴河会議」の結果を踏まえ、皆が納得できる総括を習自身の過去の言葉も引用しながら、少し複雑な形式で行った。そう考えるのは、うがち過ぎだろうか。

「社会主義初級段階にある以上、まずは改革・開放の継続でケーキを大きくすべきだ。初級段階を卒業した後の理想型であるケーキを均分する『共同富裕』(皆が豊かに)を拙速に実現しようとすべきではない」。そういうメッセージにもみえる。

鄧小平「社会主義初級段階論」という大枠

習による新時代は、18回党大会を開いた12年に始まったという時代認識区分は是としている。これは21年の「第3の歴史決議」に描かれた通りだ。だが、中国国民の生活を左右する経済政策路線の解釈は別である。

今なお鄧小平以来の社会主義初級段階から抜け出していない――。そうクギを刺した狙いは、経済を巡る習路線の無秩序な増長に歯止めをかけることにあった。党大会日程の発表文には、改革・開放という文字がなく、共同富裕にも触れている。だが権威ある党の理論誌の解説と合わせれば、バランスがとれる。鄧小平は今なお健在だ。

黄河を巡っては、社会主義初級段階論が公式提起された翌年の1988年、大きな文化的なうねりがあった。大論争を引き起こし、再放送禁止になった中国のテレビドキュメンタリー「河殤」(かしょう)の放映である。

中国のテレビドキュメンタリー「河殤」(かしょう)のシナリオ解説本

古い黄土文明を捨て、青い外洋へ出よ――。古来、皇帝から庶民まで中華文化圏の中心で生きる人々が固執してきた黄土文明を捨てなければ、中国は衰退し、やがて「球籍」(地球上の戸籍)まで失うことになる。

革新的で大胆な主張は衝撃を与えた。映像の視覚的な力で文明論をひもとき、知的好奇心に訴えた番組は、改革・開放へ人々を動かすアジテーションの役割を果す。理論的な支柱は、河殤の企画顧問も務めた中国経済学界の泰斗で北京大教授の厲以寧だ。李克強の恩師である。

「黄河と長江の逆流はない」という李発言の直後、党大会で党トップとして3選を狙う習の今後の政治権力の行方、指導部の世代交代問題などにも大きな影響があるのではないかという臆測が広がった。

とはいえ8月末、党大会開幕を10月半ばと発表した経緯は5年前と同様で、習主導で順調に準備が進む様子をうかがわせた。経済に不案内な習の「暴走」に歯止めがかけられたからといって、それが即、習の政治基盤を揺るがすわけではない。

一方、習は長期的な世代交代問題、未来を担う新しい指導層の育成に関して、長くだんまりを決め込んでいる。「ポスト習近平」論議は、再び封印され、闇の中にある。

17年の党大会前には、若手のエース級で重慶市トップだった孫政才をあえて失脚に追い込み、誰にでもわかる形で「ポスト習」が自分であると示した。同じ手は使えない。では党内に広がる「次世代を育成すべきだ」との声にどう対処するのか。

世代交代問題で注目された習発言は1年前にまで遡る。「第3の歴史決議」採択前の21年10月である。「国家の政治制度が民主的なのか、有効なのか、を評価するには、国家の指導層が秩序だった交代ができるかをまずみるべきだ」

一瞬、ドキッとするが、習は過去にも似た発言をしていた。ポイントは「国家」の指導層にだけ言及し、「党」や「中央」には触れないことだ。翌月の歴史決議では、さらに曖昧になった。「時代の重責に堪える後継者らを大量に育成する」。これは、党として次世代を集団として育成する重要性に触れた一般論にすぎない。

長江で世代交代に触れた江沢民氏

ここで過去の例をみてみよう。興味深いのは元国家主席、江沢民(ジアン・ズォーミン)による22年前の「公式」発言だ。

「長江は、後の波が前の波を推し進める」

2000年5月30日、中国を訪問していた当時の自民党幹事長、野中広務ら与党3党幹部と北京・中南海で会い、こう話している。「後の波が、前の波を推す」というのは、長江の流れのように、世の中は絶え間なく変化し、新しい世代が古い世代に取って代わることを意味する中国のことわざだ。

2019年10月、中国建国70年の記念式典に臨む習近平国家主席。左は胡錦濤氏、右は江沢民氏(北京)=共同

会談で江は、後継者とみなされていた当時の国家副主席、胡錦濤(フー・ジンタオ)の名に触れた。注目したいのは、それでも江がすんなり全権限を胡に譲ることはなかったという権力闘争の歴史である。

この発言の2年後、02年秋に開いた第16回党大会で、党トップの総書記職こそ胡に譲ったものの、党中央軍事委員会主席の座は手放さなかった。軍を動かせる点で実質的な権力の源泉であるポストから離れるなら、影響力が一気に衰えてしまう。江が党軍事委のトップから退いたのは、さらに2年後の04年秋だった。

陝西省に下放中の習近平主席(中央、梁家河の記念施設の展示)

時の権力者が、その権限の全てを若手にすんなり譲る例は極めてまれだ。習の場合も、10月党大会での3期目入りは既定にみえ、その後の権力委譲の形はまったくみえない。

黄河と縁が深い黄土高原。その真ん中にある陝西省延安付近で青少年期を過ごした習は、「黄色い大地の子」を自称する。かたや李克強は「古い黄土文明を捨てよ」と説いた「河殤」が象徴する改革・開放路線の申し子である。政治的には、なお「脱鄧小平」を志向する習が李をどう扱うのか、そして後継者の育成問題をどう処理するのか。答えは1カ月余り後に出る。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)

1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』