機密文書持ち出しでピンチのトランプ、どう切り抜ける?

機密文書持ち出しでピンチのトランプ、どう切り抜ける?
海野素央 (明治大学教授 心理学博士)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/27612

『今回のテーマは「トランプ邸家宅捜索と中間選挙」である。米連邦捜査局(FBI)は8月11日、ドナルド・トランプ前大統領の南部フロリダ州にある邸宅「マーラ・ア・ラーゴ」を家宅捜索し、最高機密文書を押収したと発表した。FBIによるトランプ氏に対する刑事捜査は、本格化しているとみてよい。

 果たしてトランプ大統領は、刑事責任を免れることができるのだろうか。24年米大統領選挙への出馬にどのような影響を及ぼすのだろうか。そして、今後どのような展開になるのだろうか――。
(Racide/gettyimages)

刑事責任の可能性

 米紙ワシントン・ポスト電子版は8月12日、FBIがトランプ前大統領の邸宅から「最高機密(Top Secret:TS)」と記された4点の文書を含む11点の機密情報を押収したと報じた。米ABC ニュースによれば、その中には最高機密よりも1段階上の「機密隔離情報(Sensitive Compartmented Information: SCI)」が1点含まれているという(図表)。機密情報隔離施設のみでアクセスできる情報である。おそらく核兵器関連文書ないしテロリズム関連文書を指しているのだろう。それらが機密情報隔離施設ではなく、リゾート地マーラ・ア・アラーゴに保管されていたのだ。
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 トランプ前大統領には、国家安全保障に極めて重要な国防情報の無権限者への共有を禁じた「スパイ防止法」違反、公文書の不法持ち出しおよび、公文書の意図的な破棄や隠避による捜査妨害を含む3件の法律違反の疑いがある。

 米紙ニューヨーク・タイムズ電子版は同月13日、トランプ氏の法律顧問が今年6月、すべての公文書をFBIに提出したと明記した文書に署名をしたと報じた。仮にこの報道が真実であれば、トランプ前大統領はホワイトハウスから持ち出した公文書を隠避したことになる。

 トランプ氏は18年、機密情報を持ち出した場合、軽罪から重罪に引き上げる法案に署名した。仮に有罪となれば、最高5年の実刑判決を受ける可能性がある。同氏は自らが署名した法律で罰を受けることになるのだ。

 ホワイトハウスから持ち出した文書が機密情報でなくても、トランプ氏は刑事責任を問われる。ということは、同氏が刑事責任を免れるのは難しいのではないだろうか。

トランプ出馬のタイミング

 ではトランプ前大統領はFBIによる犯罪捜査が本格化する中で、いつ大統領選挙の出馬宣言を行うのか。トランプ氏はそのタイミングを探っていることは確かだ。

「中間選挙前」「年内」および「23年春」の3つに分類できる。仮に刑事訴追の可能性が高まれば、トランプ氏は11月8日の中間選挙前に出馬宣言を行うかもしれない。

 ただ、共和党幹部や共和党議員はトランプ氏の選挙前の出馬宣言に、必ずしも肯定的な見方をしていない。なぜならば、彼らは今回の中間選挙で、米国民の目を物価高騰に向けさせたいからだ。トランプ氏が選挙前に出馬宣言をすれば、米メディアは同氏の言動に焦点を当て、米国民もそれに高い関心を示し、その結果、民主党に有利に働く。共和党はこれを懸念しているのだ。

 逆に、FBIが上の3件に関して法律違反があったと結論を下し、先手を打って刑事訴追を行えば、トランプ氏は将来公職の座に就くことを禁じられることになるかもしれない。同氏がこの点を重視すれば、24年米大統領選挙の約1年半前の23年春まで出馬宣言を引き延ばす可能性は低い。となると、やはり年内に出馬宣言をするのだろうか。

 いずれにしても、トランプ氏はFBIの捜査状況を注視しながら出馬宣言の日を決定することは間違いない。FBIとの駆け引きが始まったのだ。』

『再び「トランプ」対「FBI」

 FBIによるトランプ邸家宅捜索により、再び「トランプ」対「FBI」の対立構図が先鋭化している。20年米大統領選挙におけるトランプ陣営とロシアとの共謀を巡る「ロシア疑惑」では、FBIはトランプ氏を刑事訴追できず、敗北した。今回、FBIは面子をかけてトランプ前大統領と戦うだろう。

 これに対して、トランプ氏は以下の対策を講じている。

 第1に、FBIの押収品は「すべて機密指定を解除したものである」と主張している。この点に関しては、実際にトランプ氏が大統領在任中に大統領令によって指定解除をしたのか、事実を判明することは難しくない。米ABC ニュースによると、指定解除した証拠はない(日本時間8月15日午前7時時点)。

 第2に、トランプ氏の関連企業を巡る民事の詐欺案件、FBIによる家宅捜索および、21年1月6日に発生した米連邦議会議事堂襲撃事件に関する下院特別調査委員会による公開公聴会の3件を、「政治的動機」としてレッテル貼りをしている。バイデン氏と民主党が政敵であるトランプ氏を倒す目的で、司法を武器化したというのだ。

 確かにこの議論には一定の説得力があるが、反論もできる。まず、中間選挙の投開票日の約100日前にFBIが家宅捜索を実施した理由は、トランプ氏が速やかにすべての公文書を提出せずに、捜査妨害をした公算が大きいからだ。つまり、同氏の責任である。

 次に、バイデン大統領は20年米大統領選挙において、司法省は独立機関であり、同省の業務に介入並びに関与しないと約束した。この選挙公約を守っており、FBIから家宅捜索について事前に説明を受けていなかった。

 バイデン氏は、司法省の業務に介入して圧力をかけたトランプ前大統領とは正反対の立場をとっている。民主主義を尊重する同氏は、中国の習近平国家主席、ウラジーミル・プーチン露大統領やトランプ氏のような強権的指導者に決して見られたくないからだ。
「暴力」と「アンフェア」

 第3に、トランプ支持者の間にFBI捜査員や司法省職員を標的にした暴力に訴える動きがあるが止めようとしない。米連邦議会議事堂襲撃事件において、トランプ支持者が武装していたのを認識していたのにもかかわらず、彼らを議会に向かうように促した行為と類似点がある。

 すでに中西部オハイオ州シンシナティでは、武装したトランプ支持者がFBI支局に侵入を試みて、射殺される事件が発生した。

 また、捜査令状を許可した南部フロリダ州の連邦判事も、トランプ支持者の標的になっている。そこで、裁判所はこの判事の名前をウェブサイトから削除したという。

 第4に、16年米大統領選挙で民主党大統領候補であったヒラリー・クリントン元国務長官が私的なメールサーバーを使って機密情報を扱った「メール問題」において、同元国務長官は刑事訴追されなかったと主張するだろう。トランプ氏は自分に対するFBIの扱いが「アンフェア(不公平)」であると言い立てる可能性がある。

 「ヘイトヒラリー(ヒラリー憎悪)」が強いトランプ支持者に対して効果的なメッセージになるからだ。
今後の展開

 トランプ氏はFBIによる家宅捜索を利用して、支持者を怒らせ、中間選挙および大統領選挙で自身に有利に運ぶ選挙戦略を展開している。しかし、支持者固めには成功しても、無党派層の票は取り込めていない。

 共和党下院トップのケビン・マッカシー院内総務は、秋の中間選挙で同党が多数派を奪還すれば、司法省とFBIを厳しく追及すると約束した。マッカーシー院内総務は特別調査委員会を設置して、公開公聴会を開催し、「共和党下院」対「司法省・FBI」の対立構図を先鋭化させていくものと予想される。この際、超党派の調査委員会を設立できるのかに注目したい。

 今後、トランプ氏のみならず、公文書を選択して、ホワイトハウスからの持ち出しを手助けした人物にも焦点が当たるだろう。トランプファミリーのメンバーか、それとも側近か。いずれにしても、この人物も刑事責任が問われることになるかもしれない。』