ロシアとの戦局で主導権を握り始めたウクライナ 開戦から半年、本格的な反撃作戦の実施も予想

ロシアとの戦局で主導権を握り始めたウクライナ 開戦から半年、本格的な反撃作戦の実施も予想
吉田 成之 : 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長
https://toyokeizai.net/articles/-/611390

『2022年8月に入り、米欧からの大規模な軍事支援を受けたウクライナ軍のロシア軍に対する攻勢が目立ち始めた。これは戦局の主導権が徐々にウクライナに移りつつあることを示すもので、膠着状態が続いていた戦争は開始から半年を前に大きな転換点を迎えている。
ロシア空軍基地へのパルチザン攻撃

これを象徴した出来事が2022年8月9日、ロシアに併合されたウクライナ南部クリミア半島にあるロシア軍サキ空軍基地での大規模な「爆破事件」だ。本稿執筆時点でロシア軍は保管していた弾薬の暴発事故としか発表しておらず、ウクライナ政府も事件について自国の関与を正式には認めていない。しかし現地事情に精通している西側外交・軍事筋は筆者に対し、基地内で働くウクライナ人による攻撃だったと述べた。

この攻撃では少なくともロシア軍機8機が爆破されたが、このウクライナ人たちが1機ごとに爆破していったという。ニューヨーク・タイムズ紙が報じたところでは、事件では戦闘機などだけでなく、操縦士や技術者ら60人が死亡したもようだ。

ロシア空軍基地が受けた被害としては第2次大戦後最大規模といわれる今回の爆破事件が持つ意味は何か。同筋は、雇員が自分たちの勤めている基地で実行したことだと指摘する。2014年の併合後もクリミアでは、反ロシア的言動をしないウクライナ人雇員をそのまま基地で雇い続けたという。つまり、「反ロシア派ではない」とされてきた雇員が破壊活動を始めたことで、ロシア占領地にある他の基地・軍事施設でも同様の破壊活動が次々に広がる可能性が出てきたわけだ。「これはロシア軍にとっては衝撃的な事態だ」と同筋は言う。

ロシア軍が事件の真相を発表できないのはこのためだという。この破壊活動は雇員たちがウクライナ軍特殊部隊と連携した「パルチザン活動」とみられる。この事件に続いて、同様のパルチザン活動の可能性があると思われる事件もすでに起きた。隣国ベラルーシ南部ゴメリ州のジャブロフカ空軍基地付近でも2022年8月11日未明に複数の爆発があった。この事件でも詳しい発表はない。いずれにしても今後、クリミアを含めた各地のロシア軍基地で同様のパルチザン攻撃が波状的に起こるかどうかが焦点となる。』

『中でもロシア軍が懸念しているのは、クリミア半島南部セバストポリにある黒海艦隊への攻撃だろう。18世紀に当時のロシア帝国がオスマン・トルコとの戦争の結果、併合したクリミアに築かれたセバストポリ軍港と黒海艦隊はロシア海軍の象徴である。この母港が攻撃を受ける事態となれば、プーチン政権にとっては侵攻開始以来最大の面目失墜となる。黒海艦隊をめぐっては、すでに2022年4月に首都の名前を冠した旗艦「モスクワ」がウクライナ軍のミサイルによって撃沈されるという屈辱的出来事が起きている。

受け身に立たされたロシア軍の現状を物語る事態は他にもある。ロシア軍はウクライナ軍が奪還を目指し攻撃を強めている南部ヘルソン州へドネツク州など東部から部隊を転戦させようとしている。しかし上記の西側外交・軍事筋によると、ウクライナ軍の攻撃を避けるため、南部に直接向かわせることを避けているという。部隊を一度ロシア本土に戻したうえで、わざわざ遠回りして弧を描くような動線で、クリミア半島を経由して南部に派遣しようとしている。この際、ロシア部隊はロシア南部クラスノダール地方とクリミア半島をつなぐクリミア大橋を通る。
クリミア大橋への攻撃はなるか

このため注目されているのはこのクリミア大橋である。サキ基地での攻撃を受けて、ウクライナ軍がクリミアとロシア本土を繋ぐ唯一の貴重なルートであるこの橋を通行不能にする目的で攻撃するのではないかとの観測が出始めている。

全長18キロメートルの鉄道道路併用橋であるクリミア大橋は、2019年末に全面開通したヨーロッパ最長の橋である。プーチン大統領の友人である新興財閥のローテンブルク兄弟が建設を受注した。プーチン氏からすれば、ロシアによるクリミア併合の「完了」を象徴する大事業であった。逆にウクライナからすれば、併合の「固定化」を象徴する、おぞましいシンボルである。

アメリカ政府はこれまで、ウクライナ軍によるロシア領内への攻撃に反対していると言われている。一方でウクライナ側はクリミアについて「不当に占領されているものの、あくまで自国領であり、ロシア領への攻撃には当てはまらない」と主張している。ウクライナ大統領府長官顧問のオレクシイ・アレストビッチ氏は、必ずクリミアを攻撃すると言明している。

さらにここへ来て、アメリカ政府がクリミア大橋などクリミアへの攻撃を黙認する構えだとの観測もウクライナ側で流れ始めている。ウクライナ軍によるクリミアのロシア軍への攻撃について、アメリカ国防総省高官が2022年8月12日に行った会見で、「われわれはウクライナ側に対し、どう戦えとは言っていない。ウクライナ軍は自分たちがどう戦いたいか、自分たちで選択している」と述べ、含みを持たせた。

さらにウクライナ軍が現在、集中攻撃をしているのが南部ヘルソン州だ。ヘルソン州は侵攻開始直後、南にあるクリミアから北上したロシア軍地上部隊によって制圧されていた。2022年9月以降とも言われる本格的反攻作戦開始への準備段階として、ウクライナ軍は南部他地域やクリミアからのヘルソンへの補給路を断つため、その間にあるドニエプル川に架かる4つの橋を2022年8月12日までに砲撃などで損傷させた。これにより、ドニエプル川西岸にあるヘルソンは当面、ほぼ補給路を断たれたと言われる。』

『ロシア軍の苦境は、東部など他の戦線でも隠しようがない状況になっている。イギリス国防省は2022年8月9日、ロシア軍がウクライナで過去30日間に収めた最大の戦果は東部ドネツク州バフムトに向けた攻撃だが、10キロメートルほど進軍したに過ぎないとの分析を発表した。これに関連して、同筋はドンバス地域(ドネツク、ルガンスク両州)の他の場所での前進はわずか1キロメートルに過ぎないことを明らかにした。

2022年7月初めにドンバス地方のうち、東側のルガンスク州をほぼ制圧するのに成功し、勢いに乗ったかに見えたロシア軍だが、西側のドネツク州では前進がほぼ止まっているようだ。これは、ウクライナ軍地上部隊の頑強な抵抗に遭っているためだが、それに加えてアメリカが供与した高機動ロケット砲システム「ハイマース」など西側から提供された圧倒的な火力が効果を発揮している。

こうした中、ロシア軍は占拠しているウクライナ南部にあるヨーロッパ最大級のザポロジエ原子力発電所に向けて攻撃を繰り返している。ロシア側はウクライナ軍による攻撃だと主張しているが、ウクライナ側が原発や住民を危険に晒す理由は見当たらない。これがロシア側の得意のニセ情報であることは間違いない。
原発攻撃は停戦交渉への誘い水

この危険なロシアの行動をめぐってはさまざまな臆測が流れているが、先述のアレストビッチ氏は「ウクライナをロシアとの何らかの交渉のテーブルに付かせるための威嚇戦術に過ぎない」と言い切っている。原子炉の損傷による核事故の恐怖で米欧を威嚇し、停戦協議を拒んでいるゼレンスキー大統領に対し、交渉に応じるよう圧力を掛けさせる狙いという見方だ。

しかし、一時米欧からも浮上したウクライナによる「領土割譲と引き換えの和平論」の実現性は今や霞んでいる。ウクライナ政権側がこれを受け入れる下地がほぼないからだ。ウクライナ国民の間でも、ロシアとの間で早期の交渉解決を望む声は極めて少数派だ。

ウクライナの国家民主化研究所が2022年7月1日に発表した世論調査結果によると、ロシアとの停戦を受け入れる条件として、回答者の89%が2014年のクリミア併合前の状態に戻すことを挙げた。つまり、ロシアが占領している東部ドンバス地域(「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」)のみならず、クリミアの奪還が不可欠との立場だ。

こうした世論も意識してか、ゼレンスキー大統領は2022年7月末、「すべての領土」を取り戻すまで戦い続けると言明。東部の占領地域のみならず、クリミアも奪還するとの意向を表明した。それのみならず、大統領は2022年9月ごろまでにヘルソン州南部とザポロジエ州の占領地を回復しなければならないとも述べ、本格的反攻作戦の開始を急ぐ構えを見せた。冬になれば作戦実施が困難になるからだ。こうしたゼレンスキー氏の強硬姿勢の背後には、停戦に向けた前提として、戦場でウクライナ軍にロシア軍に対する一定の勝利をさせることを決めたという、米欧側の戦略転換があるのは間違いない。』

『一方でプーチン政権の方も強硬姿勢を崩していない。ロシアは新たな領土併合に向け、占領地での「住民投票」を2022年9月11日に実施する構えだ。東部ドンバス地方の両「人民共和国」に、南部ヘルソン州とザポロジエ州を加えた4地域で行うべく準備が始まった。プーチン政権としては、クレムリンが仕組んだ形だけの「住民投票」を経て違法に併合を宣言した2014年の「クリミア・シナリオ」を再現する狙いとみられる。

しかし、攻勢に転じているウクライナ側がこの「クリミア・シナリオ」の再現を簡単に許すとは思えない。先述した、ヘルソン奪還に向けた攻撃や、それに加えて各地で活発化しているパルチザン攻撃などで住民投票を実施させない構えだ。つまり、2022年9月上旬に向け、ロシア軍とウクライナ軍の間で戦闘がさらに激化しそうだ。

これに関して、ロシアの有力な軍事専門家、ユーリー・フョードロフ氏はヘルソン州での今後の戦闘の帰趨に関し、興味深い分析記事をニュースサイト「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」2022年8月12日付に寄稿している。
  
それによると、ヘルソン奪還を目指すウクライナ軍の本格的反転作戦の構えを受け、クレムリンはパニック状態に陥った。ヘルソンが奪還されれば、クレムリンにとって大きな政治的ダメージとなるだけでなく、住民投票やヘルソンの併合そのものが不可能になるからだ。このためプーチン氏自身がヘルソンを死守せよとの命令を軍に直接発した。この結果、ロシア軍は2022年8月10日までにヘルソン州とザポロジエ州にウクライナ全土に派遣している全兵力の65%を投入したという。
戦略的罠にはまったロシア軍

しかし、この兵力集中こそロシア軍が自らを「戦略的罠」に追い込んだとフョードロフ氏は指摘する。兵力を集中させることで不可欠になるのは、より大規模な兵たんだ。しかし、先述したように、ドニエプル川西岸はウクライナ軍による補給路攻撃で弾薬、燃料の供給が難しくなっており、このままではロシア軍の弾薬がいずれ尽き「投降するか、パニックになって敗走する運命にある」と強調している。

ウクライナの軍事専門家であるオレフ・ジュダノフ氏は軍情報部の情報として、すでにロシア軍の作戦立案にかかわっている一部将校団が任を解かれ、取り調べを受けていると述べた。失敗の責任をめぐって、治安機関と軍との責任のなすり合いが激化していると語った。

一方で、最近になってウクライナ軍の本格的反撃作戦の開始が延期されていると言われる。これについて前出のフョードロフ氏はこう解説する。ロシア軍の兵たん補給が難しくなる見通しを受けて、当面は通常の交戦でロシア軍に弾薬を使わせて、消耗するのを待つ作戦という。そのうえで本格的な反攻作戦を始める戦略という。戦争でウクライナ軍が主導権を握ったことを象徴する事態だ。

この窮地をプーチン大統領はどう切り抜けるのか。しかし、それ以前の問題として、軍部から耳当たりのよい情報しか入らないプーチン氏がはたして侵攻作戦の窮地をどこまで認識しているのか、という根本的問題もある。ロシアでは1991年8月のクーデター未遂事件や2000年8月の原子力潜水艦クルスク号の沈没事故など、8月は軍にとって「鬼門の月」と言われる。これから9月にかけ、ロシアとプーチン政権にとって試練の時になることは間違いなさそうだ。

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