大統領選に臨む「トランプが消したいのに消えない真実」

大統領選に臨む「トランプが消したいのに消えない真実」
海野素央 (明治大学教授 心理学博士)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/27481

『2024年米大統領選挙への道

今回のテーマは「トランプと消せない真実」である。ドナルド・トランプ前大統領は7月26日(現地時間)、首都ワシントンで開催された「アメリカ・ファースト・アジェンダ・サミット」で演説を行い、2024年米大統領選挙出馬の意欲を改めてみせた。トランプ前大統領はどのような戦略で次の大統領選挙に臨もうとしているのか。そしてトランプ氏にとって何が障害になるのだろうか――。

7月31日、ニュージャージー州ベドミンスターで行われたリブゴルフ・インビテーショナルに参加したトランプ前大統領。「2024MAGA」の横断幕に笑顔で応える(AP/AFLO)

「移民問題と犯罪」の組み合わせ

 トランプ前大統領は演説で、民主党市長の都市では不法移民により殺人や強姦が頻繁に起こり、治安が悪化していると主張した。不法移民によって殺害された米国人の名前を挙げて、支持者に不安を与えて恐怖心を煽る戦略に出た。その上で、「アメリカ・ファーストとは安全ファーストという意味だ」と語気を強めた。 

「不法移民と犯罪」を組み合わせた選挙戦略は、16年米大統領選挙においてトランプ氏が用いたもので、率直に言ってしまえば新鮮味に欠ける。20年大統領選挙では、ジョー・バイデン大統領は新型コロナウイルス感染拡大の中で、「トランプのアメリカは安全か」と有権者に疑問を投げかけて、国民の「安全」に焦点を当てた。

 では、なぜトランプ氏は「移民問題と犯罪」の組み合わせにこだわるのだろうか。米公共放送(NPR)、公共テレビ(PBS)とマリスト大学(東部ニューヨーク州)が、「秋の中間選挙で投票をする際、真っ先に思い浮かぶ争点は何ですか」と尋ねたところ、民主党支持者はトップ3に人工妊娠中絶(29%)、21年1月6日に発生した米連邦議会議事堂襲撃事件を巡る下院特別調査委委員会による公開公聴会(17%)、銃問題および医療保険(共に15%)を挙げた。

 一方、共和党支持者は物価高騰(57%)、移民問題(12%)、犯罪(8%)であると回答した。民主・共和両党の支持者が思い浮かぶ争点は異なる。おそらくトランプ氏は24年大統領選挙においても、共和党支持者の票を固めるのは16年と同様、「移民問題と犯罪」と計算しているフシがある。

扇動と職務怠慢

 ただ、トランプ前大統領が移民問題と犯罪を組み合わせて票固めに走っても、支持者の票は拡大しないと言わざるを得ない。というのは、議事堂襲撃事件は「消せない真実」だからだ。

 下院特別調査委員会は7月21日までに、議事堂襲撃事件に関する公開公聴会を8回開催した。公聴会ではホワイトハウスの顧問弁護士、トランプ氏の側近および米司法省の元幹部等が宣誓証言を行い、新たな真実が明らかになった。

 例えば、トランプ氏は支持者がナイフや銃といった武器を所有していることを認識していたのにも関わらず、1月6日の事件当日、彼らに米議会に向かうように呼び掛けた。支持者の完全武装を知らされていたのに、彼らを扇動したのだ。

 さらに、トランプ氏が支持者に議会議事堂に向かうように促してから暴徒が帰宅するまでの187分間、トランプ氏は暴動を止めるために、米国防総省、司法省並びに国土安全保障省に連絡を入れなかった。マイク・ペンス前副大統領の警護隊(シークレットサービス)の中には命の危険を察して、家族に別れを告げた者がいたことが分かった。 当時、トランプ氏は大統領としての義務を果たしておらず、職務怠慢であったと非難されても当然だ。』

『2つの公聴会と「印象操作」

 トランプ前大統領はこれらの真実を消そうと必死だ。「アメリカ・ファースト・アジェンダ・サミット」での演説において、アダム・シフ下院議員(民主党・西部カリフォルニア州第28選挙区選出)を名指して批判した。なぜシフ下院議員なのか。

 シフ議員は、ロシア疑惑を巡るトランプ弾劾公聴会で委員長を務め、今回の議事堂襲撃事件に関する公聴会ではメンバーとしてトランプ氏の言動を厳しく非難しているからだ。トランプ氏は弾劾されたが起訴されなかった。

 トランプ氏はシフ議員を利用して、2つの民主党主導による公聴会を結びつけて、共に「でっち上げ」という印象を与えた。2つの公聴会を同レベルで語り、得意とする「印象操作」を行ったのである。

米国民の本音

 上で紹介した米公共放送、公共テレビとマリスト大学の共同世論調査(22年7月11~17日実施)では、「1月6日の米連邦議会議事堂襲撃事件に関する公聴会で見たり聞いたりした内容に基づくと、トランプ前大統領が罪で告発されると思いますか」という質問に対して28%が「はい」、61%が「いいえ」と回答した。「いいえ」が33ポイントも上回った。

 ところが、「トランプ前大統領が罪で告発されるべきだと思いますか」と質問を変えると、50%が「はい」、45%が「いいえ」と回答した。「はい」が「いいえ」を5ポイントリードした。

 議事堂襲撃事件に関する公聴会の最中に行われた米クイニピアック大学(東部コネチカット州)の世論調査(同年7月14~18日実施)では、「20年米大統領選挙結果を覆そうとしたトランプ前大統領は罪を犯したと思いますか」という質問に対して、50%が「はい」、44%が「いいえ」と回答した。6月22日に発表した同調査では47%が「はい」、48%が「いいえ」と答えたので、公聴会の間に「はい」が3ポイント増加し、「いいえ」が4ポイント減少して逆転したことになる。

 トランプ氏は罪を犯しても告発されないが、「されるべき」と考えている―これが米国民の本音である。』

『消せない真実

 1月6日の米連邦議会議事堂襲撃事件におけるトランプ氏の行為に関して、エコノミストと調査会社ユーゴヴの共同世論調査(同年7月16~19日実施)においても、「違法である」という結果が出ている。各種世論調査の結果は、共和党関係者が公聴会で証言した1月6日のトランプ氏の言動は、印象操作によって決して消せない真実であり、出馬の際に障害になることを明確に示している。』