タイ首相職務停止、今後の3つのシナリオ

タイ首相職務停止、今後の3つのシナリオ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGS24CEQ0U2A820C2000000/

『【バンコク=村松洋兵】タイの憲法裁判所が24日にプラユット首相の任期問題を巡って首相の職務停止を命じたことで政局が不透明になった。憲法裁は軍政の流れをくむ現政権の影響下にあり、最終的にはプラユット氏の続投を認めるとの見方があるが、任期切れと判断すれば国会で新首相を選出する流れとなる。

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軍事クーデターを経て2014年8月に暫定首相となったプラユット氏は、19年の正式就任以降も含めて在任期間が8年を超えた。野党は「首相任期を通算8年までとする憲法に違反する」として辞任を要求し、憲法裁に訴えを出していた。政権側はプラユット氏の任期は17年の現憲法制定時、あるいは19年の正式就任から起算するとの見解をとる。

憲法裁はプラユット氏の反論や専門家の意見を聞き、1~2カ月程度で首相の任期について判断を示す見通しだ。今後想定されるシナリオは3つある。

第1はプラユット氏の任期は切れていないと判断し、首相続投を認めるものだ。憲法裁の9人の裁判官は全員が軍政時代から職務を継続しており、過去には民主派野党に解散命令を出すなど政権寄りの判決を繰り返してきた。今回はプラユット氏の職務停止を命じたものの、最終的には政権の意向をくんだ判断を出すとの見方が多い。

背景にあるのがタイが22年の議長国を務めるアジア太平洋経済協力会議(APEC)だ。11月にバンコクで首脳会議を予定しており、政権は会議の成功を最重要課題の一つに位置づける。外交関係者は「憲法裁からプラユット氏の任期に問題がないとのお墨付きをもらい、国際社会に政権の正統性をアピールする狙いがある」とみる。

憲法裁がプラユット氏の任期が切れたと判断した場合は、首相は即時失職となり内閣総辞職を迫られる。その後、国会の上下両院議員の投票によって新首相を選出する。連立与党は公選制の下院(定数500)で過半数を占める。軍政下で任命された上院(同250)も与党側につくのが確実で、親軍政権が継続する見通しだ。

新首相は19年の民政移管に向けて実施した下院総選挙で、各党が首相候補として選挙管理委員会に登録した人物の中から選出するのが原則だ。約20党からなる連立与党から該当者を選ぶのが第2のシナリオとなる。

最大与党である親軍政党「国民国家の力党」はプラユット氏以外に首相候補として登録した人物がおらず、与党第2党「タイの誇り党」のアヌティン党首が有力候補となる。大手建設会社の創業一族で、タイ東北部に地盤を持つ有力政治家だ。現政権では副首相兼保健相を務め、大麻の栽培や使用に関する規制緩和を推進した。

国軍が影響力の及びにくい政治家に首相の座を渡すのを嫌い、国軍関係者や国軍の意向をくむ人物を選ぶのが第3のシナリオだ。首相指名選挙で19年総選挙の首相候補者の中から過半数を得る人物が出ない場合は、上下両院議員の3分の2以上の賛成があれば、ほかの人物から選出が可能になる。

その場合、プラユット氏の首相職務を代行するプラウィット副首相が有力候補になるとみられている。国軍の事実上のトップである陸軍司令官の経験者で、プラユット氏の元上官に当たる。国民国家の力党の党首も務め、現政権で最も影響力があるとされる。

国軍関係者が新首相になれば、野党や学生を中心とするデモ隊から「国軍による権力継承」との批判が強まるのは必至だ。下院は23年3月に任期満了を控えており、憲法の規定で遅くとも同年5月までに総選挙の実施が予定されている。早期の解散・総選挙を求める声が強まる可能性がある。

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高橋徹
日本経済新聞社 編集委員・論説委員
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ひとこと解説

タイの憲法裁判所は「最も民主的」といわれた1997年憲法で創設された独立機関です。権力のチェック・アンド・バランスを担うはずでしたが、その後の2度のクーデターと新憲法制定の過程で事実上骨抜きにされ、タクシン元首相派など革新勢力を追い落とすための「司法クーデター」のツール、と揶揄されてきました。今回の一時職務停止の命令は意外でしたが、常識的に考えれば、最終的にプラユット首相に不利な判断を下す可能性は低いと思われます。万が一、そうした事態が起きたら、それはタイ保守勢力の権力構造に重大な変化が生じていることを意味します。
2022年8月26日 12:20 (2022年8月26日 12:39更新) 』