中国経済救える次期首相、「団派」傍流の汪洋氏も候補に

中国経済救える次期首相、「団派」傍流の汪洋氏も候補に
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK281OM0Y2A820C2000000/

『中国の成長を支えてきた若年労働層の失業率(16~24歳)がほぼ20%という歴史的な高水準に達し、公務員の収入が地方中心に前の年より最大3割強も下がる。尋常ではない中国経済を苦境から救える次期首相はいったい誰か。中国の経済界などから全国政治協商会議主席の汪洋(ワン・ヤン、67)を推す声が上がっている。

全国政治協商会議で発言する汪洋・全国政治協商会議主席(18年3月)=三村幸作撮影

汪洋とはどんな人物なのか。現在、7人いる最高指導部(共産党政治局常務委員)メンバーで、序列4位の実力者だ。だが、この5年の動きは地味だった。いや、あえて爪を隠して目立たぬように振る舞ってきた感すらある。国家主席の習近平(シー・ジンピン、69)に忠誠を尽くす発言も多い。

鄧小平による「一本釣り」

汪洋は、共産党幹部への登竜門である共産主義青年団が形づくる派閥(団派)の有力者といわれてきた。だが、実際には1980年代前半、出身地の安徽省で共青団地方幹部の経験があるだけだ。

前国家主席の胡錦濤(フー・ジンタオ、79)、首相の李克強(リー・クォーチャン、67)、そして副首相の胡春華(フー・チュンホア、59)のように共青団の中央組織で育ったエリートではない。共青団トップである第1書記の経験者でもない。7300万人強を擁するエリート集団出身としては傍流なのだ。

広東省深圳に立つ改革・開放の立役者、鄧小平の像(国営中央テレビの映像)

汪洋抜てきのキーマンは、かつての最高実力者、鄧小平だった。貧しい家庭出身の汪洋は、中学卒業後、食品工場で働く。30代半ばの若さで就いた安徽省銅陵市長として行政、公営企業の改革を進め、地元紙に載せた「目覚めよ 銅陵!」という文章が中央で注目される。

折しも鄧は、1989年の天安門事件で萎縮した「改革・開放」を再び加速させるため、92年1月、南方を視察する「南巡講話」の旅に出る。その後、安徽省に立ち寄り、改革・開放の旗を振る若き汪洋にも会ったとされる。

ここから汪は出世の階段を上り始めた。いわば鄧のお墨付きを得た「一本釣り」人事だ。安徽省副省長、国家発展計画委員会の副主任、国務院副秘書長、重慶市と広東省のトップ、そして副首相から全国政協トップ……。地方から中央まで申し分のない多彩な経歴だ。
「改革・開放」旗振りはまず李克強氏

8月中旬までのいわゆる「北戴河会議」後、習は、共産党機関紙、人民日報の1面を全て自身の遼寧省視察の関連記事で埋めるなど、10月16日からの開催が発表された共産党大会でトップとして3選を狙う方向性に変化がないことをうかがわせた。

一方、経済運営を巡っては注目すべき動きがあった。北戴河会議の後、首相の李克強が、習よりも早く国営中央テレビの夜のメインニュースに動画で登場。その視察場所は「改革・開放」政策を象徴する広東省の深圳だった。

深圳で鄧小平像に献花する李克強首相(国営中央テレビの映像)

深圳は、先に紹介した鄧による「南巡講話」の中心都市だ。李は深圳の公園にある有名な鄧小平の像にも献花した。党大会前の北戴河会議直後、習ではなく李が深圳入りし、鄧の像に献花するのは意味深である。

この10年、習は政治、経済、外交・安全保障のあらゆる面で「鄧小平ルール」をひっくり返すことで、鄧の業績を超えて、党トップとして異例の3期目にレールを敷く戦略を進めてきた。

だが、今回の李の深圳行きは、現役指導部と長老らが意見交換した北戴河会議の雰囲気を反映していると考えられる。減速著しい中国経済の先行きを心配する声が目立ったのは当然だろう。

そこで鄧の改革・開放路線を揺らぎなく進める実務上の重責を李に担わせた。これを内外に示したのが、李の深圳行きである。こう考えれば、一連の北戴河後の動きを解釈できる。

ただ、李自身が3月に語ったように23年春での首相退任は確実だ。とすれば李に代わる新たな改革・開放の旗振り役が必要になる。この時、重要なのが、極端に走りがちな習を説得し、歯止めをかけられる老練な政治的手腕だ。なおかつ習と良好な関係を保たなければいけない。難しい役回りである。

李克強首相が政府活動報告をするなか、汪洋全国政協主席㊧と言葉を交わす習近平国家主席(19年3月、北京の人民大会堂)=横沢太郎撮影

写真は19年3月の全国人民代表大会だが、李が演説するなか、壇上では習が汪洋と親しげに言葉を交わしている。関係が微妙な習と李の間ではめったにみられない風景だ。衆人環視の会話には「あえて皆に見せ、人間関係の濃淡を推測させる」という狙いがある。会話内容は、唇から読まれているかもしれず、重要ではない。

習は、党の中央財経委員会などの強化で、国務院(政府)を仕切る李から実質的な権限を奪ってきた。李と壇上で親しげに話す機会が極端に少ないのは、トップとナンバー2の格の違いを印象付ける意味がある。序列4位で共青団中央エリートでもない汪洋の場合、そこまで意識する必要はない。

21年夏、習が共同富裕(共に豊かに)というスローガンを打ち出した後、住宅・建設・不動産不況、「ゼロコロナ」政策もあって景気が落ち込んだ。共同富裕に触れる機会も大幅に減ったが、北戴河明けの遼寧省視察では習が再び共同富裕を2回ほど強調している。

共同富裕からの完全な路線転換は、習の求心力低下を招く。習のメンツは立てなければならない。とはいえ再び暴走するのは困る。だからこそ鄧小平路線の継承者の顔を持つ「市場メカニズム重視派」である汪洋への期待が高まるのだ。

副首相経験者から選ぶ鉄則

首相選びでもう一つ、重要な点がある。首相は、副首相の経験者から選ぶという鉄のおきてを今回も守るのかだ。建国の父、毛沢東の忠実な伴走者で首相だった周恩来が1976年に亡くなって以来、首相のポストは例外なく副首相経験者が継承してきた。

上海市トップの李強氏

中央の経済財政運営の実務に精通した人材でなければ首相職は務まらない。そう考えられてきたのだ。汪洋の場合、2013~18年まで副首相を務め、対外経済の担当者でもあった。

例えば、習側近で首相候補とされた上海市トップの李強(63)は、まだ中央での実務経験がない。早々に上海から北京に異動し副首相に就けば、23年春の首相抜てきもあり得る。だが、先の上海都市封鎖の混乱で、経歴に大きな傷が付いてしまった。

副首相経験者という点では、筆頭副首相の韓正(ハン・ジョン)も有資格者だが、68歳になれば新たなポストに就かず引退するという内規に抵触する。首相に就くには、習と同様、首相職もこの内規の例外とする必要がある。

韓正副首相

ほかには副首相の胡春華も首相候補になり得る。だが、こちらは団派の正統な継承者で、歳も習より10歳若い。長期政権を狙う習としては警戒せざるをえない。「ポスト習」の芽を育てず、世代交代の雰囲気を醸し出さないのが、政権を長持ちさせる秘訣である。

こんな裏の目的もあって、力ある共青団に「貴族化」「娯楽化」というレッテルを貼りながら、執拗に改革を求めてきた。17年に胡春華と同世代の重慶市トップ、孫政才(58)を失脚に追い込んだのも当時、「ポスト習」の最右翼とみなされたからである。

団派では傍流にすぎないことが、汪洋に幸いするかもしれない。既に大ベテランの汪なら自らの地位を脅かすことはありえず、よいコンビを組めるかもしれない。習はそう考える可能性がある。

「ある地域の2人の公務員から聞いた。彼らは昨年末から給与が下がり、今年全年では(昨年に比べ)3分の1近く減る見込みだ」。誰もが知る中国の著名ブロガーで元環球時報編集長の胡錫進が8月中旬、こう投稿した。

浙江省などでは昨年末、公務員本人とみられる人物が25%ほどの給与カットを明かしたが、その投稿はあっという間に削除された。8カ月が過ぎ、地方経済の極端な悪化という一連の事実がようやく公になりつつある。

「これからの5年間は、改革・開放から40年余りで最も困難な時期になる」。中国の経済学者がこう予想するほど情勢は厳しい。困難な経済運営と改革の司令塔役を担える人材はそう多くない。かつて行政改革や公営企業の改革にナタを振るった汪洋への期待はその辺りにある。

1994年2月25日、日本記者クラブで記者会見する当時の朱鎔基・中国副首相(東京・内幸町)

難点は、67歳という年齢から考えて1期5年しか首相職を担えないとみられる点だ。それでも1998年から5年限りの首相任期中に行政改革、国有企業改革を進めた朱鎔基の例がある。

中国の世界貿易機関(WTO)加盟に道を開いた朱鎔基は99年、安徽省にいた汪洋を中央の国家発展計画委副主任に引き上げた師匠筋でもある。ちなみに朱鎔基が首相に就いた年齢は69歳だった。 つまり、汪洋を選んだ場合、5年後に再び首相の人選が必要になる。

もうひとつは、いくら首相本人に能力があっても、それを発揮できる権限、環境が整っていなければ、過去10年と同じ間違いを繰り返すことになる。汪洋首相説はあくまで一部の期待にすぎないが、「現実離れ」した案でもない。結局、全ては習の考え方にかかっている。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

習近平帝国の暗号 2035

著者 : 中澤 克二
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 1,980円(税込み)

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青山瑠妙
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授
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ひとこと解説

中国共産党第20回党大会に対する注目度は非常に高い。しかしながら、そのほとんどは習近平国家主席が引き続き3期目へと続投するか、あるいは誰がこれからのトップ7になるかに関するものばかりだ。こうした問題ももちろん重要ながら、本記事が取り上げているテーマ、誰が中国経済の指揮をとるかという問題はこれまでほとんど注目されていない。中国の経済発展、政権の安定、世界経済との関わりなど様々な意味で、李克強首相と劉鶴副首相の後任人事から目が離せない。
2022年8月31日 12:01』