理想にばく進するマスク氏 支える「7人のサムライ」

理想にばく進するマスク氏 支える「7人のサムライ」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC193690Z10C22A8000000/

『イーロン・マスク氏は誰もが実現不可能と捉えてきたビジネスを型破りな発想で可能にしてきた。その代表格であるテスラとスペースXの成功を裏付ける数字は、今や誰もが認めざるを得ない。

テスラの2021年12月期通期の売上高は前年同期比71%増の538億2300万ドルで、売上高営業利益率は同5.8ポイント増の12.1%だった。22年1~3月期の営業利益率は19.2%、4~6月期は14.6%。10%を超えれば御の字とされる製造業においては高収益企業といえる。

テスラが時価総額でトヨタ超えを果たしたことは有名だが、非上場のスペースXも負けていない。22年5月に米ブルームバーグなどが報じた記事によると、同社の評価額は同月時点で1250億ドルとなったもよう。これは時価総額で宇宙業界2位の米ロッキード・マーチンを上回る。

マスク氏はなぜ手掛ける事業が多岐にわたるのに、無謀な挑戦を現実化して事業を成功に導けるのか。その大きな理由に、手掛ける事業のすべてが同じビジョンの上にあり、互いに関連していることがある。

手掛ける領域を3つに限定

まず踏まえておきたいのは、いずれの事業でもマスク氏が目指すのは「人類の永続的な繁栄」にある点だ。幼いころからSF小説やSF映画を好み、人類の未来に思いをはせた。1989年に出身地の南アフリカからカナダに移住し、同地や米国の大学で経済や物理、エンジニアリングを学んでいた頃から、「人類の未来に影響を及ぼす技術は『インターネット』『クリーンエネルギー』『宇宙開発』の3つ」と予見していた。

壮大な構想の中で大きな役割を担うのが、やはりテスラとスペースXだ。マスク氏はあらゆる場所で、テスラは地球環境保護、スペースXは宇宙への人類の生活圏拡大と、役割分担していると説明している。

2002年にスペースXを立ち上げ、テスラに出資して会長に就任したのが04年。06年に太陽光発電のソーラーシティに出資し、後にテスラ傘下に収めた。太陽光で発電した電力を電気自動車(EV)などに蓄えれば、走行はもちろん家庭の電源としても使える。スペースXでは、地球のどこからでもインターネットを使えるようにする衛星通信システム、スターリンクの運用を20年に始めた。衛星をスペースXのロケットで打ち上げられるので相性がいい。どの事業も前出の3つの技術領域に関連する。

少し異質に見えるのが、16年に設立した地下トンネルを使った高速輸送システムのボーリング・カンパニーと、脳の機能拡張を目指すブレインテックのニューラリンクだ。前者は、テスラやスペースXと同じ「輸送インフラ」と考えれば納得がいく。だが、ニューラリンクについては、テスラが今、開発に力を入れているヒト型ロボット「テスラボット」や、市場投入が噂されているテスラの高機能スマホ「Pi」の存在を踏まえると狙いが見えてくる。ニューラリンクで開発する脳の拡張機能は、ボットやスマホの「操作手段」にしようとしているとみられる。

すべてに共通するのは、人類が火星に移住した後の人や物の輸送や人と人とのコミュニケーションに関連していることだ。ツイッターの買収劇や暗号資産(仮想通貨)へのこだわりも、移住後を想定した「インフラ」と見ているのだろう。

マスク氏が描くこの未来予想図ならぬ「未来実現図」は、彼を取り巻くファンたちの信仰の対象になっている。同氏はこの目標を達成するためなら、狂気とも言える執着で現場の技術者を叱咤(しった)し、プロの投資家や優秀な経営陣、科学者たちを味方に付け、まい進していく。

答えがなければ即会議終了

だが、それに付き合うのは並大抵のことではない。スペースX社内をよく知るある関係者は、こんな内部事情を吐露した。

「マスク氏は技術者に出した宿題の答えに少しでも疑問を感じれば、納得がいくまで質問を浴びせる。その技術者が答えを持たなければ、答えを持っている技術者にその場で電話をかけて呼び出す。それでも答えが出なければ、会議は即終了。マスク氏は不機嫌にその場を去る。だから技術者はマスク氏との会議を恐れ、できれば会いたくないと考えている」

だがその関係者はこうも言う。

「それでも技術者が付いていくのは、マスク氏がそうしているのに悪意はなく、純粋に実現したい未来だけを見ているからだ」

経営者も社員も、それを支える投資家や株主も、同じ未来を見ている。マスク氏の頭の中にあるビジョンは、全員を1つにするちょうつがいの役割を果たしているのだ。

といっても、手掛ける事業を成功と呼べるようになったのはつい数年前のこと。19年半ばまで、特にテスラは火の車だった。20年、マスク氏はツイッターでこうつぶやいた。

「(手元資金は)最短で1カ月分。モデル3の量産は長期間、大きなストレスと苦痛となった。17年半ばから19年半ばまで。生産と物流の地獄」

テスラに批判的な評価を下すことで知られる米ガイドハウス・インサイツのアナリスト、サム・アビュエルサミド氏も「4年前は、テスラがまさか生き延びるとは思いもしなかった」と振り返る。

危機の直接的な原因はモデル3の量産ラインにあったが、それ以上のインパクトを同社に与えた事件が18年6月に起きた。当時、大学院の学生だったランディープ・ホシ氏は、実家近くにあるテスラのフリーモント工場に現れた巨大なテントを見つけた。この頃、マスク氏をはじめ経営陣は量産ラインの課題解決のため工場で寝泊まりしていた。テントの下にあったのは、モデル3の組み立てラインだ。

当時、マスク氏やテスラに反発し、不利な情報を見つけ出してはネット上に流す集団「TSLA(テスラ)Q」が勢力を持っていた。ホシ氏も、マスク氏の壮大すぎるビジョンや「虚言」とも受け取れる発言に違和感を覚えていた。ある日、ホシ氏はドローンを飛ばしてテントの下にあるラインを撮影し、ネットに流した。これはテスラQの間で大きな「スクープ」となり、「テスラは倒産する」「こんなラインで造られたモデル3は危険だ」といった臆測が一気に流れた。

テスラQの狙いは空売りといわれている。マスク氏は怒りをあらわにし、ツイッターでホシ氏などを攻撃したが、テスラに向けられた逆風が収まることはなかった。

それでも経営陣や社員は諦めずにラインの改善に取り組み、量産化に成功。これがテスラの業績アップに貢献したことは言うまでもない。

倒産の危機は08年にもあった。02年にマスク氏が創業したスペースXは、06年に初の自社製ロケットを完成させ、打ち上げ試験を実施したが1回目は失敗に終わった。07年の2回目でも失敗し、その次の08年に3回目に挑戦するも失敗。この時、金融危機が世界を襲った。

4回目に失敗すれば後がない。テスラも量産段階に入っておらず、金融危機のあおりで資金繰りに窮していた。にっちもさっちもいかない状況をマスク氏は、米カリフォルニア州で活動するテスラ車所有者団体のインタビューで赤裸々に語っている。

当時、マスク氏がオンライン決済ペイパルの売却で手に入れた2億ドル弱の資金は、残り4000万ドルまで目減りしていた。全額をいずれかに投じてどちらかだけを生かす選択肢もあったが、マスク氏は双方に半分ずつ投じる方法を選んだ。

「会社は子どもと同じような存在だ。2人の子どもがどちらもおなかをすかせているとき、どちらかだけにご飯を食べさせ、もう一方を見殺しにすることなどできない」

幸い、スペースXは4回目の打ち上げを成功させ、米航空宇宙局(NASA)の契約を勝ち取った。問題はテスラだ。

「資金を調達できたのは、この日、この時間までというギリギリの時刻だった。08年12月24日午後6時だ」

「この時に頼れたのは、初期からテスラに出資してくれていた主要投資家の、ほんの数人だけだった。アントニオ・グラシアス、アーロン・プライス、スティーブ・ジャーベットソン……」

それだけ感謝しているのだろう、マスク氏は窮地を救ってくれた人や企業のことをよく覚えていて、折に触れ名前を口にする。地元メディアの報道によると、ここに名前が挙がったグラシアス氏はマスク氏と1990年代からの古い知人だ。マスク氏の会社には早い段階から資金を入れ、テスラにも2005年から投資。役員を07年から15年間務めた。スペースXの役員でもあり、同社が21年にビットコインを15億ドル分購入した際にも尽力した。マスク氏のビジョンにトコトンほれ込んでいるのだ。

社内がざわつけば動く裏方

マスク氏のビジョンの実現を縁の下で支える人材はグラシアス氏以外にもいる。

アレックス・スピロ弁護士やテスラの財務を取り仕切る最高財務責任者(CFO)に30代で就任したザック・カークホーン氏、同社の人工知能(AI)や自動運転技術の開発で陣頭指揮を執っているアンドレ・カーパシー氏などだ。

カーパシー氏はマスク氏が「優秀なコンピュータービジョン関連の技術者の中でも間違いなく世界最高峰」と評価する35歳。マスク氏が立ち上げたAI研究機関オープンAIの初期メンバーの一人でもある。

同じAIの領域ではニューラリンクの幹部であるシボン・ジリス氏が挙げられる。イエール大卒の才女だが、21年にマスク氏との間にひそかに双子をもうけていたことが発覚してからは、その才能よりもマスク氏との関係に世間の視線が注がれている。

スペースX社内で起きる問題の解決や実務の遂行に欠かせないのが、最高執行責任者(COO)で社長のグウィン・ショットウェル氏。「イーロンの思い付きや高すぎる目標を現実味のある計画に落とし込み、現場の技術者との橋渡しをする」(同社関係者)のが彼女の役目だ。

22年5月にも格好の出番があった。マスク氏が同社に所属するプライベートジェットの添乗員にセクハラ行為をし、和解金を支払ったとする報道を受け、社内はざわついていた。ショットウェル氏はこれを受けて全社員にこんなメールを送った。

「20年間、共にイーロンと働いてきて、今回、指摘されているような行為または類似した行為をしているのを見たことも聞いたこともない。だから今回の(添乗員の)申し立ては間違っていると信じている」

またニューラリンクで最高経営責任者(CEO)を務めるジャレッド・バーチャル氏も、マスク氏の右腕だ。同社だけでなくマスク氏個人の資産運用も任されている「金庫番」。16年に同社に加わる前は、ゴールドマン・サックスのフィナンシャルアドバイザー、モルガン・スタンレーではシニアバイスプレジデントを務めていた。マスク氏の財団でも、教育や小児治療、環境リサーチなどの領域で寄付金を配分する役割を担う。

マスク氏はさまざまな危機を乗り越える中で、情熱とビジョンだけでは現実社会を渡り歩けないことを学んだ。今、見てきた「7人のサムライ」がしっかりと脇を固めることで、マスク氏の前進が可能になっている。

(日経BPニューヨーク支局長 池松由香)

[日経ビジネス電子版 2022年8月18日の記事を再構成]

【関連記事】

・渋滞イライラ、マスク氏 トンネル超高速掘進の現実味
・宇宙ビジネス、1兆ドル市場に飛翔 ビリオネアらが主導
・スペースX、年内に衛星ネット開始 フィリピンで

日経ビジネス電子版

週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。
詳細・お申し込みはこちら
https://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/ 』