数字で測れぬ判断必要に キリン、ミャンマー撤退の教訓

数字で測れぬ判断必要に キリン、ミャンマー撤退の教訓
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD235K50T20C22A8000000/

『キリンホールディングスがミャンマーのビール市場から撤退する。昨年2月の軍事クーデター発生後、合弁相手の国軍系企業に入る資金が民主派弾圧に使われると批判されてきた。新興国リスクにのみ込まれた同社の経験から、読み取れる教訓は何だろうか。

キリンは6月末、合弁会社ミャンマー・ブルワリー(MBL)の保有株式51%をMBLへ売却することで合意した。9月中にも手続きを終える見通しだ。

MBLの自社株買いという撤退手法には批判もくすぶる。結果的に国軍系の全額出資となり、収益がこれまで以上に国軍へ流れかねないからだ。キリンも当初は第三者への売却を目指し、アジア系の投資ファンドなどから手が挙がった。

だが「売り先によってはかえって無責任な撤退になる。相手の素性調査にも時間がかかる」と西村慶介副社長。選択肢が限られるなかで早期決着を優先した。

政変直後に関係解消を表明し、1年半で撤退を完了する。出口戦略は素早かったが、そこに至る対応には2つの分岐点があった。

ひとつは入り口だ。MBLの買収は2015年8月。民政移管していたとはいえ、それまで半世紀も軍事政権が続き、米欧の制裁下にあった。国軍系と組むリスクは意識したはずだ。

MBLの看板商品「ミャンマー・ビール」はシェア8割を誇る。また同社株を譲り受けた相手はキリンが以前出資していたシンガポール飲料大手だった。ミャンマーが「最後のフロンティア」と騒がれ、世界の企業が参入を競うなかで、高収益の魅力や「知っている」という安心感がデューデリジェンス(投資先調査)に隙を生まなかったか。

もうひとつは投資後の初期段階だ。政変はまさかの事態だが、リスクの芽は17年には顕在化していた。

国軍がイスラム系少数民族ロヒンギャを迫害し、70万人が難民となった。国連や人権団体は傘下企業が資金源だと何度も告発し、外資に提携解消を迫った。新たな事実が浮上するたびにキリンは調査に追われた。

迫害も政変も問題の構図は同じだが、前者では事業見直しの議論は出なかったという。仏教徒が大多数を占める国民の間では国際社会の批判への反発の声が大きかったことも影響した。いざ政変が起きたときの決断を速めた面があるとはいえ、迫害問題への対応が後手に回った感は否めない。

西村副社長は「人権問題への感度が鈍かったのは認めざるを得ない」と打ち明けたうえで自問自答する。

「いま考えれば、歴史的背景にまで遡ってリスクを精査する必要があったかもしれない。でもどこまでできたか、投資判断が変わったかは、正直わからない」

海外での企業買収に詳しい西理広弁護士は、一連の対応は検証が必要だと前置きしたうえで「日本の成長機会が海外市場に偏る以上、少しでもリスクがあったら投資しない、ではビジネスにならない」と話す。

ミャンマーのような新興国は潜在力が高い半面、毀誉褒貶(ほうへん)がつきものだ。カントリーリスクはどこまで許容が可能か。単純な投資採算とは異なる、数字では測れない見極めが、経営に試される。』