狙われる自民党総裁選 世論分断に中国・ロシアの影

狙われる自民党総裁選 世論分断に中国・ロシアの影
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE125X70S2A810C2000000/

『「日本の政治に本気で影響を与えようと思ったら、日本国籍を取得するより自民党員になる方が簡単だ」。中国共産党員の一人は真顔で話す。

もし与党・自民党の党員になって総裁選に参加すれば事実上、首相選びに関わることができる。

自民党は入党資格として「満18歳以上で日本国籍を有する方」と掲げる。実際は身分証明書の提示といった厳格な確認をしない例もあるという。過去には党員になった覚えのない人に総裁選の投票用紙が届く「幽霊党員」問題が指摘された。

いま自民党は国会議員1人あたり年1000人以上の新規党員の獲得をノルマとして課す。党勢拡大のための活動も行き過ぎれば危うさをはらむ。

中国は民主主義の脆弱な部分を突く。それは権威主義的な国の特徴でもある。トランプ氏が勝った2016年の米大統領選はロシアの介入が取り沙汰された。

「オルタナ右翼の台頭、ブレグジット国民投票の可決、トランプ大統領の誕生。16年の主要イベントは裏ですべてつながっていた」

SNS(交流サイト)などのデータを駆使してトランプ氏が当選するよう大がかりな世論誘導をしたと内部告発したクリストファー・ワイリー氏は著書「マインドハッキング」で明かす。

同氏は16年6月の英国での欧州連合(EU)離脱を巡る国民投票について、半年後に迫った米大統領選の予行演習のような位置づけだったと告白する。トランプ氏支持へと誘導する過程で、ロシア情報機関が関わったとも証言する。

事実なら16年や20年の大統領選での米国社会の分断状況をみるにロシアの情報戦は成功したといえる。

日本でも21年の自民党総裁選は異様な盛り上がりをみせた。

SNS上で高市早苗氏と河野太郎氏の支持者とみられる人が互いに批判し合う書き込みが目立った。党内が分裂しかねないと懸念した高市氏自身が「(総裁選は)たとえ正反対の意見であっても尊重し合う場です」と沈静化を呼びかける事態になった。

公安調査庁の元幹部は「証拠は見せられない」と断った上で、党内対立をあおる投稿は中国発が多かったと語る。発信は北京時間の午前9時から午後5時の間が目立ち、組織的な関与を裏付けると話す。

次の総裁選は岸田文雄首相が党総裁の任期を終える24年9月までにある。

この年は東アジアの民主主義を混乱させたい勢力にとって標的にしやすい時期に当たる。1月に台湾総統選、4月に韓国で国会議員を決める総選挙、11月に米大統領選があるからだ。

自民党は次期総裁選前に外国籍の人の不正な入党を防ぐ本人確認システムの導入を検討する。首相官邸も外国の諜報(ちょうほう)活動から守るカウンターインテリジェンスに力を入れ始めた。

それでも悪意を持って日本を狙う勢力への防波堤として十分とはいえない。

新型コロナウイルス禍で露呈したように、権威主義的な体制に比べて民主主義は意思決定に時間がかかる課題もある。「それでも民主主義には価値がある」と説くには備えが必要だ。

SNSが身近になるほど外国勢力による世論の分断工作は人ごとでなくなってきた。どんな人の心にも社会を分断する芽は潜む。あおられやすい環境だと個々が自覚し冷静さを保つことが第一歩になる。

(島田学)

【関連記事】

・台湾が迫る欧州の覚悟
・「新常識」へ欠かせぬ想像力 アジアの中の日本に重責
・派閥の本能と政治家の情念
・新「X論文」が問う備え 米中対立の先にあるもの

Twitterで最新情報を発信 https://twitter.com/nikkeiseijibu/?n_cid=MCH998 

政治・外交 最新情報はこちら https://www.nikkei.com/politics/?n_cid=MCH999 

多様な観点からニュースを考える

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

川島真のアバター
川島真
東京大学大学院総合文化研究科 教授
コメントメニュー

分析・考察

中国やロシアが日本の国会議員選挙に介入しようと思った場合、何をどうすればいいかなかなか判断がつかないだろう。無論、「親中派」を当選させるようにし、「嫌中派」を非難したり、あるいは与党を混乱に陥れるようなスキャンダル映像なり言説なりを流すことはあろう。しかし、大統領選に比べれば、議会制民主主義を採る日本への選挙介入は容易ではない。だとすれば、もっとも簡単なのは自民党総裁選になる。中国に都合のいい候補を応援するとか、あるいは混乱させるとか、様々な工作がフェイクニュース、議論誘導、さまざまな方法で行われる可能性がある。中国による智能化戦争、ハイブリッド戦は日常生活の中でなされることを意識すべきだ。
2022年8月20日 14:05
鈴木一人のアバター
鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
コメントメニュー

分析・考察

社会を混乱させるために偽情報を提供し、それで陰謀論者などが騒ぎ立つといったことは外部勢力でも可能だろう。ただ、日本は米英よりははるかに政治的に保守的で、組織が有効に機能し、少々のスキャンダルや噂で自民党総裁選が揺さぶられることはない。むしろマスコミが世論の方向性を誘導し、それによって大きな流れが作られることが多い。大統領選やBrexit投票のように「Yes/No」の二項対立なら煽りやすいだろうが、自民党総裁選となると、派閥や支持団体などの動きが重要で、二項対立になりづらい。こんな中で中ロが介入しようとしても、何をすれば有効なのか、見えないのではないだろうか。
2022年8月21日 18:32』