台湾・沖縄を同時威嚇、中国軍が仕掛けるチキンレース

台湾・沖縄を同時威嚇、中国軍が仕掛けるチキンレース
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK080B30Y2A800C2000000/

『米下院議長、ペロシが乗った米軍の専用機が2日深夜、台北・松山空港に難なく着陸した瞬間、中国各地で怒号が聞かれた。「くそ、 ふざけるなー」「(ペロシの)飛行機が降りてしまったじゃないか」「これでは戦略性で(ロシア大統領の)プーチンに及ばない」

失望と怒り。それは中国内で広く出回った、顔を真っ赤にし、机をたたき、椅子を投げつけて激高する庶民らの映像からも感じられる。翌朝、多くが寝不足だった。中国国内は新興のインターネットメディアがペロシ着陸までの様子を「絶賛生中継」するほど異様に盛り上がっていた。
台北・松山空港に降り立ったペロシ米下院議長一行(2日深夜)=台湾外交部提供・ロイター

「生中継」みた1~2億人が失望

深夜の活劇をスマートフォン上で「目撃」した中国の人々は、湖北省武漢の共産党委員会も関わる地方ネットメディアだけでも2000万人に達したという。ニュース映像などへの間接接触を含めれば1億~2億人との推計もある。今や10億台を超す中国内のスマホの5分1がペロシにくぎ付けだった。

2億人の視聴者らはいったい何を期待したのか。ペロシが乗る専用軍機「C-40C」が、最新鋭の中国軍機に阻止されて松山空港に降り立てず、最後は諦めて韓国や日本に行ってしまう。彼らは本気でそう思い込んでいた。新興メディアは生中継でペロシが諦める一連の様子、瞬間をとらえれば、莫大な視聴率を稼げると踏んだ。

習近平(シー・ジンピン)政権は、いかにも外交・軍事両面の手段で必ず訪台を阻止できるという誤解を与える大宣伝を国内向けにしていた。だが沖縄の嘉手納基地などから飛び立った多くの米軍機が前例のない警戒態勢を敷くなか、台湾上空に入るペロシ機に中国軍機が手を出せるはずもない。

一方、国家主席の習は、中央軍事委員会主席として党内と世論を納得させる対抗手段を事前に準備していた。ペロシ着陸後、間髪入れず台湾を囲むように6つの海・空域を軍事演習地域に指定。威嚇はペロシが台北を離れた後、4日午後の発動という抑制した形だった。
4日、中国軍が行ったミサイル発射演習=新華社・共同

とはいえ中国軍が発射した弾道ミサイルは歴史的に初めて台北上空を通過した。「ゼロコロナ」政策による経済急減速や、失業率上昇で鬱屈していた中国国民は、勇ましい発射映像をみて留飲を下げた。そこまでは想定内だが、対外的に波紋を広げたのはミサイル5発の行方である。

それは在日米軍施設・区域の70%が集中する沖縄の日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾し、自衛隊の対中国監視拠点である日本最西端の島、与那国島に近い海域に落下する刺激的なものとなった。

中国軍の傘下にある国防大学の教授、孟祥青(少将)は国営中央テレビで、演習区域が従来になく台湾に接近し、台湾の主要港や航路などを封じる雰囲気を解説した。注意すべき威嚇の文言は以下である。

「北部2区域(での演習)は沖縄に近く、南部(での演習)は南(シナ)海への出入で必ず経由するバシー海峡を押さえ、封鎖を可能にするもので、外部勢力の台湾問題への干渉を阻む意義がある」

軍事演習を巡る軍スポークスマン的な存在の少将が、まず「沖縄」に言及したうえで、海峡を含む封鎖や外部勢力の干渉排除を明言したのは重大だ。見逃せないのは、単なる言葉の脅しではなく、ミサイル発射という実力行使を伴ったことである。

台湾側によれば、中国のミサイル、砲弾などは台湾の海岸線から12カイリ内には着弾していないという。中台関係者は「中国側は、むしろ米国と日本に対して『チキンレース』を仕掛けた側面がある」と指摘する。チキンレースは、相手の車に向かって互いに衝突寸前まで走らせ、先によけたほうを臆病者とする危険極まりない度胸試しだ。
沖縄本島から500キロ強の南西に浮かぶ日本最西端の与那国島(沖縄県与那国町)には自衛隊が駐屯し、中国軍などを監視するレーダー関連施設が置かれている

台湾まで111キロに位置する沖縄・与那国島には、2016年から自衛隊が駐屯し、中国軍の動きなどを監視する対艦、対空レーダー、通信関連の設備などが整備された。その後も増強が続く。

中国軍はペロシ訪台を口実に、成り行き次第では、与那国島などの自衛隊施設と、背後に控える在沖縄米軍も狙える能力をあえて示唆した。米バイデン政権と岸田政権の反応を試しているのだ。中長期的には極めて危険である。いつの日にか在沖縄米軍を直接、たたく意思が明確なら、米中による世界戦争の引き金に容易になってしまう。
11月地方選で蔡英文氏に勝算

明清両朝の時期、琉球は中国の属国だった――。習政権の発足後の13年5月、共産党機関紙、人民日報に突如載った論文が波紋を広げた。中国が「沖縄は自国領」だと初めて示唆する歴史研究だった。

「共産党中央宣伝部から沖縄帰属を再議論する『沖縄再議』の指示が出た」「『尖閣諸島は沖縄の一部』と主張する日本政府の論理を崩す意図がある」。関係者らは当時、論文掲載の舞台裏をこう明かした。

筆者2人は、その2カ月前に、党・政府の戦略づくりを支える最大の研究機関、中国社会科学院から選ばれた。論文掲載を号砲に、中国メディアは「沖縄再議」をトップ級で報じた。

中国は「釣魚島(尖閣諸島の中国名)は台湾の一部で、その台湾は中国の不可分の領土」という論理を用意し始めていた。論文を共同執筆した歴史研究者、李国強は当時、日本経済新聞の取材に「重点は沖縄ではなく釣魚島の問題だ。日本で議論したい」と率直に答えた。

「沖縄再議」は、中国の歴史学者が学術討論を突破口に日本政府を領土問題の議論に誘い込む「くせ球」だった。だが、今回はミサイルを沖縄近海に撃ち込んだうえで、現役軍人が登場して軍事上の解説をしたところに比較にならない危うさが潜む。

重大なのは、党宣伝部ではなく、中央軍事委員会が主導している構造だ。文章や知略による「文闘」から、35年をメドに米国に迫ろうとする軍事力を背景にした「武闘」に重点が移る潮目ともいえる。

習による危うい威嚇は、常に台湾総統の蔡英文(ツァイ・インウェン)にとって内政上、巻き返しの好機になってきた。11月26日、台湾では統一地方選がある。4年に1度の次期総統選(24年)の前哨戦だ。
3日、台北の台湾総統府でペロシ米下院議長(左)と会談した台湾の蔡英文総統=台湾総統府提供

今回の地方選は、与党・民主進歩党(民進党)に必ずしも有利な情勢ではない。前回18年11月の地方選では、民進党が国民党に大敗した。蔡は責任を取って兼務する民進党の党首を辞任している。

今回も与党大敗なら、後任党首の人選を巡って「民進党内政局」になりかねない。亡くなった元首相、安倍晋三の弔問のため7月に来日した副総統の頼清徳らも次期総統候補として名が挙がっている。

習は前回、18年の台湾地方選の後、対台湾政策で大きなミスをした。19年1月、台湾に平和的統一を呼び掛けた「台湾同胞に告げる書」の発表40年を記念する演説で「一国二制度は、平和統一を実現する最良の方法」としながら、「武力行使も選択肢」というメッセージを発した。

蔡は直ちに反論して高得点を稼いだ。その後、香港大規模デモへの対処で「一国二制度」が形骸化したのも響き、民進党は一気に息を吹き返す。蔡も20年総統選で圧勝した。今、始まったのは、その攻防の第2幕だ。

武力背景の「強制的な平和統一」

「北京が演習で示したのは、武力を最大限用いた威嚇による『強制的な平和統一』という方向性と考えられる」「めざしているのは直接の武力行使ではないが、もはや平和統一の名に値しない」。台湾側では、与野党に関係なく緊張感が高まりつつある。

ペロシ訪台は、対中国で慎重姿勢を貫いてきた蔡が自ら動いた結果ではない。だが中国の威嚇に台湾の有権者が反発し続けるなら、政治的には今回もまた与党への追い風になりうる。中国の強硬さが台湾の民意を一気に中国寄りに動かす事態は考えにくい。

バイデン政権はペロシ訪台を必ずしも歓迎しなかったが、結果的に台湾との連帯が示された。インド太平洋経済枠組み(IPEF)、日米豪印のQuad(クアッド)、米英豪による軍事的枠組みAUKUS(オーカス)、日米同盟……。強化への流れは、必然的に加速する。

軍事パレードを前に演説する習近平国家主席。(手前右から)ロシアのプーチン大統領、韓国の朴槿恵(パク・クネ)元大統領(2015年9月3日、北京)=写真 柏原敬樹

「台湾海峡は国際水域ではない」。先鋭化する中国の主張を崩すため、米軍は台湾海峡の航行や上空通過を近く実施する方針だ。中国軍があらかじめ公表した4~7日の範囲を超え、8、9日も東部戦区で軍事演習を続けたのも対米けん制だろう。冒頭で紹介した熱しやすい世論を考えても簡単には引けない。中国の演習常態化を懸念する向きもある。

中国が「対沖縄」でも仕掛け始めた軍事的な「チキンレース」に米国と日本がどう適切に対処し、いかに均衡させるのか。台湾海峡と周辺の安定は、習がトップとして続投を見込む今後5年の動き次第で重大な局面に至る可能性もある。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
習近平帝国の暗号 2035

著者 : 中澤 克二
出版 : 日本経済新聞出版
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「明清両朝の時期、琉球は中国の属国だった――。習政権の発足後の13年5月、共産党機関紙、人民日報に突如載った論文が波紋を広げた。中国が「沖縄は自国領」だと初めて示唆する歴史研究だった」。怖いですね。住んでいる世界が違うとはこのことです。今回の中国軍による演習で日本のEEZ内に弾道ミサイルが落下したことは事実なので、いま中国がやっていることは、北朝鮮やロシアと何も変わりません。北海道はロシアのもので、沖縄が中国のものであるという考えを持つ隣国相手に、どう軍事的に対抗していくべきなのか…。ウクライナも台湾も他人事ではありません。
2022年8月10日 12:19 』