量子コンピューターに第3の方式急浮上 日本も先頭集団

量子コンピューターに第3の方式急浮上 日本も先頭集団
編集委員 吉川和輝
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD16BMC0W2A810C2000000/

『量子コンピューターの開発競争の舞台で「第3の方式」が急浮上している。極低温に冷やした原子を使う「冷却原子型」と呼ばれる技術だ。他の方式とは異なり、日本の研究グループが世界の先頭集団を走る。政府の研究開発プロジェクトでの比重も近年増しており、量子コンピューター実用化に向けた日本の開発戦略のカギを握りそうだ。

独自の技術、世界が注目

愛知県岡崎市にある自然科学研究機構分子科学研究所の大森賢治教授の研究室。実験装置のモニター画面に縦横に規則正しく並んだ粒粒が光って見える。極低温に冷やして動きを止めた金属原子(ルビジウム)一個一個を真空容器の中で浮遊させた様子が映し出されている。

冷却原子型量子コンピューターでは、このように並んだ原子一個一個を、量子計算を担う「量子ビット」に使う。研究グループはこの実験装置で400量子ビットを実現。これは既存の量子コンピューターで実装されている量子ビット数を大きく上回る。大森教授は「1~2年後には1000量子ビットまで容易に増やせる。原理的には1万量子ビットまで拡大できる」と語る。

米ハーバードなど激しい競争

冷却原子を量子ビットに使うアイデアはかねてあったが、2016年に「光ピンセット」というレーザー技術を使って、原子を真空中で自在に動かして好きな場所に配置することに米国やフランスの研究グループが相次いで成功。実用的な量子コンピューターをつくれる見通しが開かれた。以来、米国のハーバード大学や、コールドクォンタ社、仏パスカル社などが実用化に向け激しい競争を展開している。

その中で大森教授のグループは、きわめて短い時間でパルス発光する超高速レーザーで冷却原子を操作するという独自技術で世界の注目を集めている。量子ビットの集積規模でもライバルの研究グループを引き離している。8月9日には量子コンピューティングの演算素子である「量子ビットゲート」を超高速で実行することに成功したと発表した。

量子ビットゲートを超高速実行

成功したのは、2個の量子ビットの間で「量子もつれ」という現象を発生させて実行する2量子ビットゲートのうち「制御Zゲート」と呼ばれる代表的なもの。光ピンセットでマイクロメートル間隔に並べた冷却ルビジウム原子に超高速レーザーを照射して6.5ナノ(ナノは10億分の1)秒という短い時間で動作させた。2量子ビットゲートの動作速度では米グーグルが20年に達成した15ナノ秒を大幅に更新した。

この動作速度は、冷却原子の操作で問題になるレーザー照射などに伴うノイズ(雑音)の時間スケールより2桁以上速いため、「ノイズの影響をほぼ無視することができるようになる」(大森氏)という。量子コンピューター開発の課題であるノイズによる計算エラーを抑制する技術が大きく進展する。

「超電導」、「イオントラップ」は商用機段階

量子コンピューターで現在実用化に近いのが「超電導型」と「イオントラップ型」の2つだ。超電導型は超低温に冷却して電気抵抗をゼロにした電子回路のチップで量子ビットを実現する。米IBMはこれまでに127量子ビットの超電導型の商用機を開発。22年内に433量子ビット、23年には1000量子ビットを超えるマシンを投入する予定だ。

一方、イオントラップ型は磁場によって空中に浮かせたイオン(電荷を帯びた原子)で量子ビットをつくる。米国のハネウェル社、イオンQ社、オーストリアのAQT社などが取り組み、クラウドサービスで利用できる商用機も登場している。

イオントラップ型は量子ビットを浮遊した状態で扱う点で冷却原子型と似ている。量子計算を行う際の「量子重ね合わせ」という状態の持続時間も、冷却原子型と同様非常に長いという利点がある。ただ量子ビットの数を大幅に増やすのは冷却原子型と比べ難しいとされる。

世界の開発レース、日本が「番狂わせ」も

日本では理化学研究所が超電導型で国産初の量子コンピューターを今年度に開発する予定だが、IBMなど先行グループに水をあけられている。イオントラップ型の研究開発も国内では低調だ。こうしたことから政府も、世界の開発レースに「番狂わせ」を起こすかもしれない冷却原子型への期待を強めているようだ。

量子関連の主な政府プロジェクトは18年度に始まった文部科学省の「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」と、20年度からの内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」の2つがある。このうちQ-LEAPでは冷却原子型の研究予算が21年度から実質的に積み増されたほか、ムーンショットでは今年度、冷却原子型のプロジェクトが追加された。
両プロジェクトでリーダーを務める大森教授の研究グループは米コールドクォンタ社との協力関係を強化するなど実用化に向けた研究を加速する。「量子ビットの数を増やしていくのはもちろん、超高速レーザーの精度向上や装置の小型化に取り組み、実用化レースを勝ち抜きたい」(大森氏)としている。

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