反米世論統制に中国苦慮 ぺロシ氏訪台でネット検閲強化

反米世論統制に中国苦慮 ぺロシ氏訪台でネット検閲強化
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『台湾への軍事圧力を強める中国が、ペロシ米下院議長らの訪台で高まる反米世論の制御に苦慮している。大規模な「反米デモ」の発生で対米関係が緊張することも、不満の矛先が指導部に向かうことも、秋の共産党大会で3期目を目指す習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)には許容できないためだ。

米の超党派議員団が台北で、蔡英文(ツァイ・インウェン)台湾総統と会談した15日、北京市中心部の朝陽区にある米国大使館周辺には、通行人を上回るほど多数の警官の姿があった。

「どこに行く? 身分証をみせろ」。厳重な警備はペロシ氏が訪台した2日前後から続いている。尖閣諸島の国有化をきっかけに起きた2012年の「反日デモ」では数千人が日本大使館前に集まり、生卵やペットボトルを投げつけた。

同様の暴徒化を許せば、対米関係や国際世論の一段の悪化は避けられない。対外的な強硬姿勢を崩さない中国だが、米国との衝突リスクは細心の注意を払って避けようとしている。

実際、大規模軍事演習はペロシ氏が台湾を離れた後の4日に始めた。弾道ミサイルこそ発射したが、習氏の決裁が必要とされる米空母を標的にする「DF21」や米領グアムを射程に入れる「DF26」は封印した。軍事関係筋によると、2隻の空母も台湾周辺には近づかなかった。

不測の事態を避けるため、特に目を光らせるのがインターネット空間の動向だ。

ペロシ氏の訪台前に中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」では連日、同氏の話題がトップランキングを独占していた。ところが訪台直前の8月1日には上位50以内から突然姿を消した。

米政府系自由アジア放送(RFA)は「反ペロシと台湾に警告すべきだとの世論が過熱し国内がコントロール不能に陥る」事態を中国当局が懸念したとの分析を伝えた。

異変は著名な愛国主義的コメンテーターで知られる環球時報の胡錫進前編集長のツイッターでも起きた。

7月29日、胡氏は「台湾に入るペロシ氏の搭乗機を米軍戦闘機がエスコートすれば、それは侵略だ。警告射撃や妨害の効果がなければ、撃ち落とせ」と英語で勇ましくツイートしたが、すぐに削除した。

胡氏は「規定違反だと警告された」と釈明したが、中国を巡る情報発信はすべて共産党宣伝部が指導している。当局が「待った」をかけた可能性が高い。

ネット書き込みなどを監視する要員向けに8月2日に出した緊急通知にも、世論の過激化を避けようとの腐心がにじむ。

「能力を隠して内に力をたくわえ、人民の福祉のために経済建設を進めようとしている」

当局はペロシ氏訪台当日、大規模演習などの対抗措置を見合わせる事態に備え、これを正当化するための穏当な宣伝方針を指示していたのだ。

「強国は必ず強軍でなくてはならない」。習指導部が進めてきた愛国教育で小学生向けの政治思想の教科書に明記された一文だ。

歴史教科書では日本や欧米列強の侵略・支配が強調され、改革開放後の高度経済成長に日本を含む国際社会が協力・支援した記述は乏しい。

中国は経済規模で米国の7割強まで迫ったが、一部のエリートに富が集中し、人口の4割強に当たる約6億人が月収1000元(約2万円)以下で暮らすとされる。

足元では、厳格な新型コロナウイルス封じ込め政策で景気が減速する。都市部の若者は5人に1人が失業状態にあり、不満をため込んでいる。

異例の3期目続投を目指す習氏は、対外的な緊張「管理」と国内の政治環境安定の両立を必要としている。自らがまいたナショナリズムの火種が燃え上がる事態は避けなればならない。

習指導部は多大なコストと人員を投じて、ネット検閲を強化し続けている。

(北京=羽田野主)

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川島真
東京大学大学院総合文化研究科 教授
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ひとこと解説

中国で反共産党、反政府、親米的な言論が取り締まりの対象となることはいうまでもないが、同時に極端に愛国的、排外的な言論も時に取り締まりの対象となる。昨今、保守、愛国的なインフルエンサーの発言が「管理」対象となっていると言われている。これは秋の党大会を控えて国内の言論環境を落ち着かせたいということだけでなく、経済が深刻な状況に陥る中で、依然として先進国との関係が重要であり、目下欧州や日本との関係改善が進められようとしていることとも関わっているだろう。自由な言論を認めていない中国では、言論が加熱して社会が動揺したり、対外関係が過度に悪化すれば、それも中国共産党の「管理」責任になってしまうのである。
2022年8月25日 7:09
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渡部恒雄
笹川平和財団 上席研究員
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分析・考察

ペロシ下院議長訪台の際には、中国のネット上では、「軍事演習だけでは生ぬるいペロシの乗る飛行機を撃墜しろ」というような過激な投稿があり、当局はすぐに削除したようですが、中国のナショナリズムはかなり過熱しています。そもそもナショナリズムを煽ってきたのも中国共産党であり、「両刃の剣」になっているのが現状です。この状況が、ペロシ訪台において中国政府は、経済への悪影響も懸念して米国との関係悪化を望まなかったにも関わらず、大規模な軍事演習という措置を取らざるを得なかった背景の一つだと思います。現在、中国政府は「両刃の剣」が自分に向かわないように、タイミングをみて「管理」に乗り出しているのでしょう。
2022年8月25日 8:47 (2022年8月25日 11:13更新)
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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

人々にとって、情報を消費する行為は食事するようなこと。偏食すると、不健康になる。政府にとって都合の悪い情報が検閲されてしまうと、一時的に政府にとって都合の良い状況が創り出されるが、しかし、長期的に情報について不健康な人民たちは予期せぬ行動を取る可能性がある。その社会はますます不安定化しがちである
2022年8月25日 8:40 』