エネルギーから始まる米国とメキシコの貿易摩擦

エネルギーから始まる米国とメキシコの貿易摩擦
岡崎研究所
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/27509

『米国通商代表部(USTR)がメキシコのエネルギー政策を米墨加協定違反であるとして紛争解決手続きを開始する旨発表した背景等について、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙のワシントン特派員Yuka HayashiとメキシコシティのJuan Montes特派員が7月20日付の同紙で解説している。

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 7月20日、USTRは、メキシコ政府が米墨加協定に違反して国営電力会社(CFE)と国営石油会社(PEMEX)をさまざまな形で優遇しているとして、同協定の紛争解決手続きに基づきメキシコ政府に協議を要請した旨発表した。

 具体的には、昨年の電力産業法の改正により価格等に関わらずCFEが生産する電力を民間企業が風力や太陽光発電で生産する電力よりも優先して配電すること、エネルギー産業の分野で行われる様々な米国企業の事業についてメキシコ政府が許認可手続きにおいて遅延、拒否、取消しによって妨害すること等が問題とされている。化石燃料による発電をクリーンエネルギーよりも優先することは気候変動対策にも逆行する措置である。

 エネルギー産業の国家支配をいわば国家主権の柱として位置付けている左派民族主義者のロペス・オブラドール大統領にとって、前任のペニャ・ニエト政権が石油産業立て直しのために民間投資に石油分野を開放した憲法改正を廃止することが最重要課題であった。しかし、両院での3分の2の賛成は得られず、ロペス・オブラドールは、過半数の賛成により成立する法律の改正と最高裁への自らの息のかかった判事の送り込みにより、憲法改正によらずに同様の効果を実現した。

 しかし、そのような法律や運用は、米墨加協定に違反するものであり、米国が漸く同協定の紛争解決手続きに訴えて立ちはだかったわけである。協議が整わなければ専門家パネルの決定が出るまでに1年以上はかかり、仮にこれが協定違反であるとの裁定が出ても、おそらくメキシコ側は態度を変えず米墨間の貿易摩擦が長期的に継続することが予想される。

 また、電力産業法の改正は最高裁で違憲判断は出されなかったが、合憲と認めたわけでもなく、地方裁判所レベルでは、同改正や他の法律や措置について違憲差し止めの提訴が数多く出されている。更に国際仲裁に付されるケースも出てきているようである。』

『ロペス・オブラドールが、エネルギー産業の国家による独占を意図しているのであれば、これは米国のエネルギー製品や米国エネルギー投資への依存からの脱却を意味するものでもある。もともと同人は、農業分野をNAFTAの対象としていることに反対を唱えていたこともあり、究極的には、メキシコの米国への経済依存からの脱却、更には政治的に距離を置くことも望んでいるようである。

メキシコ経済悪化の懸念

 メキシコ経済は低迷を続け、治安状況も特段改善されていないにもかかわらず、ロペス・オブラドールの支持率はこの3月にもっとも下がっても58%であり、問題の責任を全て前の政権に転嫁し多国籍企業を敵視する同人のレトリックや、最低賃金の引き上げ、貧困層や若者層への経済支援により、政権に対する国民の支持率は依然として高い。

 また、このような投資環境の悪化にもかかわらず、メキシコを製造拠点として米国市場に輸出するビジネスモデルは、他の選択に対して依然として比較優位を保っている。しかし強引なエネルギー政策の転換は、投資環境の予測可能性を損ない、メキシコ経済にとっての多くの利益や機会が失われているように思える。

 米国にとっては、南部国境の移民問題や麻薬対策もあり、ことさら対墨関係を悪化させる必要はなく、バイデン政権も表面上は、貿易紛争と二国間関係全般は切り離して是々非々で対応するのであろう。

 ロペス・オブラドールの任期は後2年半で再選は禁止されている。従って、その任期中は、政権と民間企業、米国との間で裁判や紛争解決手続きを通じて、また、議会では新たな立法措置を巡っての押し問答が続くのであろうが、メキシコの投資環境についての信頼が揺らぐことは残念であり、また問題は、その後継者が同様の路線を引き継ぐのか否かであろう。』