新「日英同盟」、英国がアジアで狙うミドルパワー戦略

新「日英同盟」、英国がアジアで狙うミドルパワー戦略
編集委員 下田敏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD297Y60Z20C22A7000000/

『国際情勢が大きく動くなか、英国が日本に急接近している。英国の強い働きかけで、日本が2035年に自衛隊への配備を目指す次期戦闘機は共同開発の方向で調整が進んでいる。日本が主導する環太平洋経済連携協定(TPP)への英国の加盟は23年に実現する見込み。インド太平洋重視の戦略に加え、中国との価値観の隔たりが、英国を1世紀ぶりの「日英同盟」へと走らせている。

次期戦闘機で協力

今春、多くの日本の防衛関係者が英国を訪れていることが国際外交筋で話題になった。英国が開発を進める次期戦闘機「テンペスト」をめぐる水面下での折衝とささやかれた。

事態は5月に入って大きく動く。当時の岸信夫防衛相が訪米し、次期戦闘機の日英共同開発の可能性について米国に説明。直後の英国での日英首脳会談で、岸田文雄首相とジョンソン首相は今年末までに具体策を詰めることで一致した。米国との開発が既定路線だっただけに「まさかと思っていた展開になっている」(日本の防衛関係者)。

英国は次期戦闘機の共同開発を日本に強く働きかけている(次期戦闘機テンペストのモデル)=ロイター

正式発表はまだないが、ウィグストン英空軍参謀総長は7月中旬に「日本を含めたパートナーと(次期戦闘機の開発で)提携の機会を探り、専門技術を共有していく」と語った。これに続いてウォレス英国防相も次期戦闘機の開発で日本およびイタリアと緊密に連携する考えを表明した。英国が次期戦闘機の共同開発を日本に強く働きかけてきたことがうかがえる。

日英は安全保障での連携を強めている。5月の首脳会談では自衛隊と英軍が共同訓練などで相互訪問するときの手続きを簡略化する「円滑化協定」で大筋合意した。21年に英国の最新鋭空母が日本に寄港したのに続き、今年6月には海上自衛隊の練習艦が英国を訪問し、共同訓練に参加している。

TPP、インド太平洋への足がかりに

英国は通商分野での連携にも積極的だ。英国がTPP加盟を申請したのは21年2月。前哨戦である日英経済連携協定(EPA)の交渉をわずか半年で終え、スピード発効させた直後だった。

英国とのTPP交渉はデータ流通や知的財産などのルール審査をすでに終え、関税分野に入っている。英国が目指す年内の交渉妥結は微妙だが、23年初めには協定が締結され、英国のTPP加盟が実現する見込みだ。

英国のTPP加盟は23年に実現する見込みだ(18年、チリで開かれた現加盟国による調印式)=ロイター

経済産業研究所の渡辺哲也副所長は「英国はインド太平洋への足がかりとしてTPPをとらえている。アジアのスタートアップなどでも日本と連携したいという意向があるようだ」と話す。中国がTPPに揺さぶりをかけるなか、データ流通などルール水準や高度の貿易自由化を維持したい日本にとっても、英国は新たな支えと映る。

きっかけはEU離脱

英国は数年前から、日本接近の機会をうかがっていた。きっかけは欧州連合(EU)からの離脱。16年の国民投票で離脱派が過半数を占め、曲折の末に20年1月末に正式離脱した。「政策のフリーハンドを握ったのはチャンス。インド太平洋でのアセット構築が極めて重要だ」と英外務省関係者は語る。

EU離脱後の英国の世界戦略は、昨年公表された外交・安全保障の基本方針「統合レビュー」に描かれている。米国を最も重要な2国間関係と位置付けたうえで、世界経済の成長の原動力はインド太平洋に移っていると強調。高付加価値の製品やサービスへの需要が英国に大きな機会をもたらすとみている。

「日本を必要としている」

注目すべきは超大国ではない中堅国家・ミドルパワーの連携への言及だ。大国間の競争は冷戦期のようなブロックの形成にはつながらないとしたうえで「20年代はミドルパワーの影響力が大きくなり、特にそれらが連携して行動するときに力が増す」と予測する。インド太平洋で英国が影響力を確保するには、貿易や技術利用のルールづくりを含めた日本とのミドルパワー同盟が有効と判断しているようにみえる。

「今の英国がミドルパワーであるのは間違いない。われわれが日本を必要としているのだ」。英エコノミスト誌の元アジア・エディターであるジョン・アンドリュース氏はこう語る。

中国との関係の変化が、英国による日本への急接近に拍車をかけていると分析するのは、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)研究員のダンカン・バートレット氏だ。英国の中国に対する見方は「新型コロナウイルスへの対応、香港での民主主義の抑圧、ウクライナに侵攻したロシアへのスタンスで劇的に変わった」。かつては経済分野で中国と親密な関係にあった英国だが、中国は価値観が異なる国家という認識が強まり、アジアで信頼できる友好国としての日本の重要性が高まったとみる。

英国次期首相候補はともに中国に厳しい姿勢を取る(7月、保守党党首選の討論会)=ロイター

英国は現在、辞意を表明したジョンソン首相の後任を決める与党・保守党の党首選の真っ最中。新首相が選出されれば政策変更は起こり得るが、アジア戦略の基本方針は「どちらの候補者が首相になっても変わらない」(バートレット氏)。決選投票に残ったトラス外相もスナク前財務相も中国には強硬な姿勢で臨んでおり、トラス外相は「ウクライナを侵略するロシアを実質的に助けている中国にはより厳しい態度を取るべきだ」と訴えている。

ウクライナ紛争が長期化し、台湾海峡での緊張が高まるなか、社会の分断に直面する米国をともに最も重要な同盟国とする日英の利害は重なり合う。英国は安全保障や通商だけではなく、文化や教育、政策で共感を得るソフトパワーを重視しており、その意味でも価値観を共有できる日本を頼みにしているようにみえる。

日英が同盟を結んだのは120年前の1902年。東アジアでのロシア帝国の膨張に備えてのことだった。歴史は韻を踏むのかもしれない。

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松原実穂子
NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト
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別の視点

日英間では、サイバーセキュリティ協力も深化している。2012年から日英サイバー対話が始まり、2020年東京オリパラをなどの大規模行事のためのサイバーセキュリティ協力などについて議論を進めてきた。また、防衛省・自衛隊は、2021年からNATOサイバー防衛協力センター(在エストニア・タリン)主催の年次国際サイバー演習「ロックド・シールズ」に参加しているが、昨年は米インド太平洋軍、今年は英国防省及び英軍と組んだ。この演習は2カ国ずつチームを組んで参加することになっており、米英の自由で開かれたインド太平洋実現におけるサイバーセキュリティ重視、日本との協力の深化を望む姿勢がうかがえる。
https://www.mod.go.jp/j/press/news/2022/04/19e.html
2022年8月17日 13:26 』