試論:「国力の方程式」再考

試論:「国力の方程式」再考
https://news.yahoo.co.jp/byline/suzukitakahiro/20210401-00230187

『皆さんは、「国力の方程式」というものを聞かれたことがあるだろうか?

 国際政治などにおける議論ではたまに見かけるが、一般的にはそれほどは知られていないかもしれない。しかしながら、国際社会において、国家や国家間の関係性を考える上で参考になるものであると考えられるので、本稿で考えてみたい(注1)。

 この「国力の方程式」には、実はいくつかのバリエーションがあるが、その中でも最も有名なのが、米国のCIA情報担当副長官や国務省情報調査局長、ジョージタウン大学教授などを歴任したレイ・クライン氏(Ray S Cline)が考案したものであろう。

 同氏は、1980年代に出版した著書『世界の「軍事力」「経済力」比較―アメリカの世界戦略データ′80年代』(注2)”WORLD POWER TRENDS ’80s”の中で、同方程式を紹介し、国力比較をしている。本稿では、この方程式を基に考察していきたい。

世界はどういう方向に進むのか。そしてそこにおける国家の役割は。(写真:ロイター/アフロ)

 まず国力とは、そもそも何なのであろうか? その定義はいろいろあるが、一般的に「経済,軍事,文化,資源,人口などを総合した国の力」(注3)であるといわれる。

 また、それと絡んで、国力ランキングというものがある。そのランキングも、国力の定義により様々なものがあるが、ここでは、米誌「USニューズ&ワールドレポート」が毎年発表している「世界で最も強い国のランキング」を基に考えていく(注4)。同ランキングは、政治力、経済力、軍事力、国家としての影響力に関する世界の約2万1000人を対象に行ったアンケート調査の結果から総合して決定されたものである。

  2020年版の同ランキングは、次のとおりである。

第1位:アメリカ

第2位:ロシア

第3位:中国

第4位:ドイツ

第5位:イギリス

第6位:フランス

第7位:日本

第8位:イスラエル

第9位:韓国

第10位:サウジアラビア

 さて、以上を受けて、本稿の主題である、「国力の方程式」について話を戻そう。

クラインの方程式は、次のとおりである。

 国力=((基本指標:人口+領土)+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

  (注)国家意思=戦略目的を遂行する意思

 要は、経済力以外は、基本的に、人口、領土、軍事力(ここでは主に旧来のハードの軍事力)など「ハード」あるいは物理的要素とそれを使用する国家の目的や意思から構成されている。

 ところが、1990年代初頭の東西冷戦構造の崩壊後の世界のグローバル化やグローバルの経済の進展により、国際関係における相互依存関係の高まりや経済(国を超えた経済も含む)の重要性の急速な高まりにより、国家間の軍事的紛争や戦争状態は起きにくくなり、もちろん意味がなくなったわけではないが、従来のハード的な「軍事力」の重要性が低下してきているのである。他方、経済に関しては、量ばかりでなく質においても、飛躍的に拡大し、国際社会において影響力を増大させてきているのである。

 またそのような非戦争状態が継続し、世界のグローバル化でヒト・モノ・カネ・情報等の国を超えた移動が容易化する中で、文化や社会の役割を重視する「ソフトパワー(注5)」、「パブリック・ディプロマシー(注6)」、「トラック2」や「トラック3」(注7)などが、国際社会や国家間の関係を決める上で重要性を増してきているのである。つまり、文化力や社会力が国力に影響するようになってきている。

 近年のITをはじめとする、AI、IoT、XR、blockchain、仮想通貨、ロボット、電気自動車、自動運転車、ドローン、3Dプリンター、キャッシュレス、シェアリングエコノミーなど様々テクノロジーを活用した社会的ツールや仕組みなどが生まれ、社会や世界さらに私たちの日常生活を急速に変貌させてきている(注8)。また、中国などは、その国内市場等を活用して、テクノロジーなどを急速に発展させ、国際的な影響力を拡大させてきている。その顛末として、ファーウェイの問題や米国における中国人研究者・留学生の締め出しや数のコントロールなどに見られるように米中のテクノロジーや経済のぶつかり合い、せめぎ合いも起きてきているのである。つまり、このようにテクノロジーが、国家の影響力に大きな役割を果たすようになってきたのである。

テクノロジーの急激な進展が国や社会に大きな影響力を持つようになってきている(写真:アフロ)

 上記の「文化力・社会力」や「テクノロジー」をまとめて、ここでは「新興要素」と呼ぶこととする。それらが強いほど、「国力」も増大することになる。

 そして地球温暖化、水や食料などの資源の制約、感染症などの諸々の問題(環境要素)も重要になってきているが、基本的には国力にとりマイナス要因と考えることができるだろう。

 さらにGAFA(注9)やBATH(注10)などの、ある意味国家を超えたメガテック、国家とは異なるテロ組織などのアクターの出現、NGO/NPOなどの市民社会の役割の増大などのような非国家のアクターなども、国際関係などを考える上で重要な要素になってきているが、これらの力は、自己の目的や利益に従って行動や活動をしていくので、国家や社会にとっては、プラスにもなることも、マイナスに機能することもあるだろう。

 以上の議論に基づくと、新しい国力の方程式は、次のようになる。

 国力=([基本指標:人口+領土]+経済力+軍事力+新興要素-環境要素)

                  ×(戦略目的+国家意思)±非国家アクター力 

 いかがだろうか。

 いずれにしろ、世界に起きている様々な状況や事象を見ても、それらのことはこれまで以上に相互に関係し合い、複雑さを増してきている。私たちは、今後より益々複眼的で、多元的なものの見方が必要とされているといえるだろう。

(注1)本記事は、筆者が、船橋洋一氏の『地経学とは何か』という著書を読んでいた際に、国力の考え方を変えるべきだというインスパイアを受けて書いたものである。

(注2)『世界の「軍事力」「経済力」比較―アメリカの世界戦略データ′80年代』。

原題“World Power Trends And U.S. Foreign Policy For The 1980s”。

(注3)この定義の出典は、ブリタニカ国際大百科事典・小項目事典である。

(注4)「日本は何位?世界で最も「強い」国ランキング[2020年版]」(Sinéad Baker、Business Insider、2020年1月21日)参照。

(注5)ソフトパワー(soft power)とは、「その社会の価値観、文化的な存在感、政治体制などが他国に好感を持って迎えられ、外交に有利に働くこと。米国ハーバード大教授ジョセフ=ナイの提唱」(出典:デジタル大辞泉(小学館))。その対になる言葉が「ハードパワー(hard power)」で、「他国の内政・外交に影響をおよぼすことのできる軍事力・経済力のこと。軍隊を動員しての示威行動や侵攻、経済制裁や経済援助など」(出典:デジタル大辞泉(小学館))を意味する。更に最近は、「軍事力・経済力による圧力と、文化・技術等を基にした国際協力を総合した新しい対外政策」(出典:デジタル大辞泉)を意味する「スマートパワー(smart power)」と言う言葉も使われることもある。

(注6)「パブリック・ディプロマシー(public diplomacy)」とは、「1 交渉経過を公開しながら進める外交。2 政府と民間が連携しながら、広報や文化交流を通じて外国の国民や世論に働きかける外交。広報文化外交。広報外交。対市民外交。」(出典:デジタル大辞泉(小学館))のことである。

(注7)これらに関しては、次の説明を参照のこと。「『トラック1外交(track 1 diplomacy)』は政府間の正式会合による外交。『トラック2外交(track 2 diplomacy)』は民間研究機関と大学の研究者を中心とする民間外交。『トラック3外交』は市民外交(people-to-people diplomacy)。」(出典:実用・現代用語和英辞典)

(注8)拙論「近未来『テクノロジーと社会の関係性』」(みらい 未来を創る財団 2021年10月 No.10  http://www.theoutlook-foundation.org/admin/wp-content/uploads/2014/05/a0b394595c17f0ac100ba5d84dc610ed.pdf)参照。

(注9)「GAFA」とは、「グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の4社のこと。頭文字を取って称される。いずれも米国を代表するIT企業であり、4社は世界時価総額ランキングの上位を占めている。また、世界中の多くのユーザーが4社のサービスをプラットフォームにしている。」出典:知恵蔵

(注10)BATHとは、「中国を代表する有名なIT企業であるBaidu(バイドゥ)・Alibaba(アリババ)・Tencent(テンセント)・Huawei(ファーウェイ)の頭文字をとったものです。読み方は「バース」。IT系の会社の中でも、アメリカのGAFA(ガーファ)に迫る勢いのある中国のBATH。」出典:「GAFAはわかるけど「BATH」って? 熱視線を浴びるBATHを理解しよう」(マイナビニュース、2020年12月21日)

鈴木崇弘
城西国際大学大学院特任教授

宇都宮市生まれ。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。総合研究開発機構等を経て、東京財団の設立に参画し同財団研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の設立に参画し同機関理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学公共政策研究科客員教授、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授などを経て、現職。現在、PHP総研客員研究員等も兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書等は『日本に「民主主義」を起業する』。』