ロシア軍、半数の8万人死傷 兵力増員に透ける焦り

ロシア軍、半数の8万人死傷 兵力増員に透ける焦り
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『ロシアが軍の兵員数を増強する方針を打ち出した。ウクライナ侵攻に投入したロシア兵の半分強が死傷したとみられ、ロシアの苦境は鮮明だ。米欧の軍事支援を追い風にウクライナ軍は、主に南部地域で反攻作戦を本格化する公算が大きい。

ロシアのプーチン大統領は25日、ロシア軍の兵員数を13万7000人増やし、約115万人にする大統領令に署名した。ウクライナ侵攻に約15万人を投入したが、米英両軍などの見積もりでは半分強の約8万人が死傷したとみられる。近年は兵員数を圧縮し、装備の近代化に国防費を振り向けてきたロシア軍だけに明確な方針変更となる。

2月24日に始まったウクライナ侵攻は「量のロシア軍」対「質のウクライナ軍」の戦いだ。

4月ごろまでは量で圧倒するロシア軍を米欧製の小型精密誘導火器を駆使するウクライナ軍が食い止めた。ロシア軍は首都キーウ(キエフ)陥落を断念、いったん占領した北部地域を放棄した。

5月から7月にかけてはロシア軍が東部や南部で占領地域をじわじわ拡大した。火砲や砲弾の量で勝るロシア軍に対し、ウクライナは苦戦した。

8月以降は「質のウクライナ軍」が盛り返す展開となった。米国が提供した高機動ロケット砲システム「ハイマース」がロシアの火砲よりも射程が長い利点を生かし、無人機の観測能力も駆使することで、ロシア軍の前線司令部や補給物資集積地を効果的にたたいた。
ロシアが2014年に制圧し支配を既成事実化しているクリミア半島でも、ロシア軍が被害を受ける事態が続出した。ウクライナ軍は認めていないものの、同軍の特殊部隊などの作戦の結果である可能性が濃厚だ。

南部での軍事作戦の拠点であるクリミアが安全でなくなり、ロシア軍は浮足立っている。ロシア軍が国際社会の反発を承知で南部ザポロジエ原子力発電所を事実上「盾」にしながら攻撃しているのも、苦境の表れとみてよいだろう。

冷戦時代、北大西洋条約機構(NATO)軍は、ソ連軍を基幹とするワルシャワ条約機構(WPO)軍が西欧に侵攻してきた場合、最前線のWPO軍部隊を食い止めると同時に、後続の第2波、第3波の部隊を長距離攻撃でたたき、最前線の敵部隊を孤立させて粉砕する戦術を準備していた。クリミア駐留ロシア軍部隊への攻撃は、NATO軍の戦術を忠実になぞっているようにもみえる。

「ウクライナと支援する米欧、そしてロシアの双方とも、秋から冬にかけてが正念場となろう」(元自衛隊情報系幹部)。ロシアの大統領令が発効するのは年明けで、ロシア国内では軍に入ることを忌避する空気も広がりつつある。プーチン政権は刑務所の受刑者を兵士にするというスターリン時代のソ連をまねた策までとり始めている。

戦地にいるロシア軍の士気低下は、過去にシリア内戦に派兵された実戦経験豊富な部隊にも及んでいるもようだ。ロシア軍の火砲や装甲兵員輸送車などは当初投入の約半分が破壊されたとみられ「大規模攻勢に出られる状態ではない」(同)。

米欧国防当局はウクライナへの軍事支援を継続する構えだ。ロシアから武器を輸入してきた中国軍に自信を喪失させる効果も狙える。ハイマースや対戦車砲ジャベリンなどは「戦場で効果が実証された兵器」として国際武器市場で引く手あまたとなる。ウクライナ支援は特に米軍産複合体にとって利点が多い。

今後ハイマースなどの兵器を増強できれば、ウクライナ軍は南部を中心に反攻を加速し、11月ごろまでにロシア軍の南部支配地域を徐々に奪回できる展開が見えてくる。

ただ米欧の国防当局が無制限に支援を継続できる保証はない。米欧諸国で「ウクライナ支援疲れ」が広がれば流れは変わりうる。戦闘は越年する見通しだが、天然ガス輸出というロシアの「武器」が最も効果を発揮する中・東欧の暗く極寒の冬に向けて、米欧が結束を維持できるかが今後の展開を左右しそうだ。

(編集委員 高坂哲郎)

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上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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ひとこと解説

ロシア、ウクライナとも自軍の死傷者数の発表を行わないようになっているが、さまざまな情報から考えて、士気や兵器の質の面で劣るロシアの方が、人的・物的な損害は大きいようである。部隊の実働人員や稼働する兵器数が定員を大きく下回っており、攻勢に出るのが難しいケースもあるという。となると兵員の補充という話になるが、プーチン大統領は総動員令を出すのをためらっている。ウクライナに対する侵略戦争がうまくいっていないことが露呈するのみならず、徴兵に踏み切ると国民の不満が増し、国内で戦争反対のうねりが生じかねないからである。一方、ウクライナは総動員令を発しており、11月下旬までの期限延長法案を議会に出している。
2022年8月30日 7:38

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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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分析・考察

もう一つ重要なポイントは、「量のロシア軍」は在庫で戦っているという点。経済制裁を受けることで、必要な兵器を入手することが困難になり、物量で圧倒することが困難になっている。他方、「質のウクライナ軍」は継続的に西側諸国から武器の供給を受け、戦争を継続する能力を維持している。こうした「ストック対フロー」の戦いが長期化するとフローの方が有利になる。
2022年8月30日 10:35』