自由が怖い・・・歪に拡大した国家ロシアの悲劇

自由が怖い・・・歪に拡大した国家ロシアの悲劇
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/29351744.html

『 我々の価値観として、自由は基本的に素晴らしく、守らないといけない概念です。自由があるからこそ、多種多様な価値観から、新しいイノベーションも生まれるし、今までに無い概念を学習し、偏った思想の矯正ができ、多くの過ちを繰り返しながらも、世の中は少しづつ良くなっていくと信じる事ができます。

しかし、自由が無条件に素晴らしいもので、絶対的な価値を持つ概念かと言えば、実はそうではありません。ロシアのように、思想という共通項で、民族や宗教と関係無く、無秩序に世界市民というククリで、広大な領土と国民を獲得した国家にとって、自由というのは、無秩序に繋がる恐ろしい概念でもあるのです。

多くの民族・宗教を内包する事は、ちょっと前までは、「多様性」という一括りの言葉で、良い事であるとされてきました。欧州の難民受け入れブームや、アメリカの人種の坩堝も、基本的には、多様性は良い事であるという価値観で起きた事です。まぁ、確かに、国内が多人種・他宗教である事は、多くのイノベーションを、もたらしましたが、今は文化の衝突から、差別や争いの元凶にもなっています。社会の安定性から見ると、多様性というのは、必ずしも手放しで歓迎して良い事ではないと、最近では気づく人が出てきています。ありがちな、理屈から入る理論家・夢想家は、相変わらず多様性を至上の社会と位置づけているようですが、人間の動物面が、そんな綺麗なものではない事は、様々な場面で表面に出てきています。

そして、共産思想という共通項で、構成されたロシアという国家は、その多様性ゆえに、秩序を保つのが、とても難しい国家になってしまいました。これは、近代においてという意味ではなく、ロシア帝国時代から、伝統的に帝国内でも、常に反乱や革命の危機に晒され続けて来たことからも判ります。その為、国家として成立し続けるには、独裁的な人物が力でねじ伏せる必要がありました。そして、それは、多くのロシア国民にとって、「道徳や秩序が不安定になるより、独裁がマシだ」という判断に繋がります。

エリツィン大統領の時代に、ロシアは自由思想・資本主義に大きく舵を切りました。しかし、ここで、手助けしましょうとばかりに欧州やアメリカから入ってきた企業は、慣れない舵取りで迷走する政権をうまく騙したり、誘導したりして、多くの冨を収奪していきました。その悪辣ぶりは、まるで死体に集る蟻のごとくです。結果として、ロシアは一回ディフォルトする事になります。

この時代は、旧ソ連時代も含めて、最も道徳が退廃し、秩序が乱れて、暴力や汚職による社会の腐敗が進んだ時期でもあります。何の権限も無い一般国民は、一方的に国家の失敗の尻拭いを押し付けられて、生活は困窮し、この時代の子供は、ロクに教育すら受けられませんでした。こういう子供は、軍に兵隊として拾ってもらうしか無いのですが、文字の読み書きができない青年が、40%近くいたとされています。

つまり、ロシアの国家も国民も、急に開放された自由を持て余して、他人から良いように操られて、甚大な被害を被ったのです。この時、外国企業と結託したロシア国内の人物は、オリガルヒという経済貴族として、現在のロシアでも王様のような豊かな生活をしています。何しろ、儲けた金額が、兆円単位なんで、使うのに困るというレベルの資産を築きました。その頃、多くの一般国民は、その日のパンを確保する為に、朝からマーケットで行列を作る状態でした。しかも、全員の分の商品が無い状態です。

それを、大統領に就任してから、5年で立て直し、外債を全額返済したのがプーチン氏です。その過程では、暗殺や謀略も行われましたし、それを知っているロシア国民も多いのですが、「自由のある無秩序より、独裁者の強権による統治のほうがマシ。少なくても、生きていく事はできる」と多くのロシア国民は考えているのです。それほど、自由が輸入されたエリツィン時代、特に地方のロシア国民は、苦渋を舐めたという事です。二度とあの時代に戻りたくないという人も大勢います。

自由が輝くのは、秩序や道徳が保たれていて、人々が自然と守る社会においてのみという但し書きが付きます。そうでない社会で自由が開放されると、拳の強い奴が暴力と恫喝で好き勝手をやる、まさに弱肉強食の世界になってしまいます。自由には責任が伴うというのは、明日の食事の心配を、今からしなくて良い安定した社会の話です。そうでなければ、他人の食事を奪ったり、複数人の食事を暴力で独占する事も、自由の名の下に許される社会になります。自分が許される限り、快適に過ごすのが、目的になるからです。

そういう歴史がある為、ロシア国民が独裁者より恐れているのは、自由なのです。今のロシアの社会体制で、自由だけ開放されると、エリツィン時代に逆戻りです。1年後に生きている自分を、想像できない社会になってしまいます。それよりも、秩序と道徳を取り戻してくれた、プーチン氏のような独裁者のほうが数百倍マシです。ロシア国民の多くは、そう考えるので、未だにプーチン大統領の支持率は、盤石なのです。』