中国製造業、関税回避へメキシコ進出 対米輸出の拠点に

中国製造業、関税回避へメキシコ進出 対米輸出の拠点に
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『中国の製造業大手が米国への輸出拠点としてメキシコへの投資に乗り出している。中国によるメキシコへの直接投資は2021年に6億630万ドル(約800億円)と前年比で76%増え、過去最高を更新した。米国と貿易協定を結ぶメキシコに進出することで、トランプ前米政権が引き上げた対中関税を回避できるという思惑がある。

米国と国境を接するメキシコ北部ヌエボレオン州。国境から車で2時間半ほど走ると、荒野に巨大な赤と銀色の門が突然現れる。皇居の7倍を超える広大な敷地にトラックが資材を運び込み、クレーンが骨組みを組み立てる。急ピッチで建設が進むのは、中国資本の工業団地「ホフサン・インダストリアル・パーク」だ。

中国の工業団地「ホフサン・インダストリアル・パーク」の入り口(メキシコ北部ヌエボレオン州)

中国浙江省に本拠地を置き、国内外で工業団地の運営などを手がける複合企業の華立集団がメキシコ企業などと共同で建設している。17年に建設に着手し、すでに一部の工場が完成している。

中国企業20社が進出を決めており、そのうち10社の工場が生産を始めている。レストランやホテル、集合住宅も整備している。総投資額は現時点で12億ドルを見込む。メキシコ経済省によると、中国(香港含む)によるメキシコへの直接投資は21年に6億630万ドルと前年比で76%増えた。比較可能な1999年以降で最高だった。国別では9位で、8位の韓国(6億8470万ドル)に迫る。

特に製造業の投資が集中するのは米国に近い北部だ。ヌエボレオン州の経済省によると、同州への中国企業の投資件数は発表ベースで21年に18件と前年の7件から2倍以上に増えた。15~18年は年1~2件にとどまっていた。

メキシコに直接投資をした中国企業は22年時点の累計で1289社に達した。企業の進出に伴い、中国メキシコ間の貿易額は増えている。

メキシコ経済省によると、中国は米国に次ぐ2位の輸入相手。中国からメキシコへの輸出額は21年に1010億ドルと5年前に比べて5割増え、米の半分程度の水準に迫る。中国企業がどの程度寄与しているかは不明だが、メキシコから米国への輸出額は3989億ドルと5年前に比べて3割増加した。

背景にあるのが18年にトランプ前米大統領が打ち出した対中関税だ。トランプ前政権は18年7月以降、中国から輸入する幅広い製品に対する関税を最大25%まで上乗せした。米ピーターソン国際経済研究所(PIIE)によると、中国に対する米国の関税は平均で19.3%と米中貿易摩擦が始まる前の5倍以上に上がった。

中国企業によるメキシコへの投資が目立つのは家電や家具メーカーだ。トランプ前政権は18年9月に「第3弾」として2000億ドル分の中国製品に10%の追加関税をかけた。第3弾には冷蔵庫や空調などの家電のほか、家具など消費財が多く対象に含まれた。19年には第3弾の制裁関税の比率を25%まで引き上げた。

ヌエボレオン州の州都モンテレイの投資促進機関インベスト・モンテレイのエグゼクティブ・ディレクター、エクトル・ティヘリナ氏は「18年の米中貿易摩擦以降、中国企業が急にメキシコへの投資に関心を持った」と振り返る。

メキシコの工業団地に中国の家電メーカー・海信集団(ハイセンス)などが進出した(北部ヌエボレオン州)

中国家電大手のハイセンスは2億6000万ドルを投じ、米国向けに冷蔵庫や空調機器の工場を建設している。22年中にも冷蔵庫の量産を始める見通しだ。香港の家具メーカーの敏華ホールディングスは3億ドルを投じて工場を建設する。浙江省の家具メーカーの顧家集団は3月、メキシコで生産能力を引き上げる計画が報じられた。

22年4月、ヌエボレオン州に生産拠点を新設したソファメーカーの中源家居は「国際貿易の障壁を効果的に避ける」と説明し、対中関税の回避が狙いであることを示唆する。米国が主要販売先のひとつである芝刈り機メーカー、寧波大葉園林設備も8月上旬、ヌエボレオン州に工場を建設すると表明した。「未来の貿易リスクに対応する」としており、米中関係の先行きが不透明なことが投資判断につながったようだ。

中国企業の進出を後押しするのは20年に発効したUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)だ。メキシコに拠点を置く企業は、北米で調達する部品の比率などUSMCAの条件を満たせば米国に関税ゼロで輸出できる。ハイセンスのモンテレイ法人でバイス・プレジデント(VP)を務めるサムエル・ペーニャ氏は「メキシコ企業と同じように自由貿易協定(FTA)の恩恵を受けられる」と投資の狙いを説明する。

労働組合が強い米国に工場をつくれば莫大な人件費がかかる。メキシコの一般の最低賃金は日給約170ペソ(約1100円)、北部の国境地帯は日給約260ペソだ。米国の連邦最低賃金は時給7.25ドルで、多くの州ではさらに高い最低時給を設けている。米国に距離が近く賃金水準が低いメキシコは中国企業にとって魅力的な投資先になっている。

中国は経済成長に伴い国内で人件費が上がっており、企業の海外進出が続いている。新型コロナウイルスによる供給網の混乱で消費地に生産拠点を近づける「ニアショアリング」の動きが広がり、メキシコへの投資も増える見込みだ。インベスト・モンテレイによると、新たに中国企業70社以上がモンテレイへの進出を検討しており、国別では米国企業に次いで2番目に多いという。

定例の記者会見で発言するメキシコのロペスオブラドール大統領

メキシコは最大の貿易相手である米国との外交を伝統的に最重視してきた。ただロペスオブラドール大統領は外交問題では「主権を尊重し、干渉しない」と繰り返しており、ウクライナに侵攻したロシアに経済制裁を科していない。対中外交でも対立を深める米国と足並みをそろえておらず、中国企業にとって投資しやすい環境だ。

ロペスオブラドール政権は資源分野で保護主義を強めている。21年には国営電力公社CFEの優遇、22年4月にはリチウムの国有化に関する法律が成立した。メキシコに進出している資源分野の企業は事業活動に逆風が吹く。一方で中国企業が主に投資を増やしている製造業は資源分野に比べるとリスクは低い。

バイデン米政権はインフレ対策として対中関税の引き下げを検討している。すでに一部の製品は産業界の負担を緩和する目的で22年末まで関税の適用を除外している。一方で台湾情勢をめぐる米中対立が深まっており、先行きは不透明だ。企業にとっては地政学リスクに対応を迫られる局面が続きそうだ。

(メキシコ北部モンテレイで、清水孝輔、広州=比奈田悠佑)

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渡部恒雄
笹川平和財団 上席研究員
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分析・考察

中国のメキシコへの投資増大の良い側面は、中国にとっても米国との通商は引き続き重要であるという現実であり、台湾を巡り緊張が高まる米中関係の安定要素であることだと思います。懸念される側面は、中国が米国のお膝元の中南米への投資と影響力を増しており、その中南米では、メキシコのロペスオブラドール政権やコロンビアのペトロ新政権など、米国と距離を置き、中国に親近感を持つ左派政権が相次ぎ誕生していることです。これは米中間の波乱要因ともなります。
2022年8月17日 8:29

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

中国にとって米国は不可欠な市場であり、政治外交的に米国とどんなに対立しても、貿易を続けていかないといけない。とくにコロナ禍に対処するゼロコロナ政策により内需が弱くなり、対米貿易は命綱である。対米貿易を維持できれば、対日、対欧貿易も順調に維持できる。一方、米国の対中貿易赤字がほとんど減少していない。これから中国迂回輸出が増えれば、米国の対中貿易赤字が減少しても、全体の貿易赤字は減ることがないはずである
2022年8月17日 7:04

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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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分析・考察

かつて日米貿易摩擦で日本が「輸出自主規制」を行った時、それを回避するために米国内に工場を作ったというパターンと似ている。しかし、今回はアメリカが一方的に課した追加関税がきっかけであり、投資先がUSMCAの一角であるメキシコという点が違う。結果的にアメリカが行っている追加関税は中国製品の輸入を止めることにはならず、米中のデカプリングにもならない。メキシコで作ることで中国よりも高い製造コストがかかるとしても、結果的に関税を回避できるなら中国にとってメリットがあるということだろう。グローバリゼーションは死なず、ただ形を変えていく。
2022年8月17日 3:18 』