ロシア極右思想家の娘殺害、ウクライナ攻撃強化の圧力

ロシア極右思想家の娘殺害、ウクライナ攻撃強化の圧力
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB248MZ0U2A820C2000000/

『モスクワ郊外で20日、走行中の乗用車が爆発、炎上した。運転していた政治評論家、ダリア・ドゥーギナ氏が死亡した。

警察は運転席の下に仕掛けられた爆弾が爆発したとみている。標的はダリア氏ではなく、父で極右思想家のアレクサンドル・ドゥーギン氏だった可能性が高い。ドゥーギン氏はロシアのウクライナ侵攻を思想面で支える人物だ。

モスクワでの暗殺は珍しい。例外は反体制派だ。2015年には、クレムリン(ロシア大統領府)のすぐ近くで反体制派指導者ボリス・ネムツォフ氏が射殺された。ところが、ダリア氏と同氏の父は政権寄りのエスタブリッシュメント(支配層)としては筋金入りで、ウクライナ侵攻を全面支持していた。ロシアのプーチン大統領は22日、ダリア氏を「純粋なロシア人の心を持つ有能な人物だった」とたたえた。

ロシア連邦保安庁は「ウクライナの犯行」

多くのモスクワ市民にとって、ダリア氏の死は6カ月前に始まったウクライナ侵攻の影響が間近に迫る不穏な兆しとなった。世間の注目を集めたほかの殺人事件と同じく、ダリア氏の死についてもすぐに、つじつまの合わない陰謀説が浮上した。ウクライナ側は関与を否定し、この親子を狙う動機が同国政府にあると考える人はまずいない。だが、ロシア連邦保安庁(FSB)は事件の2日後、容疑者を公表した。ダリア氏と同じアパートに部屋を借り、事件後は隣国エストニアに出国したウクライナ籍の女の犯行だと特定した。FSBは「ウクライナの情報機関が準備し、実行した」と主張した。

西側のコメンテーターは、FSBの捜査があまりに迅速だといぶかった。

FSBの発表前、ロシアの野党指導者で19年にはウクライナに亡命したイリヤ・ポノマリョフ氏は、ロシアの反体制派地下組織「国民共和党軍」が出したとする犯行声明を示した。だが、西側当局者の一人は声明を「ポノマリョフ氏の想像の産物」だと決めつけた。

ドゥーギン氏自身が、なにかと陰謀説を唱えて名前を売った人物だ。1990年代以降にロシアの極右の寵児(ちょうじ)となった。極右思想の造詣が深い。当時のエリツィン政権が民主化を進められず、社会に失望が広がっていた際、海外の極右思想を翻訳して紹介した。ドゥーギン氏と一時、共に活動していた反体制派の著名人、エドワルド・リモノフ氏はドゥーギン氏を、(ロシア語の表記に使う)キリル文字の原型を発明した9世紀の聖人「聖キリルと聖メドティウスのファシズム版だ」と評した。

ドゥーギン氏は90年代、ロシアの軍部と関わるようになった。モスクワの陸軍士官学校で教壇に立ち、上級将校に欧州の地政学理論を説き、「地政学の基礎」を執筆した。これは90年代に最も大きな影響力を持った書籍の一つだ。この本は、陸軍士官学校の教科書になったこともある。この本のなかで、西側を分断し、欧州からアジアにまたがる「ユーラシア」という概念で(ロシアの前身の)ソ連を再構築する構想を示した。英作家ジョージ・オーウェルのディストピア小説「1984年」に着想を得たような考え方だった。

ロシアの右派に詳しい米フーバー研究所のジョン・ダンロップ氏は「共産主義体制が崩壊した後のロシアで、軍、警察、国家主義の外交エリートにこれほど大きな影響を与えた本はほかにない」と指摘した。

「プーチンの頭脳」と呼ばれるが、一定の距離

プーチン氏が政権を握ると、ドゥーギン氏は05年の極右勢力のデモ「ロシア人の行進」、自身が設立した民族主義グループ「ユーラシア青年連合」をはじめ、政権公認の政治活動に取り組むようになった。ドゥーギン氏はプーチン氏との直接の関係を否定するが、プーチン氏に近い人物の多くと連携した。こうしたプーチン氏の取り巻きたちはドゥーギン氏の名を口にし、同氏の主張を引用する。ドゥーギン氏には活動資金を提供する。ドゥーギン氏を「プーチンの頭脳」と呼ぶ専門家もいる。

ドゥーギン氏は常に、プーチン氏とは一定の距離を保ってきた。西側との緊張が緩んでいた時期には公の場にほとんど姿を見せなかったが、プーチン政権が西側を威嚇するようになると、脚光を浴びるようになった。

ドゥーギン氏の神秘的なオーラは、活動範囲がヨガからファシズムまで幅広いモスクワの非公式な社会の主要人物であるという事実によって一段と強まる。その思想はロシアによる14年のウクライナ領クリミア半島の一方的な併合宣言、22年のウクライナ侵攻を後押しした。

例えば、20年に刊行されたジャーナリスト、キャサリン・ベルトン氏の著書「プーチンの仲間たち」によると、ウクライナ東部で同国から独立したと主張する親ロシア派武装勢力「ドネツク人民共和国」はクリミア併合宣言の前、ドゥーギン氏のユーラシア青年同盟と同じビルに入居する政党として産声を上げた。

ドゥーギン氏はロシアだけでなく、ウクライナでも知られている。ウクライナのアレストビッチ大統領府長官顧問は「ドゥーギン氏を熟知している」と認めた。同氏は4月、自分がドゥーギン氏に近いモスクワの極右勢力とつながりを持っていたと屈託なく認め、物議を醸した。アレストビッチ氏はラトビアに拠点を置くロシアの独立系メディア「メドゥーサ」に対し、ウクライナの情報機関のために活動していたと打ち明けた。ドゥーギン氏の集会には「モスクワで300人ほどが集う」と話した。

アレストビッチ氏は「この手法は現代のロシア政権に浸透している。ドゥーギン氏は自分の論理と世界観を植え付けることに成功した。私は(ドゥーギン氏の集会に)参加しなかったが、(同氏に)近かったことで、ウクライナの役に立てた」と語った。

ドゥーギン氏の娘の死にロシアの極右勢力が反発し、プーチン政権にはウクライナへの攻撃を強めるよう求めるはずだ。爆発前にドゥーギン氏とダリア氏が参加していたイベントを主催した保守派の人気作家、ザハール・プリレーピン氏は、犯行が「完全にウクライナ側の手口だ」との見方を示した。

ドゥーギン氏も22日、事件に初めて触れ、「ウクライナのナチス政権によるテロ行為だ」と言明した。娘は「勝利に命をささげた」と述べた。

ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は事件にウクライナが関与しているとの観測を否定した。「ウクライナは無関係だ。ロシアのような犯罪国家でなく、テロ国家でもない」と反発した。

ロシアの独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のコラムニスト、ユリア・ラチニナ氏は、ダリア氏の殺害が(旧ソ連の指導者)スターリン式の粛清を正当化する材料に使われると見通した。1934年、当時のソ連で政治家のセルゲイ・キーロフ氏が暗殺された事件をきっかけに、30年代後半に政治テロが広がった例をあげた。

ラチニナ氏は「ドゥーギン氏の娘の殺害は無意味でない。キーロフ氏の暗殺と同様に、報復テロの波を引き起こすだろう」と指摘した。「(ダリア氏の)殺害の背景として、あまりに多くの可能性があるので臆測は控える」と、慎重だった。

(チャールズ・クローバー)』