インドがロシア原油「爆買い」 安さだけでは語れぬ事情

インドがロシア原油「爆買い」 安さだけでは語れぬ事情
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD213VF0R20C22A8000000/

 ※ インドの「立ち位置」も、徐々に明らかになって来ているようだ…。

『「エネルギー価格高騰の影響を和らげるため、国民にとって最善の取引をする。いまはあらゆる国がやっていることで、我が国だって同じだ」

インドのジャイシャンカル外相は今月半ば、訪問先のバンコクでの在留印僑らとの会合で、ロシア産原油の調達拡大の正当性を改めて強調した。

ロシアのウクライナ侵攻から24日で半年がたつ。プーチン政権の戦費調達を妨げるため、主要7カ国(G7)はロシア原油の輸入を原則禁止する方針を掲げた。が、新興国の多くは同調することなく、自らの「国益」を最優先して動く。世界最大の原油輸入国である中国と並び、「最善の取引」を積み上げる同3位のインドはその典型だ。

インドがロシア原油の「爆買い」に走り始めたのは4月からだ。

インド商工省の貿易統計によると、2021年の原油輸入先はイラク、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)の中東3カ国で5割を占めた。10位のロシアは日量7万バレル、全体のわずか2%。今年3月単月をみても11位の9万バレルにとどまっていた。

それが4月に日量39万バレル、5月は65万バレルへ急増。6月には98万バレルに達し、サウジを抜いて2位に浮上した。ロイター通信によれば、7月も87万バレルと高水準を維持したもようだ。

理由は輸入価格が雄弁に物語る。サウジ産と比較すればわかりやすい。ロシア産は粘度が低い軽質油で、精製が容易なため、重質油の中東産より通常は高い。実際、3月の輸入単価はサウジ産の1バレル105ドルに対し、ロシア産は118ドルだった。

4月以降は状況が一変した。110ドル台へ上がったサウジ産に対し、ロシア産は4月が108ドル、5月が94ドル、6月は102ドルに下がり、逆転現象が生じた。経済制裁の影響が顕在化し、だぶつき始めたロシア産をインドが割安に買い込み、結果としてロシアの戦時財政を手助けしている図式だ。
ロシア産原油を積み、極東のナホトカ港から出港するタンカー=ロイター

もとよりインドとロシアの関係は密接だ。1971年に旧ソ連と軍事同盟的な性格の強い「平和友好協力条約」を結んで以降、ソ連のアフガニスタン侵攻、インドがパキスタンと領有権を争うカシミール問題のように、互いが批判の矢面に立つ場面でかばい合ってきた。2000年以降にインドが輸入した軍事装備品の3分の2はロシア製で、原子力や宇宙開発にも協力関係は広がっている。

逆にいえば、ロシア最大の輸出品である原油を、インドがこれまでほとんど調達してこなかったことの方が意外に思える。「それはひとえに輸送距離と経済性の問題」と石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の竹原美佳・石油天然ガス事業本部調査部長が解説する。

竹原氏によると、ロシアからインドへの原油輸送には10万トン級のタンカーが使われ、黒海の港湾から出荷する場合で3週間、バルト海だと1カ月を要する。一方、中東からは30万トン級が一般的で、1週間程度で到着する。ロシア産は中東産の3~4倍の時間をかけて、3分の1しか運べない計算になる。

また輸送距離が長いほど、積み荷にかける保険料は高くなる。輸送時間が長いと、国内の需給動向をみながら機動的に調達量を調整するのも難しい。これまでインドにとってロシア原油の魅力は薄かった。

対ロ制裁がもたらした中東産とロシア産の価格逆転で、インドは調達戦略を修正した。それにしても「ロシア原油の輸入増加はインドの利益とはならない」(バイデン米大統領)といった警告を無視し、爆買いで手にする国益とは何か。大きく3つある。

第1はインフレ対策だ。インドの7月の物価上昇率は前年比で6.7%に達した。ピークだった4月の7.8%よりは下がったが、インド準備銀行が政策目標とする2~6%を6カ月連続で上回っている。

第2は貿易収支の改善である。商工省の速報値では、7月の貿易赤字は300億ドル(約4兆1千億円)と過去最悪を記録した。経常赤字の拡大により、通貨は1ドル=79ルピー台の史上最安値圏で推移する。通貨安が輸入物価を押し上げ、貿易赤字をさらに膨らませるという、負の連鎖に歯止めをかけたい。

インドは消費原油の85%を輸入に依存する。いまや輸入総額の4分の1を占める原油の調達コストを抑えることで、物価安定と貿易赤字拡大の抑止に期待をかける。

ただ、商品価格の高騰と、各国の中央銀行の利上げで、世界的に景気減速の気配は強まる。それは原油の需要減退に直結する。一時は1バレル120ドルを超えていた中東産ドバイ原油は、足元では95ドル前後と、ウクライナ侵攻前の水準まで低下している。

原油市況が落ち着き、ロシア原油の買い得感が薄れてくれば、インドは調達戦略を原状復旧させるのか。第3の国益であるエネルギー安全保障を考えれば、それほど単純な話ではないように思える。

「インド政府は原油の中東依存度の高さにかねて危機感を抱いていた」と三井物産戦略研究所のギリ・ラム国際情報部研究員は指摘する。エネルギー安保には、価格上昇と供給途絶の2つのリスクがある。ロシア原油の調達拡大は、一義的にはインドが前者を強く意識したからだが、定着すれば後者への対応にもつながる。

紛争やテロ、シーレーン(海上輸送路)封鎖といった有事で、中東からの原油供給に支障をきたす場合への備え、という面では、調達先の多様化をロシアに求めた日本と同じだ。加えてインドには宗教対立のリスクが影を落とす。

今年5月、モディ首相が率いる与党・インド人民党(BJP)の報道官が、テレビの討論番組でイスラム教の聖典コーランや預言者ムハンマドを揶揄(やゆ)する発言をした。その内容は瞬く間にSNS(交流サイト)で拡散され、中東諸国の怒りを買った。

サウジやイラク、クウェートなどが次々と「イスラム教への侮辱だ」とする非難声明を発出した。慌てたBJPは「党の立場とは相いれない」と報道官やその同調者を停職処分にし、火消しを図った。

ただしBJPはもともと「ヒンズー至上主義」を掲げる。モディ政権は国内で少数派のイスラム教徒への弾圧姿勢で国際的に批判を浴びてきた。ヘイトスピーチまがいの発言は、宗教を巡るボタンの掛け違いが、中東との関係を緊張させる危うさを示した。
6月のG7首脳会議に招かれたモディ首相㊧は対ロ包囲網への協力を求められたが=ロイター

ロシアからの原油調達は、万が一に備えたリスク分散だけでなく、一大消費国としての中東諸国との交渉力の底上げにもつながる。目先の損得とは別の文脈で、インドが今後も調達を拡大・継続する可能性は高い。

兆しはすでにみられる。インドの輸入原油の7~8割は中東諸国との長期契約だが「スポット調達の全量をロシア産にすれば、輸入全体の3割にあたる日量150万バレルまで増やせるとの見方が出ている」(JOGMECの竹原氏)。バーラト・ペトロリアムなどの国営石油会社は、ロシアとも長期契約の締結を交渉中と伝えられる。

またロシア極東の資源開発事業「サハリン1」に出資しているインド石油天然ガス公社(ONGC)は、同事業から撤退を表明した米エクソンモービルの権益や、英BPが売却を急ぐロシア石油大手ロスネフチの株式の取得も検討しているという。

制裁への同調圧力に屈せず、国益第一に徹する姿は、インドが掲げる「戦略的自律外交」の本領発揮といえようか。来年には中国を抜いて人口が世界最多となるインドを、民主主義陣営の「こちら側」につなぎ留めておきたい米欧や日本は、バケツの穴をふさぐためのロシア原油の買い手への制裁には及び腰だ。

あす24日は1991年に旧ソ連の構成国だったウクライナが独立を宣言した記念日でもある。国家主権無視のロシアの暴虐に対峙すべき場面で、必ずしも価値観や行動を共有できない異形の大国という意味では、インドは「あちら側」の中国と大差がない。それがウクライナ危機の半年が浮かび上がらせた、インドへの客観的な評価だろう。

=随時掲載
高橋徹(たかはし・とおる) 1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から15年はバンコク支局長、19年から22年3月まではアジア総局長としてタイに計8年間駐在した。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。

【関連記事】

・ロシア原油に「洗浄」疑惑 インドで精製、欧米に輸出
・ロシア

産原油、中印の輸入最高に G20分断深まる 』