[FT]インド、小売り新インフラ 消費者3億人と結ぶ実験

[FT]インド、小売り新インフラ 消費者3億人と結ぶ実験
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『筆者がフィナンシャル・タイムズ(FT)で小売業界を取材していた1990年代前半、経営者らは「成功の3つの秘訣」を決まり文句のように唱えていた。「1に立地、2に立地、3に立地」と。当時の小売業はおおむね、立地条件のよい物件を押さえることが重要だった。
インド政府主導で導入されたデジタルインフラ構想は、小規模事業者がアマゾンなどに対抗できる力を持てるようにすることを目指している=ロイター

企業は来客数を予測するため進出する地域の人口構成や経済情勢、インフラを分析するのに多くの労力をかけ、最も有望な物件に巨額の資金を投じた。クモの巣に虫がかかるように、好条件の立地に店舗を構えれば客は自然と集まってきた。

この小売業モデルは潤沢な資金を持つ先行企業に明らかに有利だったが、インターネットの爆発的な普及がこれに風穴を開けた。ネット販売が普及すると店舗の立地は関係なくなった。

米アマゾン・ドット・コムは実店舗を持たずに消費者に商品を直接配送する形態から始まった。小売業の成功の秘訣は「1に物流、2に物流、3に物流」へと急速に変わっていった。
失速したショッピファイ

小売業の次の進化では、消費者向けのブランドを展開する企業や小規模事業者が、従来の小売店や電子商取引(EC)プラットフォームを介さず消費者に直接販売するようになった。

これによってDTC(消費者直接取引)ブームに火がついた。このブームに火をつけたのが革新的なECプラットフォームとして登場したカナダのショッピファイだ。

同社は管理業務や決済、配送インフラなど、小規模の独立系小売業者にとっては資金面で自社での構築が難しい各種サービスを提供し、アマゾンに対抗する存在とみられるようになった。

メガネやサングラス販売の米ワービーパーカーやフィットネス機器の米ペロトン・インタラクティブ、衣料品の米スティッチフィックスといったDTC企業に投資家はこぞって資金を投じた。

こうした企業はソーシャルメディアを通じてブランドの認知度を上げて消費者をひきつけ、商品を直接配送する企業戦略をとった。この作戦はしばらくは順風満帆で、複数のDTC企業が目を見張るような高値で上場を果たしたこともあった。

だが、投資家は今ではDTCという事業モデルそのものに重大あるいは致命的な欠陥があると判断したようで、DTC企業の株価は大幅に下落している。ショッピファイの株価はこの1年で73%下がり、7月26日には全世界の従業員の10%を削減すると発表した。小売業界では次に何が起こるのだろうか。
物価高に広告料金値上げ、DTC企業に逆風

ショッピファイのトビアス・リュトケ最高経営責任者(CEO)は今回の規模縮小は事業見通しを過度に楽観視していたことが原因だと説明している。

ショッピファイは新型コロナウイルス禍から5~10年先までECの成長が持続すると想定し、需要増を見込んで事業拡大を急ぎすぎたという。リュトケ氏は従業員にあてたメモの中で「賭けが実らなかったことが明らかになった」と悔いた。

だが、根拠が薄いにもかかわらず楽観的な長期見通しをしたという説明はDTCのより根深い欠陥を覆い隠してしまう。DTC企業も他の小売業者や消費財メーカーと同様、急激な物価上昇や金利の上昇、消費の減退への対応に苦労している。

さらに、配送料の高騰やサプライチェーン(供給網)の混乱、製造拠点として先行きの不透明感が増す中国に大きく依存しているといった問題を抱える企業も多い。

だが、DTC企業にはこれらに加え特有の圧力もかかっている。フェイスブックが広告料金を値上げしたことで顧客獲得コストが大幅に上昇した。

ソーシャルメディアを通じてターゲット層を特定することも、米アップルがユーザーに「アプリにトラッキングをしないように要求」する選択肢を追加したことで難しくなった。さらに、DTC企業はコピー商品業者との過酷な競争にさらされることもある。

米国のウォルマートやクラフト・ハインツ、ナイキといった小売りや消費財の老舗大企業もDTC取引の手法を採り入れ、(実店舗とECを結ぶ)オムニチャネル化を進めている。

一方でアマゾンは実店舗網を拡大しつつある。アマゾンは厳しい経済情勢から苦境に立たされているが、それでも事業を展開する市場の大半でEC最大手の地位を維持している。

消費者にとってはブランドごとに異なるサイトへ行くよりも一つのプラットフォームで買い物できる方が便利だ。

アマゾンは自ら小売業者としてオンラインで商品を販売する部門と第三者の小売業者が参加して販売できる「マーケットプレイス」の両方を運営しているが、規制当局がこの2つを切り離すために介入する可能性は低い。競合他社が「EC界の巨人」の地位を奪うような状況は想像しにくい。

だが、ビジネスの世界は政治やスポーツと同様、向かうところ敵なしとみえる時こそ最も足をすくわれやすい。誰もがアマゾンを王座から引きずり下ろそうと狙っている。

そうしたなかで、注目すべきはインドの100都市で試験的に導入された「デジタル商取引のためのオープンネットワーク(ONDC)」だ。小売取引のためのデジタルインフラ構想で、インド政府が主導している。

民間の閉鎖されたプラットフォームではなく、数百万もの小規模事業者がサプライヤーや顧客、配送業者につながり、誰もが相互運用可能な共同ネットワークを構築するのが狙いだ。24年末までに3000万の小売業者と3億人の消費者を結ぶという目標を掲げている。

インドIT(情報技術)サービス大手インフォシスの共同創立者でONDCの立案者の一人でもあるナンダン・ニレカニ氏は控えめな表現とはほど遠い人物ではあるが、この計画を「世界で今起きている中で最もエキサイティングな事業変革」と呼んでいる。
インドのデジタルインフラ、小規模事業者にも力

インドは以前から公共のデジタルインフラの整備に力を入れてきた。同国のデジタル個人識別番号制度「アドハー」は13億人が登録している。インド政府が主導して構築し、個人の銀行口座とひも付いた「統合決済インターフェース(UPI)」は7月だけで63億件のオンライン取引を扱った。

ONDCは何百万もある地元の小さな事業者がアマゾンやウォルマート傘下のEC大手フリップカートに対抗できるだけの力を持てるようにすることを目指している。

この実験が成功すれば、小売業界の新たな決まり文句は「1にローカリゼーション(現地化)、2にローカリゼーション、3にローカリゼーション」となるかもしれない。

By John Thornhill

(2022年8月5日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)

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