プーチンの失態を利用したカザフの天才外交官

プーチンの失態を利用したカザフの天才外交官
中村繁夫 (智探庵代表)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/27342

『今回は中央アジア諸国に1カ月かけて資源の調査に行った。今や中央アジアではカザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、そしてトルクメニスタン(以下、カザフ、キルギス、ウズベク、タジク、トルクメンと記す)の5カ国をひっくるめて中央アジア諸国と呼んでいる。

ロシアと中国の狭間で

キルギスのイシククル湖 クテサイ鉱山

 歴史的にはロシアとの経済的な結びつきが強く当然旧ソ連時代の影響もあって政治的、軍事的にも関係が深い共和国群である。

 一方、中国にとっても「一帯一路」政策を海外に伸ばしていく国家方針において隣国である中央アジア諸国は、最も重要な国家群である。特にカザフとの結びつきは大変重要であり、中央アジア諸国が協力しない限りは中国の世界戦略である「一帯一路」戦略はうまくいかないのは当然である。中国は国境を接しているキルギスとタジクについても「一帯一路」の政策の枠の中で力を入れている。

ウズベクのタシケント中央バザール

 ウズベクとトルクメンは直接国境を接してはいないが、同様に今後「一帯一路」の政策における重要性は高くなっていくことが予想される。

 ウズベクも中央アジア5カ国の中では人口においても大国である。これまではユーラシア経済連合との関係から5カ国の中央アジアとロシアとの関係が強固に存在していた。

 今回のウクライナ戦争のあとプーチン大統領は5カ国の首脳を集めて独立国家共同体としての結束を再確認しようとしたが、必ずしもプーチン大統領の思惑通りにはいかなかったようだ。

 本稿ではロシアと中央アジア5カ国との結束にどのような変化が起きているのかを現地情報を調査しながら検証することが目的である。

同上 』

『ロシアとの関係を見直す

 ウクライナ侵攻における問題点を、中央アジア諸国は自国の問題として対応していく必要性を認識している。従来なら集団安全機構のなかでプーチンからの要請があれば協力をせざるを得ないという立ち位置だったが、ウクライナ戦争が長期化する中で、ロシアとの関係をこれまでとは異なる視点で判断するように変化した。

キルギスのビシケク郊外のユルタ

 特にカザフとの関係においてはナザルバエフ前大統領を中心とする求心力が徐々に低下してきた結果、2019年にトカエフ大統領へと代替わりになった。今年1月には、西カザフで国内紛争が起こった。その紛争を抑えるためにロシアの力を借りることになり、その結果、混乱は収まり何とか事なきをえた。

 ところが翌2月、ウクライナ侵攻が始まった。ウクライナ側が米国やNATOの支援を背景に臨戦体制に突入し、ロシアの短期決着という戦略は失敗した。そしてプーチン大統領がカザフに対してウクライナ戦争への協力を打診した際、トカエフ大統領はなんと一切義勇軍を送ることはできないと回答をしたのだ。

 プーチン大統領の立場からすると経済的な関係においては徐々に中国との関係からロシアとの関係が希薄になっていると思っていたものの軍事や政治外交の分野ではカザフを始めとする中央アジア諸国を掌握しておきたいという考えを持っていたのは当然である。

 全ての現象の「一寸先は闇」と見える裏で蠢くプロパガンダと多民族国家群の多面的な反応を複数の情報をベースに理解しようとしたが、何が真実で何が虚偽であるのかは理解できなかった。そのような事情もあって、かくなる上は現場主義で対処するしか方法はないと考え、資源調査を兼ねて現地出張を決断したのだった。

 訪問先はシンガポール経由でトルコのイスタンブールに入り、数日滞在してからウズベクのタシケントに6日間、キルギスのビシケクに6日間、カザフのアルマトイとオスカメンに6日間である。筆者は中国に300回以上、ロシアに60回以上、中央アジアにも50回以上は訪問しており、現地には友人知人は多く、今回の訪問でも毎日のように知人にインタビューを行った。その中でも足繁く通ったカザフの知人からは有用な情報や裏話を聞くことができた。

ウズベクのタシケント中央バザール
同上 』

『プーチンを手玉にとるトカエフ大統領

 トカエフ大統領はサンクトペテルブルグ会議で派兵をしないということを満座の席でプーチン大統領に明言した。6月17日のロシア政府主催の国際経済フォーラム会議でのことだ。

 プーチン大統領の横に座っていたトカエフ大統領は「われわれはルガンスクもドネツクも人民共和国として認めない」と言い放った。今日の国際法は、まずは国連憲章である。国連憲章には主権国家の不可侵な領土の一体性と個々の民族の自決権の二面性がある。偽装国家を認めれば地球上はやりたい放題になり混乱するだけである。この発言にプーチンは激怒したことは言うまでもない。「われわれは台湾もコソボも南オセチアもアブハジアも一切の独立は認める立場にはない」とトカエフ大統領は明言したのだ。

 中央アジアという地政学的リスクの中でカザフ大統領にまで上り詰めた天才外交官の面目躍如たる大スピーチである。ウクライナ戦争の先行きに一喜一憂している世界のメディアが右往左往している状況の中で実に切れ味の良い千両役者が出て来たものだと驚きを隠せなかったのである。ロシアのプーチンに一撃を浴びせ、中国の習近平にも台湾有事に対する牽制を忘れない大演説に我を忘れて聞き入ったのである。

6月7日、カザフの首都ヌルスルタンで会談したトカエフ大統領(右)と、中国の王毅外相(Xinhua/AFLO)

 このニュースを聞いてトカエフ大統領に興味を持って調べてみた。

 先ずトカエフの経歴である。大変興味深い事実が浮かび上がってきた。1953年生まれのカシム・ジョマルト・トカエフは17歳でモスクワ国際関係大学に入学。ソ連外務省に入省後シンガポール大使館に勤務。1983年に北京言語大学に留学。1991年には北京のモスクワ大使館に勤務。1994年にはソ連崩壊後のカザフ外相に就任。1999年にはカザフの首相になった。2011年には国連事務次長、上海協力機構の議長経験もある。そして2019年3月ナザルバエフ前大統領の引退と同時にカザフ大統領に就任したピカピカの履歴である。外交のプロ、国際法のプロ、カザフ語、ロシア語、英語、フランス語、中国語にも堪能である。
 さて、トカエフとプーチンは同じ年の生まれだが権力闘争における手法はトカエフ大統領の方が独裁色は感じられないオーソドックスなスタイルに見える。

 例えば、カザフもウクライナ派兵に協力するとなるとカザフに対する経済制裁も実行される。プーチン大統領はカザフも一緒にサンクションになると、ロシアも困るので、カザフに対して厳しい姿勢をとることはできないだろう、という読みがトカエフ大統領にはあったのだろう。

 一方、トカエフ大統領とプーチン大統領が協力してナザルバエフ前大統領を降ろしをしたという情報もあった。もともとトカエフ大統領はあやつり人形のような立場であり、今回プーチン大統領と協力をしてナザルバエフ前大統領の権力を剥奪することも隠れた目的ではあったという見立てだ。

 プーチン大統領はソ連の時代からどうしてもナザルバエフ前大統領には勝てない弱みを持たれていたともされ、これは「渡りに船」だったのかもしれない。

 トカエフ大統領は、元中国大使をしており、中国との人脈も持っている。中国語も流暢にできるということもあって経済面ではカザフは中国との協力関係が強くなっていった。これを背景として、プーチン大統領との交渉に臨んだとすれば、こちらの方が役者は1枚も2枚も上だったのかもしれない。政局が複雑になればなるほど、トカエフ大統領の八方睨みの外交政策が燻銀のように光り出した。ロシアとのバランスをうまく取れる一流の大政治家であると言うべきである。

 1月の内乱のときにはロシアに平和軍を出してもらって、率直に言えばカザフは助かった。集団安全機構が機能している結果であり、プーチン大統領としては、ロシアがいなければ中央アジア諸国は困るだろうというアピールにもなった。

 ところが、2月のウクライナ侵攻は、プーチン大統領の目算が外れて長引く結果となった。そこで、再度、集団安全機構を強化するために中央アジア諸国の求心力を固くしたいという思いが、プーチン大統領には当あった。当然、トカエフ大統領は、そのプーチン大統領の思いを見透かすように、ロシアとは距離をとるという姿勢をとったのだ。

 政治的にはロシア、経済的には中国ということはは変わりはない。したがって、トカエフ大統領としては、今後の展開としても、ウクライナに対するロシアの侵攻を批判しながら、中央アジアにおける安全保障を確保するためにロシアと中国との間でバランスをとるという戦略をとることになるだろう。

 さて3年ぶりに海外出張を断行した背景にはコロナ疲れとウクライナ戦争疲れから脱するという個人的な目的もあった。6月末で20年続けて来た会社経営にも一段落するために完全にフリーになった事情もあった。商社勤めで30年間、経営者としても20年間中央アジアや中国やロシア貿易に染まってきたが、ビジネスに集中するあまりに自分の視点が一面的になっていることが鼻に付き出した。もっと自由な立場で世界(特に中央アジアを)を鳥瞰したいと思ったのである。

 次回の第2弾は政治や外交官や軍事ではなく経済的視点から中央アジアの動向を読み解きたいと思っている。』

カシムジョマルト・トカエフ
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