ブラジル

ブラジル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%AB

 ※ 今日は、こんなところで…。

『地理

アマゾン川
サンタカタリーナ州サン・ジョアキンの雪
ブラジルの地形図
詳細は「ブラジルの地理(ポルトガル語版、英語版)」および「ブラジル大断崖」を参照
国土は、流域を含めると705万km²及ぶアマゾン川と、その南に広がるブラジル高原に分けられるが、広大な国土を持つだけにさまざまな地形があり、北部は赤道が通る熱帯雨林気候で、大河アマゾン川が流れる。近年、環境破壊によるアマゾン川流域の砂漠化が問題となっている。

最高峰はベネズエラとの国境近く、北部ギアナ高地にあるピッコ・ダ・ネブリーナ山で、標高3,014メートルである。熱帯には「セハード」と呼ばれる広大な草原が広がり、エマス国立公園も含まれている。また、北東部は、沿岸部では大西洋岸森林が、内陸部では乾燥したセフタン(ポルトガル語版、英語版)が広がり、セフタンはしばしば旱魃に悩まされてきた。

南西部のパラグアイ、アルゼンチンとの国境付近には有名なイグアスの滝のある、ラ・プラタ川水系の大河パラナ川が流れる。ほかにネグロ川、サン・フランシスコ川、シングー川、マデイラ川やタパジョス川がある。また、ボリビアとパラグアイとの国境付近は世界最大級の熱帯性湿地とされるパンタナール自然保全地域となっている。

ブラジル南部3州ではブラジル高原はウルグアイ、アルゼンチンへと続くパンパ(大平原)との移行地帯となり、伝統的に牧畜が盛んでガウーショ(ガウチョ)も存在する。南部はコーノ・スールの一部として扱われることもある。

また、ブラジル南部は沖縄本島や薩南諸島などの対蹠地にあたり、また国土の大半が南半球となるため、季節は日本とはおおよそ正反対になるが、熱帯ではない南部以外ではあまり意識されることはない。

気候

詳細は「ブラジルの気候(ポルトガル語版、英語版)」を参照

ケッペンの気候区分によると、国土の93%は熱帯地域に属す。気候は亜熱帯性気候、半砂漠型サバナ気候、熱帯雨林気候、熱帯モンスーン気候、高地の亜熱帯性気候、温帯夏雨気候、温暖湿潤気候に分類できる。大西洋沿岸は全体的に温暖なため、リオデジャネイロやレシーフェなどのリゾート地が多い。南部3州の標高が高い地域では雪が降ることもある。

年間平均気温

アマゾン地域:22 - 26℃
大西洋沿岸地域:23 - 27℃
内陸部高原地域:18 - 21℃

四季:緯度によって異なるが、以下の通りである。

春:9月22日から12月21日
夏:12月22日から3月21日
秋:3月22日から6月21日
冬:6月22日から9月21日

ブラジルの春、サンパウロに咲く桜

ブラジルの春、サン

パウロに咲く桜
ブラジルの夏、レシフェの街のビーチ

ブラジルの夏、レシフェの街のビーチ
ブラジルの秋

ブラジルの秋
ブラジルの冬

ブラジルの冬 』

『歴史

詳細は「ブラジルの歴史」を参照

先コロンブス期
ブラジルのインディオ

ブラジルの最初の住民は、紀元前11000年[注釈 1]にベーリング海峡を渡ってアジアからやって来た人々(狩人)だった。彼らは紀元前8000年ごろ、現在のブラジルの領域に到達した[注釈 2]。現在のブラジルとなっている地に遠く離れたタワンティンスーユ(インカ帝国)の権威は及ばず、この地には、のちにヨーロッパ人によって「インディオ」(インディアン)と名づけられる、原始的な農耕を営むトゥピ族(英語版)・グアラニー族・アラワク族系の人々が暮らしていた。16世紀前半の時点でこうした先住民の人口は、沿岸部だけで100万人から200万人と推定されている。しかし、ヨーロッパ人が渡来してくるまでは、ブラジルに住んでいた人々の生活については何も知られていない。

ポルトガル植民地時代

「ポルトガルによるアメリカ大陸の植民地化」も参照

ブラジルの「発見者」 ペドロ・アルヴァレス・カブラル

植民地時代初期の地図

1492年にクリストーバル・コロンがヨーロッパ人として初めてアメリカ大陸に到達したあと、「発見」されたアメリカ大陸の他の部分と同様にブラジルも植民地化の脅威に晒されることになった。

1500年にポルトガル人のペドロ・アルヴァレス・カブラルがブラジルを「発見」すると、以降ブラジルはポルトガルの植民地としてほかの南北アメリカ大陸とは異なった歴史を歩むことになった。1502年にはイタリア人のアメリゴ・ヴェスプッチがリオデジャネイロ(1月の川)を命名。

ポルトガル人が最初に接触したのは、古トゥピ語(英語版)やグアラニー語などを含むトゥピ語族を話す先住民であった。トゥピ語族のほかにもブラジル先住民には、ジェー語族(英語版)・アラワク語族(ヌ=アルアーク語族とも)・カリブ語族を話す集団があった。ポルトガル人は古トゥピ語先住民の言葉がブラジル人の言葉であると誤解し、ほかの先住民はそれぞれ部族の言葉を持っているにもかかわらず、ポルトガル宣教師達は先住民にその言葉を教えた。こうしてリングワ・フランカ(一種の共通語)のリンガ・ジェラール(リンガ・ジェラール・パウリスタとリンガ・ジェラール・アマゾニカ)が形成された。それは信仰も同様として仕向けられた[7]。

初期のブラジルにおいては新キリスト教徒(改宗ユダヤ人)によってパウ・ブラジルの輸出が主要産業となった。このために当初ヴェラ・クルス島と名づけられていたこの土地は、16世紀中にブラジルと呼ばれるようになった。1549年にはフランスの侵攻に対処するために、初代ブラジル総督としてトメ・デ・ソウザ(英語版)がサルヴァドール・ダ・バイーアに着任した。

1580年にポルトガルがスペイン・ハプスブルク朝と合同すると、ブラジルはオランダ西インド会社軍の攻撃を受けた。北東部の一部がネーデルラント連邦共和国(オランダ)に占領され、オランダ領ブラジル(英語版)となった。1661年、ハーグ講和条約が締結され、オランダは400万クルザードの賠償金と引き換えに、ポルトガルのポルトガル領アンゴラ(英語版)(現・アンゴラ)領有を認めるとともにオランダ領ブラジルをポルトガルに割譲した。

一方、パウ・ブラジルの枯渇後、新たな産業として北東部にマデイラ諸島からサトウキビが導入され、エンジェニョ(英語版)(砂糖プランテーション)で働く労働力としてまずインディオが奴隷化された。インディオの数が足りなくなると西アフリカやアンゴラ、モザンビークから黒人奴隷が大量に連行され、ポルトガル人農場主のファゼンダで酷使された。

「全人種の黒き指導者」パルマーレスのズンビの胸像

17世紀にはブラジル内陸部の探検が、サンパウロのバンデイランテス(奴隷狩りの探検隊)により始まった。バンデイランテスは各地に遠征して現在の都市の基となる村落を多数築いた一方、南部やパラグアイまで遠征してイエズス会によって保護されていたグアラニー人を奴隷として狩った。こうした中で、激しい奴隷労働に耐えかねたマルーン(逃亡奴隷)の中には奥地にキロンボ(英語版)(逃亡奴隷集落)を築くものもあった。その中でも最大となったキロンボ・ドス・パルマーレス(ポルトガル語版)はパルマーレスのズンビによって指導されたが、1695年のパルマーレスの戦い(ポルトガル語版)でバンデイランテスによって征服され消滅した。

一方、1680年にポルトガル植民地政府は、トルデシリャス条約を無視してラ・プラタ川の河口左岸のブエノスアイレスの対岸にコロニア・ド・サクラメントを建設した。以降バンダ・オリエンタルの地は独立後まで続くブラジルの権力とブエノスアイレスの権力との衝突の場となった。また、南部ではラ・プラタ地方のスペイン人の影響を受けてガウーショ(スペイン語ではガウチョ)と呼ばれる牧童の集団が生まれた。

その後、18世紀にはミナスジェライスで金鉱山が発見されたためにゴールドラッシュが起こった。ブラジルの中心が北東部から南東部に移動し、1763年にはリオデジャネイロが植民地の首都となった。ゴールドラッシュにより、18世紀の間に実に30万人のポルトガル人がブラジルに移住し、金採掘のためにさらに多くの黒人奴隷が導入された。一方でミナスの中心地となったオウロ・プレットでは独自のバロック文化が栄えた。

ミナスの陰謀:このブラジル初の独立運動では、首謀者の内うちもっとも身分の低かったチラデンテスのみが処刑された

バンダ・オリエンタルをめぐるスペインとの衝突のあと、18世紀末には啓蒙思想がヨーロッパから伝わり、フランス革命やアメリカ合衆国の独立の影響もあり、1789年にはポルトガルからの独立を画策した「ミナスの陰謀」が発生。計画は密告によって失敗した。首謀者のうちもっとも身分の低かったチラデンテスがすべての罪をかぶせられ処刑された。

その後、1791年に始まったハイチ革命の影響もあってクレオール[要曖昧さ回避]白人やムラート、クレオール黒人(クリオーロ)による独立運動が進展。植民地時代にはブラジルに大学が設立されず、知的環境の不備により、ブラジルの独立運動は一部の知識人の「陰謀」に留まり、大衆的な基盤を持つ「革命」にはならなかった。このことは、ブラジルとイスパノアメリカ諸国の独立のあり方の差異に大きな影響を与えた。

黄金法(1888年)

ブラジルの独立
「近代における世界の一体化#ラテンアメリカ諸国の独立」および「ブラジル独立」も参照
ジョゼ・ボニファシオ・デ・アンドラーダ・エ・シルヴァ:独立派のブラジル人ブルジョワジーを代表してペドロを擁立した

ナポレオン戦争により、1807年にジャン=アンドシュ・ジュノーに率いられたフランス軍がポルトガルに侵攻した。このためポルトガル宮廷はリスボンからリオデジャネイロに遷都し、以降、リオの開発が進んだ。1815年にリオデジャネイロはポルトガル・ブラジル及びアルガルヴェ連合王国の首都に定められた。ポルトガル政府はバンダ・オリエンタル・ド・ウルグアイ(葡: Banda Oriental do Uruguai)のホセ・アルティーガス(英語版)率いる連邦同盟(葡: Liga dos Povos Livres、1815年 – 1820年)との戦いを進めてバンダ・オリエンタルを支配下に置き、征服した地域にシスプラチナ州を設立した。1820年ポルトガルを自由主義的な立憲君主制国家に変革しようとする革命が起こり、リオデジャネイロのジョアン6世に帰国を要請し、1821年にポルトガル宮廷はリスボンに帰還した。

一方、摂政として残留したブラガンサ家の王太子ペドロがジョゼ・ボニファシオに代表されるブラジル人ブルジョワジー勢力に支持され、1822年2月18日にブラジル独立戦争が勃発した。1822年9月7日に「イピランガの叫び」(葡: Grito do Ipiranga)と呼ばれる独立宣言が行われ、ペドロが初代皇帝ペドロ1世(在位1823年 – 1831年)として即位し、ブラジル帝国はポルトガルから独立した[8]。

帝政時代

詳細は「ブラジル帝国」を参照

ペドロ2世

ブラジルの独立はブラガンサ家の皇帝という求心力があったために、解放者シモン・ボリバルやホセ・デ・サン=マルティン、ミゲル・イダルゴらの掲げた共和制や立憲君主制の思想が求心力とならなかった。イスパノアメリカ諸国が分裂したのとは異なり、広大なブラジル植民地は単一のまとまりとして新たな主権国家を形成した。しかし、このことは植民地時代からのエリート層が独立後もそのまま権力を握り続けることをも意味していた。
このため、帝政時代は当初から各地方の中央政府に対する反乱や、共和制を求める自由主義者の反乱が勃発し、1820年代には北東部のペルナンブッコ州では赤道連盟の反乱(英語版)が、最南部のシスプラチナ州では東方州のリオ・デ・ラ・プラタ連合州復帰を求めた33人の東方人の潜入により、シスプラチナ州をめぐってシスプラティーナ戦争が勃発した。シスプラチナ州はイギリスの仲介によって1828年にウルグアイ東方共和国として独立した。

1831年にペドロ1世が退位するとさらに地方の混乱は増し、最南部のリオ・グランデ・ド・スール州では牧場主とガウーショがファラーポス戦争(英語版)(葡: Guerra dos Farrapos、Revolução Farroupilha – 「ファロウピーリャの反乱」とも)を起こした。
『我が子の遺体を前にするパラグアイ兵』(ホセ・イグナシオ・ガルメンディア画)

1840年にペドロ2世が即位すると事態は落ち着きを見せ、1848年にプライエイラ革命(葡: Insurreição Praieira – 「プライエイラの反乱」とも)を鎮圧したあと、ブラジル史上初の安定期が訪れた。ペードロ2世は領土的野心を持っていたウルグアイ、パラグアイへの介入を進め、その結果として1864年にパラグアイのフランシスコ・ソラーノ・ロペス大統領はブラジルに宣戦布告し、パラグアイ戦争(葡: Guerra do Paraguai、西: Guerra de la Triple Alianza – 「三国同盟戦争」とも)が勃発したが、カシアス公率いるブラジル帝国が主体となった三国同盟軍はパラグアイを破壊した。

一方、独立後も大農園主の意向によって奴隷制は維持され続けたが、アメリカ合衆国の南北戦争後は西半球で奴隷制を採用する独立国はブラジル帝国のみとなったため、三国同盟戦争後からオーギュスト・コントの実証主義の影響を受けた知識人によって奴隷制批判がなされた。三国同盟戦争後に制度的に確立した軍の青年将校(葡: Tenentes – 「テネンテス(英語版)」)たちは実証主義思想に影響を受け、次第に奴隷制の廃止と帝政の廃止をも含めた国民運動が生まれた。この運動により1888年5月13日に黄金法(英語版)(葡: Lei Áurea)が公布され、西半球で最後まで維持されていた奴隷制が廃止されたが、ペドロ2世は奴隷制廃止によって大農園主からの支持を失い、翌1889年のデオドロ・ダ・フォンセッカ元帥のクーデターによって帝政は崩壊した。

旧共和国時代

共和制革命後4日間だけ用いられたブラジル合衆国の国旗

1889年の共和制革命により、ブラジルは帝政から共和制に移行した。この時期には カフェ・コン・レイテと呼ばれるサン・パウロ州とミナス・ジェライス州で相互に大統領を選出する慣行が生まれた。バイーア州カヌードス(ポルトガル語版、英語版)でJagunçoによるカヌードス戦争(ポルトガル語版、英語版)(1896年 – 1896年)が勃発。これにともなう通貨下落を政府はロスチャイルドから借り入れて切り抜けた。また、帝政時代からコーヒー・プランテーションでの労働力確保のためにヨーロッパよりイタリア人、ポルトガル人、スペイン人、ドイツ人をはじめとする移民を受け入れていたが、奴隷制廃止後はさらに移民の流入速度が速まり、1908年にはヨーロッパのみならずアジアからも笠戸丸で日本人移民が導入された。

第一次世界大戦に協商国側で参戦したあと、1920年代にはカフェ・コン・レイテ体制への批判が高まり、ルイス・カルロス・プレステス(ポルトガル語版)をはじめとするテネンテス(青年将校たち)によるテネンテ革命(英語版)が各地で起こった。このテネンチズモ(ポルトガル語版)は直接は国政に大きな影響を与えなかったが、間接的に1930年代の政治状況を用意することになった。

ヴァルガス時代

詳細は「ヴァルガス時代(英語版)」および「エスタード・ノーヴォ(ポルトガル語版)」を参照

ジェトゥリオ・ドルネレス・ヴァルガス:15年にわたるヴァルガス時代の間に現在のブラジルが形作られた

1930年にカフェ・コン・レイテ体制に対する反乱が各地で勃発し、リオ・グランデ・ド・スール州のジェトゥリオ・ドルネレス・ヴァルガスが1930年革命(ポルトガル語版)を起こし、独裁政治を確立しようとした。1932年にはサン・パウロ州の反ヴァルガス勢力によって護憲革命(英語版)(葡: Revolução Constitucionalista de 1932)が勃発したが、この反乱を鎮圧するとヴァルガスはブラジル全土に対する支配権を確立した。1937年にはヴァルガスはクーデターによってイタリア・ファシズムに影響を受けたエスタード・ノーヴォ(ポルトガル語版)体制を確立し、11月10日に新憲法を公布、12月2日に発布した[9]。ヴァルガス時代には大学の整備、国家主導の工業化、ナショナリズムの称揚と移民の同化政策、中央集権体制の確立が進んだ。

1942年8月22日にヴァルガスは第二次世界大戦に連合国の一員としてイタリア戦線に宣戦布告、参戦したが、独裁体制に対する不満が国民と軍内部で強まり、第二次世界大戦終結後の1945年10月13日に軍事クーデターによって失脚した。

ポプリズモ時代
ブラジリア大聖堂

1946年9月18日に新憲法が制定されたあと、1950年にブラジル史上初の民主的選挙によってジェトゥリオ・ドルネレス・ヴァルガスが大統領に就任した。2度目のヴァルガスはファシズム色よりも左派ポプリズモ色を打ち出し、ブラジル経済の国民化が進められたが、軍の抵抗にあってヴァルガスは1954年に自殺した。

1956年に就任したジュセリーノ・クビシェッキ大統領は「50年の進歩を5年で」を掲げて開発政策を進め、内陸部のゴイアス州に新首都ブラジリア連邦直轄区を建設し、1960年にリオデジャネイロから遷都した。しかし、この開発政策によって生まれた債務が財政を圧迫し、インフレが加速した。

1961年に就任したジョアン・ゴラール(ポルトガル語版)(通称・ジャンゴ)大統領(任期:1961年 – 1964年)はこのような困難な状況を乗り切ることが出来なかった。

軍事独裁政権時代

1964年にアメリカ合衆国の支援するカステロ・ブランコ将軍は、クーデター(英語版)によってジョアン・ゴラールを失脚させ、軍事独裁体制を確立すると、親米反共政策と、外国資本の導入を柱にした工業化政策が推進された(コンドル作戦、en)。この軍政の時代に「ブラジルの奇跡」と呼ばれたほどの高度経済成長が実現したが、1973年のオイルショック後に経済成長は失速し、さらに所得格差の増大により犯罪発生率が飛躍的に上昇した。また、軍事政権による人権侵害も大きな問題となった。この間、各地でカルロス・マリゲーラの民族解放行動(ALN)や10月8日革命運動など都市ゲリラが武装闘争を展開し、外国大使の誘拐やハイジャックが複数にわたって発生した。

1974年に将軍から大統領に就任したエルネスト・ガイゼウ(ポルトガル語版)は国民的な不満を受けて軍政の路線転換を行い、1979年に就任したジョアン・フィゲイレード大統領は民政移管を公約した。1985年に行われた大統領選挙ではタンクレード・ネーヴェスが勝利した。

民政移管以降

ボルソナーロ大統領とトランプ米大統領

1985年に民政移管が実現し、文民政権が復活したが、ネーヴェスが急死したために副大統領だったジョゼー・サルネイが大統領に昇格した。サルネイ政権下ではインフレの拡大によりブラジル経済は悪化し、内政では大きな成果を残せなかったが、外交ではアルゼンチンのラウル・アルフォンシン政権との関係がこの時期に大きく改善し、長らく続いた両国の敵対関係に終止符が打たれた。

1990年には国家再建党からフェルナンド・コーロルが大統領に就任したが経済問題に対処できず、数々の汚職やさまざまな奇行のために1992年に罷免された。コーロルの失脚後、副大統領のイタマール・フランコが大統領に昇格した。

1995年にブラジル社会民主党から就任したフェルナンド・エンリッケ・カルドーゾ政権下でアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイにより、同年1月にメルコスール(メルコスウと発音、南米南部共同市場)が発足し、市場中心主義、緊縮政策・新自由主義を推し進めたが汚職や腐敗が深刻化し、格差の拡大をもたらした。

2003年には前政権までの貧困・格差の拡大に反発する形で労働者党からルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァが大統領に就任し、ブラジル発の本格的な左派政権となり、これまで前政権時代に推し進められていた市場中心主義、新自由主義政策を改め、富の再分配を重視し貧困撲滅政策を実行。外交面では新興国との関係を重視した。資源価格の高騰や新興国経済の好調に伴ってブラジル史上屈指の好景気となり、貧困撲滅と中間層誕生をもたらしたことで国民の支持を集めた。また、ワールドカップと五輪の招致に成功した。

2010年10月、ルーラ大統領の任期満了に伴い大統領選挙が行われ、好調な経済の後押しを受けて与党労働者党のジルマ・ルセフ官房長官が当選。2011年1月に大統領に就任した。しかし、その後新興国経済の失速と資源価格の低迷から景気が低迷し支持率は急落。2013年に反政府デモが起きるも、2014年の大統領選挙では決選投票で中道右派のブラジル社会民主党のアエシオ・ネベスに接戦の末勝利し、再選を果たした。しかし、2016年にはルセフ大統領が弾劾裁判を受け、ブラジル検察はブラジル屈指の人気を誇ったルーラ元大統領を汚職疑惑により強制捜査。労働者党とブラジル民主運動党による連立政権が崩壊するなど政権基盤は急速に失速し、政治的な混乱が続いた。

2016年5月12日、ブラジル議会上院はルセフ大統領に対する弾劾法廷の設置を賛成多数で決定し、大統領の職務を停止させた。ルセフ大統領の職務が停止される間、ブラジル民主運動党のミシェル・テメル副大統領が大統領代行を務めた[10]。テメル大統領代行は労働党閣僚を排除し、最大野党の中道右派社会民主党の閣僚を抜擢し、実質的に13年ぶりの政権交代となった。親米、緊縮財政政策をとり、国営企業の民営化、公務員や社会保障削減などのウォール街をはじめとした国際金融市場が求める政策の実行を表明するなど、カルドーゾ政権時代の新自由主義政策への回帰となった[11]。しかし、与野党問わず汚職も蔓延しており政治的には混乱期に突入している。

そして、テメル大統領自身も収賄罪で起訴されるなど[12]、ルセフ前大統領に続いて弾劾を求める動きが活発化している[13]。このように、有力政治家が相次いで汚職の捜査対処になり、ブラジルの政治は大混乱期を迎え国民の信頼を完全になくしている。

2019年にジャイール・ボルソナーロが大統領に就任[14]、シカゴ学派の経済学者のパウロ・ゲデスをブレインに新自由主義、緊縮財政、軍政の再評価、親米外交など、これまでのルーラ政権以来続いた労働者党政権の逆の政策を行うと主張しており、その過激な発言からは「ブラジルのトランプ」ともいわれる。 』

[FT]劣勢のブラジル大統領、景気回復追い風に再選目指す

[FT]劣勢のブラジル大統領、景気回復追い風に再選目指す
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB091O90Z00C22A8000000/

『ブラジルの最大都市サンパウロにあるレストランで支配人を務めるイザベル・ダ・コスタさんは、景気の状態を見極めかねている。一方では、新型コロナウイルス禍後の力強い回復が見られ、新しいバーや商店が市内の至る所でオープンしている。

10月の大統領選での再選を目指すブラジルのボルソナロ大統領=ロイター

だが同時に、インフレの進行で一般市民に生活向上の実感はないという。「人は戻ってきている。新しいバーやレストランが開店して、みんながお金をまた使い始めている。でも、インフレは大問題だ。何もかも高すぎる」

10月に大統領選を控えるブラジルで、経済が国内での論戦の中心を占めつつある。各種の世論調査で有権者は繰り返し、過去の選挙で大きな焦点となった犯罪や汚職よりも経済を最も重要な問題に位置付けている。右派のボルソナロ大統領は、最近の経済統計が追い風となることに期待をかけるはずだと政治アナリストは指摘する。

サービス業の力強い回復にけん引され、ブラジル経済は2022年に1.7%の成長となる見通しだ。1月の時点では大手銀行が景気後退を予測する状況だったが、大きく好転した。

コロナ規制解除後の全面再開の中で、政府統計によると失業率は16年1月以降で初めて1桁台に下がり、サービス業の活動は15年以来の高水準に達している。

だが、インフレは年率11.4%と高止まりしている。税率引き下げによる燃料価格の抑制はおおむね奏功したものの、食料価格の高騰が続き、食べ物に不自由する貧困層の国民数千万人に打撃を与えている。過去12カ月の間にニンジンとジャガイモは約70%、牛乳は30%超値上がりした。

雇用増もインフレ高進で所得減

コンサルティング会社MBアソシアドスのチーフエコノミスト、セルジオ・バーレ氏は「雇用は増えたが、給料がインフレで目減りして所得が減っている。それがいま起きている現象だ」と説明する。

ダ・コスタさんは「ガス、電気、家賃など、商売に必要なものを全部足し合わせると、とても厳しい状況になる」と話す。

ボルソナロ氏は国民への支援の重要性を心得ている。政権は7月、総額410億レアル(約1兆1000億円)の支出プログラムを成立させた。最貧困層への月々の現金給付を22年末まで5割増しの600レアルに拡充することや、トラック・タクシー運転手に対する燃料補助金の導入などを盛り込んだ。

だが、ボルソナロ氏の再選への闘いはなおも厳しい状況だ。調査会社ダタフォリャが行った世論調査によると、左派の対立候補であるルラ元大統領が支持率で18ポイントの差を付けている。ここ数週間の他の調査では、元陸軍大尉のボルソナロ氏が1桁台まで差を縮めている状況だ。

世論調査会社クアエストの創業者フェリペ・ヌネス氏は、「経済が好調な国の大統領は再選されやすいというのは事実だ。このところの経済指標はボルソナロ氏の助けになりうるが、彼に勝利をもたらすだけの人心の変化を引き起こすかどうかは何とも言えない」と語る。

ポピュリスト(大衆迎合主義者)のアウトサイダーとして18年の大統領選を制したボルソナロ氏の1期目は、とりわけコロナ対応の誤りなど物議を醸した問題が傷痕を残している。有権者の不支持率は53%だ。

サービス業が活況に

ブラジル経済研究所のエコノミスト、アルマンド・カステラル氏は、景気回復と政府の支出プログラムを受けて「世論調査が示す情勢よりも激しい争いの選挙」になるとみる。

「22年の景気は危ぶまれたよりも良くなっている。失業率は驚くべき速さで下がっていて、その大部分はコロナ禍後の立ち直りが一番遅れたサービス業の回復と関係している」と同氏は指摘する。

政府の公式統計によると、国内総生産(GDP)の60%超を占めるサービス業の活動は1~5月までの間に、交通や観光、レストランが回復するなかで9.4%拡大した。

その上でカステラル氏は、ブラジルにはウクライナ紛争に起因する商品価格の上昇も追い風となり、金融引き締めも予想されたほど成長を阻害していないと付け加えた。

全体的な物価上昇はピークを越えたもようだが、食料品の値上がりが続いていることは低所得の人々がなおも影響を被ることを意味するとバーレ氏は指摘する。

中南米最大の経済大国で見通しが好転することで、21年に国内銀行による景気後退予測を一蹴し、22年のブラジル経済に2.1%の成長を見込んでいたゲジス経済相の正しさを証明するものとなる。

大統領の経済手腕を評価する声も

ゲジス氏は21年11月にフィナンシャル・タイムズ(FT)に対し、「もちろん(銀行は)間違っている。彼らは見誤っているか、政治的に好戦的になっているかのどちらかだ。選挙に影響を及ぼそうとしている」と語っていた。

「(22年のブラジルは)低インフレでゼロ成長よりも、いくらかの成長と弾力的なインフレになる可能性が高い」との見方を示していた。

サンパウロの投資会社ベージャ・インベスティメントスのエコノミスト、カミラ・アブデルマラク氏は、新たな支出プログラムを成立させる前の時期にも、企業従業員への余剰人員に対する基金からの早期引き出しを容認するなど、政府は効果的な景気刺激策を講じていたと強調する。

「そうした施策が国民の所得を押し上げ、ある程度の経済成長を生み出すことにつながる」という。

大西洋に面するエスピリトサント州の内陸部で好業績のレンガ工場を経営する58歳の実業家、パウロ・アルベルト・セイベルさんは、ボルソナロ氏は景気を回復させた手腕を評価されるべきだと思っている。

「ブラジルは成長していないと言われているが、私たちは生産が追いつかない状態だ」

だが、筋金入りのボルソナロ支持派であっても、インフレの痛みを無視することはできない。「ディーゼル燃料がもう少し安ければ、もっといい状態になるのだが」

By Bryan Harris and Michael Pooler

(2022年8月7日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

(c) The Financial Times Limited 2022. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation. 』

金正恩氏、新型コロナで「勝利宣言」 感染者ゼロと主張

金正恩氏、新型コロナで「勝利宣言」 感染者ゼロと主張
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM110AT0R10C22A8000000/

『【ソウル=恩地洋介】北朝鮮の朝鮮中央通信は11日、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が10日の演説で、新型コロナウイルスの危機を解消し「勝利宣言」をしたと伝えた。12日間にわたり新たな感染者を確認しておらず、5月以降に強化した防疫体制のレベルを引き下げるという。

同通信によると、金正恩氏は朝鮮労働党と内閣が10日に招集した非常防疫総括会議で「悪性感染症の危機が完全に解消されたという結論に達した」と述べた。7月29日から新たな発熱者が出ておらず、最後の全快者が報告されてから7日が経過したと説明した。

この間の感染者はすべてオミクロン型の派生型「BA.2」で、それ以外の変異型ウイルスの流入はないと強調。感染が広がった5月以降の死者は74人にとどまり「致命率は世界保健界で空前絶後の奇跡といえる非常に低い数値を記録した」などと指導部の感染症対応を自賛した。

会議では金正恩氏の妹で党副部長の金与正(キム・ヨジョン)氏が、新型コロナの感染源は韓国の脱北者団体が大型風船で飛ばしたビラだったと主張した。「反人倫的な犯罪だ。非常に強力な報復を加えなければならない」と述べ、韓国への様々な対応を検討中だと明らかにした。

脱北者団体は金正恩体制を批判するビラを北朝鮮に向けて風船で飛ばす活動を展開している。北朝鮮の防疫当局は7月、韓国から舞い込んだ「見慣れない物」に触れた軍人と幼稚園児が最初に感染したとする調査結果を宣伝していた。

北朝鮮は5月12日に平壌で初めて「オミクロン型」の感染者を確認したと公表し、都市を封鎖した。一時は1日当たりの発熱者が39万人に上った。』

[FT]インド、小売り新インフラ 消費者3億人と結ぶ実験

[FT]インド、小売り新インフラ 消費者3億人と結ぶ実験
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB082OO0Y2A800C2000000/

『筆者がフィナンシャル・タイムズ(FT)で小売業界を取材していた1990年代前半、経営者らは「成功の3つの秘訣」を決まり文句のように唱えていた。「1に立地、2に立地、3に立地」と。当時の小売業はおおむね、立地条件のよい物件を押さえることが重要だった。
インド政府主導で導入されたデジタルインフラ構想は、小規模事業者がアマゾンなどに対抗できる力を持てるようにすることを目指している=ロイター

企業は来客数を予測するため進出する地域の人口構成や経済情勢、インフラを分析するのに多くの労力をかけ、最も有望な物件に巨額の資金を投じた。クモの巣に虫がかかるように、好条件の立地に店舗を構えれば客は自然と集まってきた。

この小売業モデルは潤沢な資金を持つ先行企業に明らかに有利だったが、インターネットの爆発的な普及がこれに風穴を開けた。ネット販売が普及すると店舗の立地は関係なくなった。

米アマゾン・ドット・コムは実店舗を持たずに消費者に商品を直接配送する形態から始まった。小売業の成功の秘訣は「1に物流、2に物流、3に物流」へと急速に変わっていった。
失速したショッピファイ

小売業の次の進化では、消費者向けのブランドを展開する企業や小規模事業者が、従来の小売店や電子商取引(EC)プラットフォームを介さず消費者に直接販売するようになった。

これによってDTC(消費者直接取引)ブームに火がついた。このブームに火をつけたのが革新的なECプラットフォームとして登場したカナダのショッピファイだ。

同社は管理業務や決済、配送インフラなど、小規模の独立系小売業者にとっては資金面で自社での構築が難しい各種サービスを提供し、アマゾンに対抗する存在とみられるようになった。

メガネやサングラス販売の米ワービーパーカーやフィットネス機器の米ペロトン・インタラクティブ、衣料品の米スティッチフィックスといったDTC企業に投資家はこぞって資金を投じた。

こうした企業はソーシャルメディアを通じてブランドの認知度を上げて消費者をひきつけ、商品を直接配送する企業戦略をとった。この作戦はしばらくは順風満帆で、複数のDTC企業が目を見張るような高値で上場を果たしたこともあった。

だが、投資家は今ではDTCという事業モデルそのものに重大あるいは致命的な欠陥があると判断したようで、DTC企業の株価は大幅に下落している。ショッピファイの株価はこの1年で73%下がり、7月26日には全世界の従業員の10%を削減すると発表した。小売業界では次に何が起こるのだろうか。
物価高に広告料金値上げ、DTC企業に逆風

ショッピファイのトビアス・リュトケ最高経営責任者(CEO)は今回の規模縮小は事業見通しを過度に楽観視していたことが原因だと説明している。

ショッピファイは新型コロナウイルス禍から5~10年先までECの成長が持続すると想定し、需要増を見込んで事業拡大を急ぎすぎたという。リュトケ氏は従業員にあてたメモの中で「賭けが実らなかったことが明らかになった」と悔いた。

だが、根拠が薄いにもかかわらず楽観的な長期見通しをしたという説明はDTCのより根深い欠陥を覆い隠してしまう。DTC企業も他の小売業者や消費財メーカーと同様、急激な物価上昇や金利の上昇、消費の減退への対応に苦労している。

さらに、配送料の高騰やサプライチェーン(供給網)の混乱、製造拠点として先行きの不透明感が増す中国に大きく依存しているといった問題を抱える企業も多い。

だが、DTC企業にはこれらに加え特有の圧力もかかっている。フェイスブックが広告料金を値上げしたことで顧客獲得コストが大幅に上昇した。

ソーシャルメディアを通じてターゲット層を特定することも、米アップルがユーザーに「アプリにトラッキングをしないように要求」する選択肢を追加したことで難しくなった。さらに、DTC企業はコピー商品業者との過酷な競争にさらされることもある。

米国のウォルマートやクラフト・ハインツ、ナイキといった小売りや消費財の老舗大企業もDTC取引の手法を採り入れ、(実店舗とECを結ぶ)オムニチャネル化を進めている。

一方でアマゾンは実店舗網を拡大しつつある。アマゾンは厳しい経済情勢から苦境に立たされているが、それでも事業を展開する市場の大半でEC最大手の地位を維持している。

消費者にとってはブランドごとに異なるサイトへ行くよりも一つのプラットフォームで買い物できる方が便利だ。

アマゾンは自ら小売業者としてオンラインで商品を販売する部門と第三者の小売業者が参加して販売できる「マーケットプレイス」の両方を運営しているが、規制当局がこの2つを切り離すために介入する可能性は低い。競合他社が「EC界の巨人」の地位を奪うような状況は想像しにくい。

だが、ビジネスの世界は政治やスポーツと同様、向かうところ敵なしとみえる時こそ最も足をすくわれやすい。誰もがアマゾンを王座から引きずり下ろそうと狙っている。

そうしたなかで、注目すべきはインドの100都市で試験的に導入された「デジタル商取引のためのオープンネットワーク(ONDC)」だ。小売取引のためのデジタルインフラ構想で、インド政府が主導している。

民間の閉鎖されたプラットフォームではなく、数百万もの小規模事業者がサプライヤーや顧客、配送業者につながり、誰もが相互運用可能な共同ネットワークを構築するのが狙いだ。24年末までに3000万の小売業者と3億人の消費者を結ぶという目標を掲げている。

インドIT(情報技術)サービス大手インフォシスの共同創立者でONDCの立案者の一人でもあるナンダン・ニレカニ氏は控えめな表現とはほど遠い人物ではあるが、この計画を「世界で今起きている中で最もエキサイティングな事業変革」と呼んでいる。
インドのデジタルインフラ、小規模事業者にも力

インドは以前から公共のデジタルインフラの整備に力を入れてきた。同国のデジタル個人識別番号制度「アドハー」は13億人が登録している。インド政府が主導して構築し、個人の銀行口座とひも付いた「統合決済インターフェース(UPI)」は7月だけで63億件のオンライン取引を扱った。

ONDCは何百万もある地元の小さな事業者がアマゾンやウォルマート傘下のEC大手フリップカートに対抗できるだけの力を持てるようにすることを目指している。

この実験が成功すれば、小売業界の新たな決まり文句は「1にローカリゼーション(現地化)、2にローカリゼーション、3にローカリゼーション」となるかもしれない。

By John Thornhill

(2022年8月5日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)

(c) The Financial Times Limited 2022. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation. 』

[FT]児童労働黙認のタリバン、高値の石炭輸出で経済再建

[FT]児童労働黙認のタリバン、高値の石炭輸出で経済再建
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB092XJ0Z00C22A8000000/

『北部バグラン州ナーレーンの鉱山では、8歳の子どもたちが炭鉱労働者として働いている。石炭をロバの背に載せて運び、カブール行きのトラックに積み替える。そこには機械も安全装置もない。

ウクライナ紛争や新型コロナウイルスに伴う物流の混乱により国際商品価格が高騰する中で、アフガニスタンの炭鉱が活況を呈している。1年前に政権を掌握したイスラム主義組織タリバンにとって、国際社会からの孤立や制裁で疲弊した経済の再生を目指す上で、石炭は重要な収入源になっている。

待機中のトラックに石炭を運ぶ手伝いをしていたマランさん(60)は「タリバンが政権を取った直後に石炭価格が上がった。彼らは運がいい」と話した。

北大西洋条約機構(NATO)の駐留部隊が撤退し、タリバンが欧米の支援を受けていた政権を倒すと、同国経済はあっという間に行き詰まった。前政権の予算の4分の3を占めていた国際援助が停止され、90億ドル(約1兆2000億円)にのぼる外貨準備が凍結された結果、2021年の経済規模は少なくとも20%縮小した。

タリバンは経済を立て直すべく石炭輸出を積極的に増やしている。環境や倫理的な問題は無視しながら、石炭以外の鉱物資源や果物などの輸出も奨励し、管理下に置いて課税収入を得ている。

パキスタン向け石炭輸出は倍増

石炭の多くは険しい山道を通ってカブールからパキスタンに運ばれ、さらに一部は中国に送られる。タリバン支配下での越境貿易について報告書を執筆したデビッド・マンスフィールド氏は、暫定政権の発足以来、パキスタン向けの石炭輸出が年間約400万トンに倍増したと推計している。

国連開発計画(UNDP)のアフガニスタン常駐代表、アブドラ・ダルダリ氏によると、前政権はグリーンエネルギーへの移行を模索していたが、タリバンは化石燃料を容認しているという。タリバンの政権掌握後、経済のグリーン化計画は「白紙撤回された。人々は争うように炭鉱の開発に着手し、石炭が活況になり始めた」と同氏は語る。

マンスフィールド氏によると、タリバンはこれまで驚くほど効果的に貿易を管理し、横行する賄賂や密輸を取り締まってきた。「とても大きな変化だ。タリバンは国境の規制・管理を極めてうまくやっている」という。タリバンの収入を増やすだけでなく、地方に割拠する軍閥の自主財源を断ち、自らの権力基盤を強化できると同氏は付け加えた。

輸入は急減しているものの、輸出総額は19年の12億ドルから、22年は約18億ドルにはね上がると国連は予想している。

同国の豊富な鉱物資源はかねて外国政府や投資家を魅了してきた。リチウムから宝石に至るまで膨大な埋蔵量は総額で1兆ドルの価値があるとの試算もある。しかし、数十年に及ぶ政情不安で探査や採掘が制限されてきた。

中国国有の中国冶金科工集団は07年、カブールの南東に位置し世界有数の銅の埋蔵量を誇るメス・アイナク銅山の権益を確保した。ただし、採掘作業はいまだに始まっていない。
タリバンはラピスラズリなどの宝石類からアヘンの原料となるケシの栽培まであらゆる取引を規制し、課税することで反政府活動資金の一部を調達してきた。

中国やロシアの投資家と協議

中国冶金科工集団は07年、世界有数の銅の埋蔵量を誇るメス・アイナク銅山の権益を確保したが、採掘作業はいまだに始まっていない=ロイター

アジジ商務相はインタビューで、タリバン政権が中国やロシアなどの投資家と鉱山採掘や石炭取引を巡って協議していると明らかにした。

アジジ氏は「(タリバンが自称する)アフガニスタン・イスラム首長国は過去のどの政権よりも貿易を重視してきた」と強調した。「経済的な取引を軍事問題と切り離して考えたい。我々は誰とでも取引する」

ただ、大型の国際案件はまだまとまっておらず、採掘権交渉は国内業者にとどまり比較的規模も小さいと同氏は述べた。鉱業・石油省によると、国内に80ある炭鉱のうち17カ所が稼働中で、その多くは北部にあるという。

採掘作業は往々にして過酷だ。ナーレーンの鉱山では作業員の約半数が10代かそれ以下とみられ、わずかな報酬を得るために危険な環境下で働いている。

鉱山で家族代々働く人たちも少なくない。ナジブラさん(35)は祖父や父とともに10代で働き始め、今では息子のヌールラさん(12)も加わっている。

児童労働はタリバン復権のかなり前からはびこっていたが、経済危機で学校に通えなくなり鉱山で働くようになった子どもが増えたとアナリストらは指摘する。

「ここではこの仕事以外に選択肢がなかった」と語るアティクラさん(14)は、8歳のときに鉱山で働き始めたという。「ここ以外になかったけど、地下数百メートルの坑道で働いて幸せな人なんて誰もいないよ」

農業を営んでいたモハマドさん(55)は洪水で農地を流され、ナーレーンの鉱山で働き始めた。タリバン復権後に石炭価格が上昇したおかげで炭鉱作業員の収入も倍増したという。

「労働者にとって政治なんてどうでもいい」とモハマドさんはいう。「大事なのは仕事に有り付いて稼げるかどうかだけだ」

鉱業・石油省のブルハン報道官は外国投資が増えて技術が進歩すれば、労働条件の改善や児童労働の防止につながるとの見解を示した。

ケシ栽培禁止も、法的強制力は不明

タリバンはケシの栽培を打ち切ると表明し4月には禁止令を公布したが、法的強制力を持つかどうかは不明だ=AP

タリバンはアフガンで最も不評の資源の1つで輸出規模も大きいケシの栽培を打ち切ると表明している。4月には禁止令を公布したが、法的強制力を持つかどうか判断するのは時期尚早だと専門家は指摘する。国連の統計によると、根絶に向けて数十億ドルが費やされたにもかかわらず、01年の米同時テロを受けて米軍がアフガンに駐留後、ケシの栽培量は2倍以上に膨らんだ。

国際的な銀行が制裁を理由に総じて外為取引の仲介を渋っているため、石炭輸出に伴う資金決済は主に高い手数料を取る闇金融業者に依存している。ほか代替手段もないため、彼らには稼ぎのいい商売になっている。

モハマド・アジムさんはタリバンの支配下で職を失った後、石炭取引を始めた。ナーレーンの鉱山で買い付け、カブールで売っている。アジムさんは輸出需要が極めて高いと言ってから表情をくもらせた。「このままではアフガンの人々が冬に買う石炭が残っているかわからない」

By Benjamin Parkin and Fazelminallah Qazizai

(2022年8月4日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

(c) The Financial Times Limited 2022. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.』

スリランカ前大統領、タイに入国へ 経済危機で退陣

スリランカ前大統領、タイに入国へ 経済危機で退陣
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM10CNU0Q2A810C2000000/

『【ニューデリー=花田亮輔】スリランカのラジャパクサ前大統領が、タイに入国する見通しであることがわかった。タイ外務省が10日、明らかにした。ラジャパクサ氏は経済危機に伴う抗議活動の激化により7月にスリランカを出国し、シンガポールに入っていた。

タイ外務省は声明で「スリランカ政府から、前大統領の入国について要請を受けた」と説明した。亡命要請ではなく、ビザなしで90日間の滞在が可能だという。ラジャパクサ氏が11日にシンガポールを出国する予定だと、ロイター通信は報じている。

スリランカでは生活必需品の不足や高騰といった経済危機により、一族で政権の要職を占めてきたラジャパクサ氏らへの不満が高まった。7月には政権退陣を求める多数のデモ隊が、大統領公邸などを一時占拠する事態に発展した。

ラジャパクサ氏はモルディブ経由で同月14日にシンガポールに入り、大統領を辞任した。首相などを務めてきたウィクラマシンハ氏が、同月下旬に大統領に就任している。

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https://www.nikkei.com/r123/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOGM10CNU0Q2A810C2000000&n_cid=DSPRM1AR08 』

ケニア

ケニア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%8B%E3%82%A2

『歴史

詳細は「ケニアの歴史(英語版)」を参照

クシ語系の民族移動

紀元前2000年ごろに北アフリカからケニア地域へクシ語系の民族移動が行われた。

バンツー系の民族移動

紀元前1000年までに、バンツー語系、ナイル語系の民族がケニアの地域に移動し、今日のケニア国民を形成する民族として定住した(en:Bantu expansion)。

アラブの進出とスワヒリ文明の勃興

7、8世紀ごろにはアラブ人が海岸地域に定住しており、モンバサやマリンディなど交易の拠点を建設した。10世紀までに、ケニア沿岸部にはバンツーとアラブの言語が混ざったスワヒリ語のスワヒリ文明が栄え始めた。1418年ごろに明の鄭和の艦隊の一部がマリンディにまで到達した記録が残っている。15世紀末、ヴァスコ・ダ・ガマの来訪をきっかけにポルトガル人が進出するも、やがて撤退しアラブ人が再進出。18世紀にはアラブ人の影響力が内陸部にまで及び奴隷貿易や象牙貿易などが活発になる。

オマーン帝国

1828年にはオマーン帝国のスルタン・サイイド・サイードがモンバサを攻略した。

イギリスの進出

イギリス領東アフリカ(1911年)

19世紀にアフリカの植民地化が進むと、ケニア沿岸にはイギリスとドイツ帝国が進出。権力争いの末にイギリス勢が優勢となり、1888年には沿岸部が帝国イギリス東アフリカ会社(英語版)(IBEA)により統治されるようになった。

1895年にイギリス領東アフリカが成立。

1895年から1901年の間に、モンバサからキスムまでの鉄道が英国によって完成した。

1896年のアングロ=ザンジバル戦争で敗れたスルタンがザンジバル・スルタン国(1856年 – 1964年)に根拠地を移した。

1902年、ウガンダもイギリスの保護領となり、イギリスの影響が及ぶ地域が内陸部に広がった。

1903年に鉄道はウガンダまで延びた。

1920年には直轄のケニア植民地(英語版)となる。 』

『経済

首都ナイロビの景観
詳細は「ケニアの経済(英語版)」を参照

ケニアは東アフリカ地域経済の中心として発展し、サファリやビーチ・リゾートなどの観光資源に多くの観光客を集めている。

同国の主要産業は農業であり、GDPの約30%を占めている[10]。また、農業部門はケニアの輸出総額の65%を占めている[11]。農業部門は雇用面でもケニア経済において重要な役割を果たしており、正規雇用に占める割合は約18%(2005年)ほどであるが[11]、労働力人口全体(1,891万人)で見ると70.6%(1,335万人)が農業に従事している(2010年)[12]。さらにケニアの人口の約8割の人々が農業によって生計を立てている。

2010年代には欧州向けの紅茶、花卉の輸出が増加した。自然条件(起伏にとんだ国土、温暖な平野部と冷涼な高地が混在)とケニア政府による園芸産業育成により欧州連合(EU)向け花卉の最大の供給源である[13]。さらに2020年代にはアボカドの輸出も好調さを見せている[14]。

「ケニアにおけるコーヒー生産」も参照

工業化はほかのアフリカ諸国と比べると進んでいる方で、特に製造業の発展が著しい。

独立以来資本主義体制を堅持し、東アフリカではもっとも経済の発達した国となった。しかし、政情不安や政治の腐敗・非能率、貧富の差の増大という問題を抱える。2007年の経済成長率は約7%、2008年は国内混乱の影響で成長率は低迷したが、2009 – 2010年は4 -5%の成長に戻った。

ナイロビは東アフリカの通信・金融・交通の中心都市であり、モンバサは東アフリカ最大の港であり内陸部への重要な入り口である。1999年にタンザニア・ウガンダとともに地域経済の発展のため、関税、人の移動、インフラの向上を目指した東アフリカ共同体(EAC)を形成した(のちにルワンダ、ブルンジが参加)。2004年には関税同盟を確立し、2010年にはEACの共同市場化が発足し、2012年までの自由化と共通通貨の達成を目標としていた。

LAPSSETはインド洋のラム港とエチオピア・南スーダンを結び北部開発を目的とするインフラ計画である。

鉱業

ケニアの鉱物資源は種類、産出量とも少なく、さらに第二次世界大戦から20世紀末にかけて規模を縮小してきた。主な鉱物資源はソーダ灰、塩、マグネシウム鉱物、蛍石、石灰岩、金である。経済産業調査会の鉱業便覧によると、1986年にはマグネシウム鉱30万トンを産出し、これは世界シェアの1.7%に達した。塩9.2万トン、金16キロ、蛍石10万トン、採掘後、工場で加工されたソーダ灰24万トンも記録されている。2004年時点では塩が1.9万トンに減少、その他の鉱物は記録されていない。唯一、金の産出量が1.6トンに拡大している。おもな金鉱山は南西部のグリーンストーン帯(英語版)に分布する。金の採掘は機械化されておらず、手工業の段階に留まっている。現在石油は100%輸入に頼っているが、近年探査が進み発見されており、その生産開発が検討されている。また、大地溝帯が南北に貫くナイロビ西方では地下の地熱を開発中で日本企業も参加している。

貿易

2012年のケニアの貿易額は、輸出額が51億6,900万ドル、輸入額が120億9,300万ドルである(69億2,400万ドルの貿易赤字)[15]。

主要な輸出品:紅茶(輸出額全体の21.1%)、園芸作物(16.9%)、コーヒー(4.6%)、衣料品・アクセサリー(4.3%)、たばこ・同製造品(3.5%)
輸入品:産業用機械、自動車、原油、鉄
主要な輸出先:ウガンダ(輸出額全体の13.0%)、タンザニア(8.9%)、英国(7.8%)、オランダ(6.0%)、アラブ首長国連邦(5.5%)
主要な輸入先:インド(14.2%)、中国(12.2%)、アラブ首長国連邦(10.9%)、サウジアラビア(4.9%)、米国(4.8%)

日本との貿易

対日輸出額は4,600万ドル、対日輸入額は9億1,100万ドルである[15]。

主要な輸出品:植物性原料(34.4%)、コーヒー・茶・香辛料(27.7%)、加工食品(19.3%)
主要な輸入品:輸送機器(59.5%)、鉄鋼(19.5%)、一般機械(9.8%)

格差

ケニアの経済は、極端に富が一部に集中している。5300万人の人口の0.1%以下が、その他の99.9%よりも多くの富を所有している[16]。』

ケニア大統領選、元首相と副大統領の一騎打ち

ケニア大統領選、元首相と副大統領の一騎打ち
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR094Z00Z00C22A8000000/

『【ナイロビ=久門武史】東アフリカのケニアで9日、任期満了に伴う大統領選の投票が実施された。オディンガ元首相(77)とルト副大統領(55)の事実上の一騎打ちで、接戦とみられる。物価高、債務膨張といった経済問題や汚職対策が焦点となる。開票結果は16日までに発表される見通し。

現職のケニヤッタ大統領は憲法が3選を禁じているため出馬できない。ケニヤッタ氏は2017年の前回大統領選で争った宿敵オディンガ氏の支持に回り、正副大統領でタッグを組んだはずのルト氏とは決裂した経緯がある。

ケニアのインフレ率は7月に8%を超え、有権者は生活苦に不満を募らせる。ナイロビ中心部の投票所を訪れた公務員のケビン・キオゴラさん(31)は「ウンガ(主食の原料のトウモロコシ粉)が1年で倍に値上がりした」と訴えた。

ロシアのウクライナ侵攻で食糧やエネルギーの価格が高騰する前から、東アフリカを襲った干ばつで食糧不足の懸念が強まっていた。汚職や失業問題への失望感から若年層の投票率低下を予測する声もある。

多民族国家ケニアで大統領選は民族間の争いの側面が大きい。07年の選挙では結果を巡って候補者の出身民族が衝突し、1千人以上が死亡した。

ケニアは東アフリカの経済の中心で、日本企業を含む外資企業が多く拠点を置く。周辺のソマリアや南スーダンから難民を受け入れ、地域の安定にも重要な役割を果たしている。日本の政府開発援助(ODA)をサハラ砂漠以南のアフリカの国で最も多く受け取るなど日本との関係も深い。

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世界の電力事情…日本への教訓

世界の電力事情…日本への教訓
【北欧編】
https://criepi.denken.or.jp/koho/journal/eneco/2013/007.pdf

 ※ ノルウェーの電源構成は、7割が水力発電だ…。

 ※ すると、冬期は「凍結」するから、発電できない…。

 ※ そこで、冬期は隣国スウェーデンから、電力を輸入する…。

 ※ そのスウェーデンの電力構成は、4割が「原子力発電」だ…。

 ※ 世の中、そういう「仕組み」になっている…。

『結語

日本の電力システム改革でも、発電部門の競争促進や新電力の電源調達の円滑化などを目指し、卸電力市場を活性化させるためのモニタリングの実施、電力先物市場の創設などの改革が検討されている。2014年には、2016 年の小売全面自由化を盛り込んだ電気事業法の改正も行われた。

北欧4カ国の自由化の経験は、日本にとっても参考になる点が多いと期待される。

その際、北欧 4カ国全体の電源構成や電力消費量、輸出入の違いなどを念頭に置くことが必要だろう。

いずれにせよ、一気に改革を実現するのではなく、さまざまな問題を徐々に克服し、制度改正や改善を重ねながら現在に至っていることだけは忘れないようにしたい。』

国際送電網

国際送電網|よくある質問
(公益財団法人 自然エネルギー財団)
https://www.renewable-ei.org/activities/qa/ASG.php

 ※ 『欧州や北アメリカ大陸などでは、国同士を結ぶ国際送電網が発展しています。この国際送電網を通じた「電力貿易」が常に行われています。』…。

 ※ 欧州には、EUという組織があって、条約で「各国の主権」を自ら「制限」している。さらには、NATOという「安全保障の枠組み」がある。共通通貨「ユーロ」も、導入している…。

 ※ 北米は、アメリカとカナダは、国境に近い都市では、「通勤圏」になっていたりして、「統合」が進んでいる…。

 ※ そういう「基盤」が、存在するからの話しなわけだ…。

 ※ そういう「基盤」の上に、「国際送電網」というものが乗っている…。

 ※ そういう「前提」、「基盤」を一切語らないから、困るよ…。

 ※ だいたい、モンゴルから中国・ロシアの領土を通らないで、送電網が建設できると思っているのか…。

 ※ 地図を見たこと、あるのかな…。

『Q1. 国際送電網とは何か?
「国際送電網」は多国間で電力をやりとりするための送電線のネットワークです。技術的に国内送電網と変わりませんが、国を超えた制度の違いを考慮して運用する必要があります。

国際送電網とは、多国間で電力をやりとりするための送電線からなる送電ネットワークを指します。国家間をつなぐ個別の送電線は「国際連系線」と呼びます。

使う送電線の技術に国際送電網か国内送電網かで違いはありませんが、海を超える連系線では通常、海底ケーブルが使用されることになります。

国内送電網と国際送電網の最大の違いは、国境をまたいで制度が変わることです。送電網の技術規格、事業主体、規制制度、監督官庁はそれぞれの国で違います。国際連系線を建設して運用する際には、これらの違いを考慮して、関係国間で調整や合意をする必要があります。さらに、国を超えた電力の貿易をするには、取引制度はもちろん通貨や関税の違いにも留意が必要です。

欧州や北アメリカ大陸などでは、国同士を結ぶ国際送電網が発展しています。この国際送電網を通じた「電力貿易」が常に行われています。

図: 欧州の送電網(2017 年)
出所 :ENTSO-e, Statistical Factsheet 2017

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Q2:国境や海を越えて電気は輸出入できる?
世界各地で国境を越えた「電気の貿易」が行われています。日本同様に海に囲まれた英国やアイルランドでも、海底送電線を通じて他の国と電力貿易を行っています。

電気は石油やLNGなどと同じく、あたり前に国際取引される品目です。例えば、欧州各国では発電電力量の約1割を輸出入しています。中でもデンマークは、輸出入ともに 30%を越えています。輸入率が高い国(イタリア、ベルギーなど)や輸出率が高い国(ドイツ、スウェーデン、フランス、ノルウェーなど)もあります。

欧州以外の地域では、米国や中国、ロシアにおいても電気の輸出入が行われていますが、その割合は発電電力量の1%前後となっています。

日本と同様に、海に囲まれた島国であるイギリスでは、石炭火力など古い火力発電設備を停止しつつ電力供給力を確保するため、そして国内の電力価格を低減するため、積極的に洋上風力を導入、国際連系線を活用した電力の輸出入を行っています。すでに複数の海底送電線で他国とつながり、複数の新たな国際送電線敷設計画も活発に進行中です。

図:主要国・地域の電力輸出率と輸入率(2014年度)
出所:アジア国際送電網研究会中間報告書 
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Q3:国際送電網をつくるメリットは何か?
国際送電網には、「エネルギー安定供給」「自然エネルギーの導入拡大を促進」「電力価格の競争性を高める」など多くのメリットがあります。

国際送電網には、大きく分けて「災害時などに安定供給が保証できる」「自然エネルギーのさらなる導入・活用に役立つ」「より安い電気が利用できる」といったメリットがあります。

まず、「東日本大震災(2011年3月11日)」や、「平成30年北海道胆振東部地震(2018年9月6日)」など、災害に伴い発生した計画停電や大規模停電(ブラックアウト)を、国際連系線による緊急的電力融通で防止できる可能性もあります。北海道や九州など、国内の他のエリアとの連系線の規模が小さい地域では、特にその効果が大きいと考えられます。

次に、太陽光発電や風力発電などの変動型自然エネルギーの導入拡大を促進できます。国際送電網が整備されている欧州では、国際送電線が「柔軟性」を提供し、変動型自然エネルギー電源による発電量をお互いに融通しあいながら、系統運用が行われています。

そして、日本が国際送電網によって海外とつながることで、発電コストの安い水力や風力・太陽光(例えば中国・モンゴル)の電力を利用できるようになると考えられます。これら電力は日本においても販売され、結果的に私たちの家計における電気代支出削減に寄与します。

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Q4:アジアで国際送電網を作る意味は?
北東アジアでは中国、日本、韓国など市場規模の大きい国が隣接しています。大きな市場をつなぎ、地域の自然エネルギーを共有すれば、経済、環境上のメリットも大きくなります。

国際連系を推進する対象地域として北東アジアを見るとき、最大の特徴は、「大規模需要地(経済活動の中心地)」が隣接していることです。まず経済規模を見ると、中国(2017 年ドル換算名目GDP 世界2 位)、日本(同GDP 世界3 位)、韓国(同GDP 世界11 位)という相対的に大きな国が隣接しています。日中韓モンゴルの四か国で、アジア地域の発電量の76%、電力消費量の77%を占めています。これらの国が送電線でつながれば、巨大な電力市場が成立することになります。

北東アジアは、ロシア極東の水力や風力、モンゴルの太陽光など、自然エネルギー資源の豊富な地域でもあります。モンゴルでは、風力発電・太陽光発電のポテンシャルが高く評価されてきました。例えば2001 年の米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)の報告は、モンゴルの風力発電のポテンシャルを年間10,673 TWhと評価しました。2016 年の国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の報告書はモンゴルの太陽光発電のポテンシャルを4,777TWh と評価しています。現在の大型化した風車ではもっと大きな発電量が見込めますが、単純に合計すれば、モンゴルの風力と太陽光で、中国(4876TWh)と日本(949TWh)の総需要(2015年時点-IEA WEO 2017)を大きく上回る電力供給が可能です。北東アジアが送電線でつながれば、大規模な電力市場に安価でクリーンな電気を供給できるようになるのです。

図:モンゴルの風力・太陽光ポテンシャルマップ
参照:アジア国際送電網研究会中間報告書 P.27

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Q5:どのくらいの電気が入ってくるのか?
欧州の一般的な国際連系線の規模は1~1.4GW程度です。まずは第一歩として、日本と隣国の国際連系線については2GWの規模(日本の最大需要の2~3%)を想定しています。

大容量の直流送電線を用いた国際連系線の主な事例を見ると、電気が入ってくる量つまり送電容量は1,000~1,400MW(1~1.4GW)程度です。アジア国際送電網研究会第2次報告書(2018年6月発表)では、日韓、日露の連系線の容量を、第一段階としてそれぞれ2GWで検討しています。

表:世界の既存国際連系線の送電容量など
出所:電力広域的運営推進機関資料

通常の国際連系線の容量は 1GW 程度であり、これを数カ所建設しても、日本の最大需要156GW:電力10社計、2015 年度、電力調査統計)の2、3パーセントにしかなりません。日本の電力需要の何割もを輸入電力に頼るということではありません。

もちろん、日本から電気を輸出することも可能です。今のままでは、日本で電力需要が小さく、自然エネルギーの発電量が余っているときには、出力抑制を余儀なくされます。この国際連系線があれば、最大で2GW分の電力を国外に送電することができます。
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Q6. 日本で作るとしたら、どこの国とつなぐのか?
日本が直接送電線をつなぐ対象国は隣国のロシアと韓国になります。
将来的には韓国を通じて、中国、モンゴルと電気をやり取りすることもできます。

日本が直接送電線をつなぐ対象国としては、比較的距離が近い隣国のロシアと韓国が考えられます。北海道の宗谷岬からロシアのサハリンまでの距離は約43km、福岡市から韓国のプサン市までの距離は約200kmで、欧州にある既存の海底送電線(例えばオランダ―ノルウェイ間の国際連系線「NorNed」は580㎞)に比べても短い距離といえます。

ロシアとつなぐ場合、サハリン島の風力資源やロシア極東アムール河流域の水力発電を活用して安価な自然エネルギー電気を日本に送ることができます。日本の北海道も風力発電の適地なので、北海道の風力による電気をロシアに送ることも可能です。

韓国とつなぐ場合には、西日本から近い韓国の南東部(プサン周辺)が送電線の接続候補地となります。日韓の電力取引では、九州など西日本に豊富な太陽光発電の電気を韓国に送ることが考えられます。もちろん、韓国内の自然エネルギー電源から日本に輸出することもできます。

現在、韓国と中国は二国間の国際連系線プロジェクトを推進しています。日本が韓国と送電線でつながれば、将来的には韓国を通じて中国とも電力取引が可能になります。中国とモンゴルの間にはすでに送電線がつながっているので、日・韓・中・モンゴルの間での多国間電力取引も可能になるでしょう。アジアからの太陽光や風力の電気を日本で買うということもできるようになります。

図:サハリン島、プサンと日本の位置関係
作成:自然エネルギー財団
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Q7. 日本のどこの地域とつなぐのか?
北海道や九州につなげば相手国(ロ・韓)との距離が短い反面、国内の需要地(関東や関西)から遠くなります。距離、国内送電線の空き状況など考慮し、複数の候補地が考えられます。

相手国の接続地点から近い日本国内の地域につなげば、海底送電線の距離を短くすることができます。日露では北海道の宗谷岬からロシアのサハリンまで、日韓では福岡市から韓国のプサン周辺までがおおむね最短ルートとなります。

その一方で、北海道や九州につなぐと、日本国内で電気を多く消費する東京や大阪などのエリアまでは遠くなります。せっかく隣国から電気が入ってきても、北海道や九州では使いきれないということもあります。

その意味では、需要地に近い場所につないだ方が、連系線を有効活用できるとも言えます。

さらに、つないだ地点から需要地まで送電線に空きがなければ、日本国内で電気を送ることができません。新たに国内で送電線を作るコストがかかります。

そのため主に、1) 相手国(ロ・韓)の接続地点との近さ、2) 国内需要地(首都圏・関西)との近さ、3) 国内需要地への送電線の空き状況、という三つの観点から複数の候補地を検討することになります。

2018年6月に発表されたアジア国際送電網研究会第2次報告書では、日露連系については、稚内(北海道)、石狩(北海道)、柏崎(新潟県)、日韓連系については、舞鶴(京都府)、松江(島根県)、伊万里(佐賀県)の各3つを日本側の接続地点候補として検討しています。

図:日露・日韓の連系線ルート図(白色の線及び点線は国内の送電線増強必要区間)
出所:アジア国際送電網研究会第2次報告書 

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Q8. 日本で作るとしたら、建設費はどれくらいかかるのか?
日韓、日露連系の場合、ルートの距離や変換機の数によって2千~6千億円程度と試算できます。海底送電線、変換機、国内での架空線・地中線のコストを考慮しています。

アジア国際送電網研究会第2次報告書(2018年6月発表)では、日韓、日露をつなぐ国際連系線の複数のルートを想定し(Q7参照)、それぞれのルートについて、どのくらいのコストで建設できるか試算しています。

建設コストはルートの距離や、直流で送られる電気を交流に切り替えるために必要な変換機の数によって異なります。

日露連系ではサハリンと本州の柏崎を直接海底送電線(1,255㎞)でつなぐルートで4,305億円、サハリン-稚内-石狩-柏崎という北海道内をトランジットするルートの場合5,730億円と試算できます。

日韓連系ではプサン周辺から関西の舞鶴まで(627㎞)直接海底送電線でつなぐルートでは2,465億円、プサンから九州の伊万里までつなぎ四国・中国エリアを通じて関西に電気を届けるルートでは2,123億円という計算が出ています。

まとめれば、建設コストは日韓連系で2,000~2,500億円、日露連系では4,000~6,000億円程度と計算できます。

海底線の建設費および変換機の単価は欧州の既存事例を参考に設定しました。海底送電線の単価は約3億円/kmで、交直変換機の単価は1台(1GW)あたり157億円となります。

一方、日本国内の陸上ルートで新たに送電線を建設するコストは日本の調査資料を参考に検討しました。架空線で6.64億円/㎞、地中線の場合9.15億円/kmとなり、欧州の海底送電線のコストよりも単価が高くなります。日本国内の架空線や地中線のコストは、欧米の2倍以上になっており、日本特有の要因が影響しているものと考えられます。

この単価をもとに試算したため、上記の計算では国内で新規送電線建設区間が多いルート(日露連系の北海道内トランジットなど)ほど、建設コストが高くなります。

*海底線の仕様を直流、±500kV、送電容量2GW、1ルートあたり海底送電線三条(双極1回線の導体帰路方式)とした場合の計算になります。

表1:日露連系建設費の全体像
出所:アジア国際送電網研究会第2次報告書

表2:日韓連系建設費の全体像
出所:アジア国際送電網研究会第2次報告書

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Q9. 誰が事業を行うのか?
日本では制度やビジネスモデルの作り方によって、さまざまな事業主体が想定されます。連系相手国となりうる中国や韓国、ロシアは、国営の送電会社が事業化を推進しています。

世界でおこなわれている国際連系線を使った事業の例を見ると、つながる国の送電事業者自身が事業を行う場合や、発電所を持つ電力会社や投資会社が新会社を設立して事業を行う場合など、さまざまな形があります。

送電事業は、各国がそれぞれ規制を設けているのが通常であり、事業主体はその法制度によって決まります。日本の場合、一般送配電事業や特定送配電事業も含めて、送電に関連する事業をするにはライセンスが必要です。しかし日本で国際送電事業に特化した事業ライセンスはありません。国際送電事業を行うためにどのようなライセンスが必要になるのか、など今後の制度整備によって事業主体の要件が変わってきます。

なお、1990年代後半に検討された、サハリンと海底送電線をつなぐ「日露パワーブリッジプロジェクト」では、日本の総合商社とロシアの国営電力会社(当時)が調査に参加しました。

日本にとって連系の相手となりうる韓国、ロシア、中国では、国営の送電会社が北東アジアの国際連系を積極的に進めています。2016年3月には、日本を含む4か国の企業が国際送電網推進のための調査・企画に関する覚書を締結しましたが、中国国家電網公司、韓国電力公社、ロスセチ(ロシア国営送電会社)、日本のソフトバンクが当事者です。
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Q10. 外国に電気の供給を頼りすぎると問題ではないか?
外交問題を抱える国の間でも電気のやり取りが行われています。一つの国に依存しすぎないよう連系線の規模を設定し、複数の国とつなぐなど、リスク分散を図ることができます。

エネルギー安全保障の観点からは、一つの国に多量のエネルギーを依存することにはリスクがあります。国際的な電力取引では一国に多くの電気を頼ることのないよう、送電線の規模を設定し、複数の国とつなぐなど、リスク分散が図られています。

日本と隣国をつなぐ連系線に関するこれまでの調査では、主に2GW程度の送電容量を想定しています。2GWは日本全体の需要の数パーセントで、過度な依存には至りません。

よく引き合いに出される例に、ロシアからウクライナへのガス供給危機がありますが、2013年時点でウクライナは年間ガス輸入量の93%をロシアに依存していました。

現状、火力発電用の化石燃料をほぼ輸入に頼っている日本にとって、隣国との国際連系線は、エネルギー供給ルートの多角化につながるものです。

世界を見ると、外交問題を抱える国の間でも、電気のやり取りが支障なく行われてきました。欧州では、2度の大戦の後、電力を含むエネルギーの国際連系が相互依存関係を促進し、平和で安定した関係の基盤となっていると評価されています。

ただし事故や災害などで連系線には不測の停止がありうるため、停止時の技術的対応や発生した損害への対処などに関する、二国間あるいは企業間の協定・契約も必要です。
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ノルウェー、欧州向け電力「抑制の可能性」 渇水で

ノルウェー、欧州向け電力「抑制の可能性」 渇水で
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB098F70Z00C22A8000000/

 ※ ノルウェーの電源構成は、7割が「水力発電」だ…。

 ※ 気候変動に見舞われて、渇水ともなれば、発電できない…。

『ノルウェー政府は8日、欧州向けの電力輸出を抑制する可能性があると表明した。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が報じた。渇水が続けば主力の水力発電所の稼働が不安定になるという。ロシアの天然ガス供給削減で揺らぐ欧州のエネルギー安全保障に新たなリスクが浮上した。

ノルウェーは送電網を通じ、英国、ドイツ、オランダ、デンマークに電力を輸出してきた。ノルウェー政府は声明を通じ「貯水と(国内)電力供給を優先する」ため、水位が「極めて低い水準になった場合には輸出を制限する」方針だと説明した。』

北朝鮮労働者の第1陣、ウクライナ東部へ 親ロ派トップ

北朝鮮労働者の第1陣、ウクライナ東部へ 親ロ派トップ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB099PQ0Z00C22A8000000/

 ※ 義勇兵を送るという記事も見たが…。

 ※ その後、続報は無いな…。

『ロシア軍の支援を受けてウクライナ東部で支配地を拡大する親ロ派「ドネツク人民共和国」トップのプシーリン氏は9日、ウクライナ軍との交戦で破壊された地域の復興のため北朝鮮の建設労働者を受け入れる交渉が進んでおり、近く第1陣が到着する見通しだと述べた。タス通信が伝えた。

プシーリン氏は「北朝鮮の建設労働者は能力が高い」と指摘。仕事の全体量を評価するため、近く専門家が北朝鮮からドネツク入りすると述べた。北朝鮮は7月に同「共和国」を独立国家として承認した。

北朝鮮の海外派遣労働者に関しては、国連安全保障理事会が2017年に核・ミサイル開発に対する制裁として、19年12月までに強制送還することを国連加盟国に求めている。(共同)』

ザポロジエ原発砲撃「安全への影響なし」 IAEA声明

ザポロジエ原発砲撃「安全への影響なし」 IAEA声明
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR104WT0Q2A810C2000000/

『【ドバイ=福冨隼太郎】ウクライナ南部のザポロジエ原子力発電所が砲撃された問題で、国際原子力機関(IAEA)は9日、原子力の安全への直接的な影響はないとする声明を発表した。原発への攻撃は原子力災害を招きかねず、グロッシ事務局長は「原子力の安全を脅かすいかなる軍事行動も停止しなければならない」と訴えた。

IAEAは声明で、同原発への6日の攻撃についてウクライナ側から「若干の被害があったが、放射線量は通常レベルを示している」との報告を受けたと明らかにした。砲弾の一部が使用済み核燃料の貯蔵施設近くに着弾したが、核燃料が保存されているコンテナなどへの目に見える損傷はなかったとしている。

同原発は3月にロシア軍が制圧し、ウクライナ側の職員によって稼働している。8月5日と6日に立て続けに砲撃を受けた。ロシアとウクライナは互いに相手側の攻撃だと非難している。IAEAは現地調査を進めたい考えだが、めどが立っていない。グロッシ氏は「調査団ができるだけ早く原発に向かう必要がある」として、両国に自制と調査の受け入れを要求した。

主要7カ国(G7)外相は10日、同原発をウクライナの管理下に戻すよう求める共同声明を発表した。

ロシア軍はウクライナへの攻撃を続けている。同国中部ドニプロペトロフスク州のレズニチェンコ知事は10日、同州ニコポリへのロシア軍の攻撃で少なくとも13人が死亡したとSNS(交流サイト)テレグラムで明らかにした。住宅地に向けて80発の砲撃があったとしている。英国防省は同日、「侵攻の支援のため、ロシア軍が新たな地上部隊を新設したことはほぼ間違いない」との分析を公表した。

ロシアが併合したウクライナ南部クリミア半島のロシア空軍基地では9日に複数回の爆発があった。ロイター通信によると、ウクライナ政府高官は爆発への同国の関与を否定した。ウクライナ国防省はフェイスブックに「原因を特定できないが、情報戦に利用される恐れがある」と投稿した。

欧州へのエネルギー供給にも影響が出た。ロシア国営パイプライン会社トランスネフチは9日、ウクライナを経由する欧州への原油輸送が4日に停止したと明らかにした。ロシアメディアは10日、同日中に輸送が復旧すると報じたが、チェコなど東欧3カ国が影響を受けた。

トランスネフチによると、ウクライナを経由するロシア産原油の8月分の通過料をウクライナのパイプライン運営会社に7月22日に支払ったものの、28日に返金されたという。同社はロシアへの制裁が影響したとの見方を示している。』

「ロシア、文化財を意図的に攻撃」 ウクライナ文化情報相

「ロシア、文化財を意図的に攻撃」 ウクライナ文化情報相
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB3117S0R30C22A7000000/

『ウクライナのオレクサンドル・トカチェンコ文化情報相は日本経済新聞のオンライン取材で、ロシアが侵攻で「文化財を意図的に攻撃している」と批判した。ロシアがウクライナ人の民族意識を崩すために情報操作を展開しているとも主張した。文化の保護やプロパガンダ対策で国際的な連携を呼びかけた。

トカチェンコ氏はロシア軍の侵攻で、全壊や損傷した文化財・施設が420にのぼると説明した。国連教育科学文化機関(ユネスコ)も7月下旬までに168の損壊を確認しており、4割を教会などの宗教施設が占める。同氏は軍事インフラが周辺にない文化財の被害が大半だとして「ロシアが領土の略奪だけでなく、文化の破壊も狙っているのは明らかだ」と非難した。

ロシアのプーチン大統領は一方的にウクライナがロシアと歴史的に一体だと論じてきた。これに対し、トカチェンコ氏はプーチン政権が「ウクライナのアイデンティティーに闘いを挑んでいる」と語った。「ウクライナで培われてきた自由の尊重などの価値観を国民が再認識している」と述べ、ロシアの思惑は裏目に出ていると強調した。

ウクライナではロシアの影響力を排除しようとする動きも目立つ。最高会議(議会)はロシアの音楽をメディアや公共の場で流すことを禁じる法案を6月に可決した。トカチェンコ氏はロシアのプロパガンダに対抗する狙いだと説明した。ウクライナが加盟をめざす欧州連合(EU)のルールに沿ったメディア規制の整備を急ぐ考えを示した。

トカチェンコ氏は国際社会が連携して情報操作に対抗する重要性も訴えた。ロシアが巨額を投じて国内外でプロパガンダの拡散を試みているとして、ウクライナへの兵器供与と同様に対策を調整する国際的な枠組みづくりを米国などに呼びかけていると明かした。欧州の関係閣僚とも協議し、近く具体策を打ち出す意向を表明した。

ウクライナ文化をめぐってはユネスコが7月に同国の伝統的なスープ「ボルシチ」を緊急保護が必要な無形文化遺産に登録した。ロシアでも広く食べられているが、ウクライナ発祥とされ同国が登録を求めていた。トカチェンコ氏は「侵攻前にロシアはボルシチも自分たちのものだと主張していた」と述べ、無形文化遺産への登録は「ひとつの勝利だ」との見方を示した。

Oleksandr Tkachenko ウクライナでテレビ番組や映画の制作に携わり、主要民放テレビ局幹部を経て2020年から現職。同国が旧ソ連から独立した直後の1990年代にはロイター通信のキーウ(キエフ)特派員も務めた。』

反戦のロシア元TV編集者起訴

反戦のロシア元TV編集者起訴 「軍の虚偽情報拡散」理由
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN1105H0R10C22A8000000/

『ロシア通信などによると、政府系テレビ「第1チャンネル」の生放送中に反戦メッセージを掲げて罰金刑を受け退職した元番組編集者マリーナ・オフシャンニコワさんが、ロシア軍に関する虚偽情報を広めたとして起訴された。弁護人が10日明らかにした。最高で懲役10年の可能性があるという。

7月にロシア大統領府があるクレムリンを背景に「プーチンは殺人者だ。彼の兵士はファシストだ」などと書いた紙を掲げる動画を通信アプリで公開したことが起訴理由。現在、取り調べを受けているという。

オフシャンニコワさんは動画公開の2日後に拘束され、取り調べの後に釈放されていた。

オフシャンニコワさんはロシアのウクライナ侵攻後の3月14日、ニュース番組放送中に「戦争反対」と叫んで「プロパガンダを信じるな」などと書いた紙を広げた。罰金刑を受けた後に出国しドイツのメディアなどで活動していたが、7月初めに帰国した。(共同)』

台湾外交部長、中国の軍事演習「重大な国際法違反」

台湾外交部長、中国の軍事演習「重大な国際法違反」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM092ES0Z00C22A8000000/

『【台北=龍元秀明】台湾の呉釗燮・外交部長(外相)は9日、台北市内で記者会見を開き、ペロシ米下院議長の訪台に反発する中国が台湾周辺で軍事演習を続けていることをめぐり「重大な国際法違反だ」と強く非難した。「(演習は)地域で最も交通量の多い海路・空路の正常な運営を妨げている」とも述べた。

【関連記事】

・中国、軍事演習継続で台湾に圧力 全面対立に慎重姿勢も
・米軍、対中国の警戒態勢維持 台湾海峡を航行へ

中国は4日に開始した大規模演習を7日に終える計画だったが、台湾方面を担当する東部戦区は8日も演習を継続し、台湾に揺さぶりをかけている。

呉氏は「台湾は絶対に引き下がらない」と述べ、台湾の民主主義と自由を守ると強調した。「中国の標的はいまは台湾だが、その野心は台湾にとどまらない」とも述べ、国際社会に連携や支持を求めた。

呉氏はさらに「中国はペロシ氏の訪台を軍事演習の口実にしている」と非難した。中国がドローン(無人機)やサイバー攻撃、偽情報の流布で台湾への圧力を強めているとも指摘。「すべてをこの短期間に準備することはできなかったはずだ」として、中国が演習などの準備をペロシ氏の訪台前から進めていたとの見方を示した。』

台湾・沖縄を同時威嚇、中国軍が仕掛けるチキンレース

台湾・沖縄を同時威嚇、中国軍が仕掛けるチキンレース
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK080B30Y2A800C2000000/

『米下院議長、ペロシが乗った米軍の専用機が2日深夜、台北・松山空港に難なく着陸した瞬間、中国各地で怒号が聞かれた。「くそ、 ふざけるなー」「(ペロシの)飛行機が降りてしまったじゃないか」「これでは戦略性で(ロシア大統領の)プーチンに及ばない」

失望と怒り。それは中国内で広く出回った、顔を真っ赤にし、机をたたき、椅子を投げつけて激高する庶民らの映像からも感じられる。翌朝、多くが寝不足だった。中国国内は新興のインターネットメディアがペロシ着陸までの様子を「絶賛生中継」するほど異様に盛り上がっていた。
台北・松山空港に降り立ったペロシ米下院議長一行(2日深夜)=台湾外交部提供・ロイター

「生中継」みた1~2億人が失望

深夜の活劇をスマートフォン上で「目撃」した中国の人々は、湖北省武漢の共産党委員会も関わる地方ネットメディアだけでも2000万人に達したという。ニュース映像などへの間接接触を含めれば1億~2億人との推計もある。今や10億台を超す中国内のスマホの5分1がペロシにくぎ付けだった。

2億人の視聴者らはいったい何を期待したのか。ペロシが乗る専用軍機「C-40C」が、最新鋭の中国軍機に阻止されて松山空港に降り立てず、最後は諦めて韓国や日本に行ってしまう。彼らは本気でそう思い込んでいた。新興メディアは生中継でペロシが諦める一連の様子、瞬間をとらえれば、莫大な視聴率を稼げると踏んだ。

習近平(シー・ジンピン)政権は、いかにも外交・軍事両面の手段で必ず訪台を阻止できるという誤解を与える大宣伝を国内向けにしていた。だが沖縄の嘉手納基地などから飛び立った多くの米軍機が前例のない警戒態勢を敷くなか、台湾上空に入るペロシ機に中国軍機が手を出せるはずもない。

一方、国家主席の習は、中央軍事委員会主席として党内と世論を納得させる対抗手段を事前に準備していた。ペロシ着陸後、間髪入れず台湾を囲むように6つの海・空域を軍事演習地域に指定。威嚇はペロシが台北を離れた後、4日午後の発動という抑制した形だった。
4日、中国軍が行ったミサイル発射演習=新華社・共同

とはいえ中国軍が発射した弾道ミサイルは歴史的に初めて台北上空を通過した。「ゼロコロナ」政策による経済急減速や、失業率上昇で鬱屈していた中国国民は、勇ましい発射映像をみて留飲を下げた。そこまでは想定内だが、対外的に波紋を広げたのはミサイル5発の行方である。

それは在日米軍施設・区域の70%が集中する沖縄の日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾し、自衛隊の対中国監視拠点である日本最西端の島、与那国島に近い海域に落下する刺激的なものとなった。

中国軍の傘下にある国防大学の教授、孟祥青(少将)は国営中央テレビで、演習区域が従来になく台湾に接近し、台湾の主要港や航路などを封じる雰囲気を解説した。注意すべき威嚇の文言は以下である。

「北部2区域(での演習)は沖縄に近く、南部(での演習)は南(シナ)海への出入で必ず経由するバシー海峡を押さえ、封鎖を可能にするもので、外部勢力の台湾問題への干渉を阻む意義がある」

軍事演習を巡る軍スポークスマン的な存在の少将が、まず「沖縄」に言及したうえで、海峡を含む封鎖や外部勢力の干渉排除を明言したのは重大だ。見逃せないのは、単なる言葉の脅しではなく、ミサイル発射という実力行使を伴ったことである。

台湾側によれば、中国のミサイル、砲弾などは台湾の海岸線から12カイリ内には着弾していないという。中台関係者は「中国側は、むしろ米国と日本に対して『チキンレース』を仕掛けた側面がある」と指摘する。チキンレースは、相手の車に向かって互いに衝突寸前まで走らせ、先によけたほうを臆病者とする危険極まりない度胸試しだ。
沖縄本島から500キロ強の南西に浮かぶ日本最西端の与那国島(沖縄県与那国町)には自衛隊が駐屯し、中国軍などを監視するレーダー関連施設が置かれている

台湾まで111キロに位置する沖縄・与那国島には、2016年から自衛隊が駐屯し、中国軍の動きなどを監視する対艦、対空レーダー、通信関連の設備などが整備された。その後も増強が続く。

中国軍はペロシ訪台を口実に、成り行き次第では、与那国島などの自衛隊施設と、背後に控える在沖縄米軍も狙える能力をあえて示唆した。米バイデン政権と岸田政権の反応を試しているのだ。中長期的には極めて危険である。いつの日にか在沖縄米軍を直接、たたく意思が明確なら、米中による世界戦争の引き金に容易になってしまう。
11月地方選で蔡英文氏に勝算

明清両朝の時期、琉球は中国の属国だった――。習政権の発足後の13年5月、共産党機関紙、人民日報に突如載った論文が波紋を広げた。中国が「沖縄は自国領」だと初めて示唆する歴史研究だった。

「共産党中央宣伝部から沖縄帰属を再議論する『沖縄再議』の指示が出た」「『尖閣諸島は沖縄の一部』と主張する日本政府の論理を崩す意図がある」。関係者らは当時、論文掲載の舞台裏をこう明かした。

筆者2人は、その2カ月前に、党・政府の戦略づくりを支える最大の研究機関、中国社会科学院から選ばれた。論文掲載を号砲に、中国メディアは「沖縄再議」をトップ級で報じた。

中国は「釣魚島(尖閣諸島の中国名)は台湾の一部で、その台湾は中国の不可分の領土」という論理を用意し始めていた。論文を共同執筆した歴史研究者、李国強は当時、日本経済新聞の取材に「重点は沖縄ではなく釣魚島の問題だ。日本で議論したい」と率直に答えた。

「沖縄再議」は、中国の歴史学者が学術討論を突破口に日本政府を領土問題の議論に誘い込む「くせ球」だった。だが、今回はミサイルを沖縄近海に撃ち込んだうえで、現役軍人が登場して軍事上の解説をしたところに比較にならない危うさが潜む。

重大なのは、党宣伝部ではなく、中央軍事委員会が主導している構造だ。文章や知略による「文闘」から、35年をメドに米国に迫ろうとする軍事力を背景にした「武闘」に重点が移る潮目ともいえる。

習による危うい威嚇は、常に台湾総統の蔡英文(ツァイ・インウェン)にとって内政上、巻き返しの好機になってきた。11月26日、台湾では統一地方選がある。4年に1度の次期総統選(24年)の前哨戦だ。
3日、台北の台湾総統府でペロシ米下院議長(左)と会談した台湾の蔡英文総統=台湾総統府提供

今回の地方選は、与党・民主進歩党(民進党)に必ずしも有利な情勢ではない。前回18年11月の地方選では、民進党が国民党に大敗した。蔡は責任を取って兼務する民進党の党首を辞任している。

今回も与党大敗なら、後任党首の人選を巡って「民進党内政局」になりかねない。亡くなった元首相、安倍晋三の弔問のため7月に来日した副総統の頼清徳らも次期総統候補として名が挙がっている。

習は前回、18年の台湾地方選の後、対台湾政策で大きなミスをした。19年1月、台湾に平和的統一を呼び掛けた「台湾同胞に告げる書」の発表40年を記念する演説で「一国二制度は、平和統一を実現する最良の方法」としながら、「武力行使も選択肢」というメッセージを発した。

蔡は直ちに反論して高得点を稼いだ。その後、香港大規模デモへの対処で「一国二制度」が形骸化したのも響き、民進党は一気に息を吹き返す。蔡も20年総統選で圧勝した。今、始まったのは、その攻防の第2幕だ。

武力背景の「強制的な平和統一」

「北京が演習で示したのは、武力を最大限用いた威嚇による『強制的な平和統一』という方向性と考えられる」「めざしているのは直接の武力行使ではないが、もはや平和統一の名に値しない」。台湾側では、与野党に関係なく緊張感が高まりつつある。

ペロシ訪台は、対中国で慎重姿勢を貫いてきた蔡が自ら動いた結果ではない。だが中国の威嚇に台湾の有権者が反発し続けるなら、政治的には今回もまた与党への追い風になりうる。中国の強硬さが台湾の民意を一気に中国寄りに動かす事態は考えにくい。

バイデン政権はペロシ訪台を必ずしも歓迎しなかったが、結果的に台湾との連帯が示された。インド太平洋経済枠組み(IPEF)、日米豪印のQuad(クアッド)、米英豪による軍事的枠組みAUKUS(オーカス)、日米同盟……。強化への流れは、必然的に加速する。

軍事パレードを前に演説する習近平国家主席。(手前右から)ロシアのプーチン大統領、韓国の朴槿恵(パク・クネ)元大統領(2015年9月3日、北京)=写真 柏原敬樹

「台湾海峡は国際水域ではない」。先鋭化する中国の主張を崩すため、米軍は台湾海峡の航行や上空通過を近く実施する方針だ。中国軍があらかじめ公表した4~7日の範囲を超え、8、9日も東部戦区で軍事演習を続けたのも対米けん制だろう。冒頭で紹介した熱しやすい世論を考えても簡単には引けない。中国の演習常態化を懸念する向きもある。

中国が「対沖縄」でも仕掛け始めた軍事的な「チキンレース」に米国と日本がどう適切に対処し、いかに均衡させるのか。台湾海峡と周辺の安定は、習がトップとして続投を見込む今後5年の動き次第で重大な局面に至る可能性もある。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
習近平帝国の暗号 2035

著者 : 中澤 克二
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 1,980円(税込み)

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竹内薫
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「明清両朝の時期、琉球は中国の属国だった――。習政権の発足後の13年5月、共産党機関紙、人民日報に突如載った論文が波紋を広げた。中国が「沖縄は自国領」だと初めて示唆する歴史研究だった」。怖いですね。住んでいる世界が違うとはこのことです。今回の中国軍による演習で日本のEEZ内に弾道ミサイルが落下したことは事実なので、いま中国がやっていることは、北朝鮮やロシアと何も変わりません。北海道はロシアのもので、沖縄が中国のものであるという考えを持つ隣国相手に、どう軍事的に対抗していくべきなのか…。ウクライナも台湾も他人事ではありません。
2022年8月10日 12:19 』

中国、米並み「科技強国」へ ヒト・カネ戦略投資で3冠

中国、米並み「科技強国」へ ヒト・カネ戦略投資で3冠
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC051NM0V00C22A8000000/

『中国が米国に匹敵する科学技術大国の地位を固めつつある。文部科学省の研究所が9日に公表した科学技術指標では、これまで米国しか達成していなかった科学技術論文の量と質に関する3指標で3冠を達成した。ヒトやカネを戦略的に投じ、2050年までに目指す米国並みの「科技強国」実現へ着々と歩みを進めている。

「科学技術の命脈をしっかりと自らの手中に握り、我が国の成長の独立性と自主性、安全性を絶え間なく高めていく」。習近平(シー・ジンピン)国家主席は6月28日、湖北省武漢市の半導体関連企業を視察した際、科学技術の競争力向上の重要性を強調した。台湾問題も絡み米中対立が先鋭化する中、習指導部は米国の制裁に影響を受けない独自の経済構造の確立を目指す。その基盤となるのが科学技術力だ。

今回、科学技術論文の量と質の3指標で世界首位に立ったことで、自国の宇宙ステーション建設などの大型の科学技術プロジェクトにとどまらず、基礎的な科学研究でも独自の成果を生み出す体制を構築しつつあることが浮き彫りとなった。

脱炭素に向けた重要な基礎技術などでも成果をあげている。例えば安価な新型のペロブスカイト太陽電池では、エネルギー変換効率などの性能で韓国などと世界首位を競う。各国の科学技術力の分析を手掛ける鈴鹿医療科学大学の豊田長康学長は「トップ論文を連続して出している研究者も増えているので、中国のノーベル賞受賞者はいずれ増えるだろう」と予測する。

中国が科学技術分野で急速な成長を遂げたのは、政府主導で戦略的に資金を出し、人材育成を進めてきたためだ。中国共産党中央と国務院(政府)は16年に発表した科学技術の長期戦略で「50年までに世界の科技強国になる」ことをめざした。

習指導部はこれまで売上高の拡大を最重視していた中国の国内企業に対して研究開発強化を急ぐように指導。日米中の科学技術政策に詳しい東京大学の合田圭介教授は「スピード競争の科学技術研究では、トップダウンで予算投入や政策を迅速に決められる中国の政治体制が有利に働く面がある」とみる。

資源の集中投下は際立つ。中国の20年の研究開発費は前年比7.5%増の59兆円と10年で約2.5倍に増えた。米国の研究開発費は72兆円で世界首位だが、伸び率の大きい中国が迫りつつある。研究者数では中国が228万人(20年)と2位の米国の159万人(19年)、3位の日本の69万人(21年)を大きく引き離している。

中国は次に何をめざすのか。中国政府は21年3月に定めた25年までの5カ年計画では、欧米に比べて劣勢とみられる人工知能(AI)、量子情報、半導体、脳科学、遺伝子・バイオテクノロジーなどの強化を掲げた。「中国は科学より技術を重視しており、ノーベル賞級の大きな発見につながる基礎研究は米国の方が優位」(東大の合田教授)とされてきたが、研究開発費に占める基礎研究費の比率を21年の6.1%から8%以上に引き上げ、加速させる。
課題もある。米中対立や中国の「ゼロコロナ」政策を受け、中国から米国への留学者数は減少している。中国でも「研究者のテーマ設定で制限を受けるなど自由な発想を妨げる要素が増えてきた」(外国人研究者)との指摘もあり、習指導部の統制が今後の研究を阻害する恐れもある。

存在感の低下が止まらないのが日本だ。研究開発費や研究者数をみると、米中に次ぐ3位だが近年の伸びは鈍い。特に人材育成には課題が多い。博士号の取得者は、米国や韓国では00年度、中国は05年度に比べて2倍以上に増えているのに対し、日本は06年度をピークに減少傾向が続く。合田教授は「内外を問わず優秀な研究者が日本で活躍しやすい研究環境を提供すべきだ」と話す。

日本政府は21年度から5カ年の「科学技術・イノベーション基本計画」で若手研究者の処遇改善や運用益で大学の研究活動を支える10兆円の大学ファンドなどを進めるが、その結果がどう実るかは不透明だ。

(北京=多部田俊輔、福岡幸太郎、松添亮甫)

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山崎俊彦
東京大学 大学院情報理工学系研究科 准教授
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このような記事を拝見するたびに、「日本」を議論するとき、(1) 日本から世界に飛び出して活躍する日本人がどれだけいるか、 (2) 日本にきて活躍したいと思ってくれる国際人材がどれだけいるか、の2点が抜けていないかと気になります。例えば米国の国力を牽引するのは優秀な外国人たち。中国は日本と同じように比較的国際色が少ないだろうと思われるかもしれませんが、中国の大学は積極的に他国からの留学生を受け入れています。世界中に人材を送り出し、そしていつかその人達が中国に戻ってさらに活躍していることは言わずもがな。そうすると、この数字に出ていないところでも注意しなくては行けない可能性も。
2022年8月10日 8:27 (2022年8月10日 19:47更新)

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中空麻奈
BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長
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別の視点

予算額だけが成功の鍵ではないが、予算額が大きく計上されることは成功のために必要なことの一つである。予算を投下する政府の意思がはっきりすれば、民間に迷いがなくなるのも確か。資金力が“モノをいう”面も否めない。米国も中国も、これからの成長や覇権のためには科学技術が欠かせないと判断しているわけだが、日本でも骨太にて量子、AI、バイオものづくり、再生・細胞医療・遺伝子治療等のバイオテクノロジー・医療分野は国益に直結すると宣言してもいる。総理官邸に科学技術顧問も設置することになっており、同じ分野で鎬を削ることになる。どう使うか、どこに使うか。日本は効率的資金投下を意識する必要がある。
2022年8月10日 8:42

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永浜利広
第一生命経済研究所 首席エコノミスト
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別の視点

欧米でも、「サプライチェーン強靭化」や「戦略的自律」を標榜して、産業政策を展開してます。
背景には、中国のハイテク分野で技術力向上が顕著となり、米中の技術覇権をめぐる争い等があります。
そして、戦略産業の育成やグローバル・サプライチェーンの見直し等、各国で経済安全保障に関する取り組みが強化されており、欧米でも競争力のある新産業育成と技術イノベーション政策を重視しています。
また、世界的なカーボンニュートラルの加速により、再・新エネ、スマートシティ、革新的エネ・環境技術開発が進展しており、結果として海外で新たな産業政策が台頭するのは当然の帰結といえるでしょう。
2022年8月10日 8:23

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

こうしたニュースを目にするたびに、違和感を覚える。自由が大幅に制限される国は科学技術強国になるのか、というのは第一の疑問。そして、予算を積み増すことで科学技術強国になれるのか。さらに、中国は人口大国なので、技術者の人数が多いのは事実だが、最先端の人材が何人いるか、それを生かせられるのかが疑問。中国人はやる気があって、頭脳として世界一流だが、行動制限がされているのは残念。なによりも、技術革新は政府主導で実現するのか。少なくとも中国のビッグテック企業のいずれも民営企業であるという事実を忘れてはならない。毛時代の大躍進のような技術革新は実現しないのでは
2022年8月10日 7:09

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川島真
東京大学大学院総合文化研究科 教授
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ひとこと解説

本文にある「2050年までに科学技術強国になる」という目標は、中華人民共和国成立100周年にあたる2049年に「社会主義現代化強国」となり、「中華民族の偉大なる復興の夢」を実現するという政策目標と連動しています。今や中国共産党は、革命、豊かさ、ナショナリズムに続く四番目の正当性の源として「科学技術」を加えているようです。科学技術の向上は、軍事安全保障、経済などを支えるだけでなく高齢化や人口減少圧力がかかる中国にとっては切り札になります。単純労働を自動化、無人化することなどがそこに含まれます。ただ、スタートアップなどの「自由な空間」を統制せずに維持できるのかということなど、まだまだ課題山積です。
2022年8月10日 7:00 』

沖縄・与那国島、爆発音届く緊迫の海 台湾から111キロ

沖縄・与那国島、爆発音届く緊迫の海 台湾から111キロ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJC08C8E0Y2A800C2000000/

『台湾周辺での中国の軍事演習は日本が有事に巻き込まれるリスクを再認識させた。日本最西端、台湾から最短で111キロメートルの与那国島(沖縄県与那国町)では漁船が操業を一時自粛するなど生活への影響も出た。住民の避難計画など有事への備えには穴も多く自治体は危機感を強めている。

「ゴーッ」「ドドーン」。7日午前1時45分の与那国島の岬。中国が演習エリアと公表した台湾側の方向から、戦闘機のエンジン音や爆発音のような音が数分おきに聞こえた。別の方向の空には飛行機の点滅光もみえた。

前の日の未明にも同様の音を聞いた住民がいた。島の北側で釣りをしていた長浜諭さんは「最初は波が岩に強くぶつかる音かと思ったが、ふだん聞かない音を何回も聞くうちに『これが演習か』とピンときた」と明かす。

「ミサイルが漁船に落ちる可能性もある。漁に出られなくなれば死活問題だ」。演習開始の3日前、与那国島の沖合で漁に出ていた玉城正太郎さんは不安を口にする。

中国軍のミサイルは演習初日の4日、日本の排他的経済水域(EEZ)に落下した。海上保安庁は同日午後9時ごろ、注意を喚起するファクスを与那国町漁業協同組合に送った。EEZには漁場も一部含まれ、漁協は5~8日の操業自粛を決めた。お盆前のかき入れ時に苦渋の決断だった。
漁場とミサイル落下地点を指さす与那国島の漁師(8日)

8日午前11時に自粛を解除した直後、中国軍の演習継続の情報が伝わった。嵩西茂則組合長は「先が見えない。このままでは漁場が狭まるどころか、なくなる恐れもある」と頭を抱える。

島に暮らす30代女性は「いつまで続くか分からない不安はある」と胸中を明かす。30代男性は緊迫感は感じていないとしつつ「何かあったら逃げ場がなくなる可能性がある」と話す。

観光船やダイビング船はほぼ通常運航で、島には観光客の姿も目立つ。千葉県から観光で訪れた30代の女性は「町も平穏で特に心配していない」と語った。

演習中に島でも聞こえた爆発音は「中国軍による台湾襲撃か米海軍艦艇への夜間爆撃の訓練の可能性が高い」(元海将で金沢工業大学大学院教授の伊藤俊幸氏)。緊張の高まりで自治体は有事への備えに不安を強める。
与那国島の暮らしは演習中も平穏を保っている(9日)

与那国町は有事の際に国民保護法に基づき町民を島外に避難させる計画だが、輸送手段を確保する具体的な方法は未定だ。糸数健一町長は「町は住民を集合させるところまでしかできない」と国や沖縄県と連携した避難訓練の実施を訴える。

沖縄県は2022年度中に、日本への武力攻撃に至る前段階を想定した図上訓練の実施を予定する。元内閣官房副長官補の兼原信克氏は「攻撃が始まってから住民を守るのは難しい。始まる前に島外へ避難できるよう備えるべきだ」と指摘する。(児玉章吾)

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

領土問題はしょせん縄張りの問題である。人間の歴史を振り返れば、縄張りを広げようとする闘いの歴史である。科学技術が進歩して、縄張りの広がりを助ける役割を果たしている。縄張りを広げる際、理論武装しないといけないが、台湾に中華料理店があるから、中国の固有の領土といわれている。SNSでみたジョークだが、中国に8000店以上のケンタッキー・フライド・チキンの店があり、中国はケンタッキー州のもの。それはジョーク。でも、ジョークでないのは、台湾を統一したければ、台湾の人の人心を収めないといけない。この点を忘れてはならない
2022年8月10日 7:18 』

中国軍、台湾周辺での演習終了を発表

中国軍、台湾周辺での演習終了を発表
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM109ZE0Q2A810C2000000/

『【北京=羽田野主】中国人民解放軍で台湾方面を担当する東部戦区の報道官は10日、台湾周辺での軍事演習について「各任務を成功裏に終えた」と発表した。演習を終了したものの「練兵と戦争準備を継続し、台湾海峡の戦備警戒を常態化する」と指摘し、台湾に軍事圧力を加え続ける考えも示した。

軍事演習はペロシ米下院議長の台湾訪問後の4日から7日まで4日間の計画だった。東部戦区は8、9日も演習をしたと伝え、事実上延長していた。

台湾の国防部(国防省)によると、10日夕までに台湾周辺で中国軍の航空機36機、艦船10隻が確認された。うち航空機17機は台湾海峡の事実上の停戦ライン「中間線」を台湾側に越えた。』