シンガポールの生存戦略「中高年こそリスキリング」

シンガポールの生存戦略「中高年こそリスキリング」
人口と世界 
センテニアル・アジア・アドバイザーズCEO マヌ・バスカラン氏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM173110X10C22A7000000/

『――シンガポールはどのように生産性を高めてきましたか。
センテニアル・アジア・アドバイザーズCEO マヌ・バスカラン氏

「故リー・クアンユー氏が首相だった1980年代から、生産性の向上が必要という議論はあった。しかし、実際には外国人労働者の安価な労働力の受け入れに過度に依存したために、建設や飲食など多くの業界で生産性は十分高まらなかった。経済成長を生み出す要素の労働力、資本、生産性のうち、労働力の増加に頼り過ぎたことで、経済や産業の構造改革が遅れた」

「2020年以降、新型コロナウイルスの感染拡大で移民の受け入れが難しくなり、人口が減少に転じたことは、こうした構造を見直す良い機会となった。生産性の低い業界から高い業界へ、同じ会社の中でも生産性の高い仕事へ人材を再配置することが国全体の課題になっている」

――シンガポール政府は国民のリスキリング(学び直し)を強化しています。

「正しい取り組みで、さらに拡充すべきだ。人工知能(AI)やロボットだけでなく、医薬やエネルギーなどあらゆる産業で技術革命が起きており、その変化の度合いは将来さらに大きくなる。生涯学習が必要な中高年世代にアクセスしやすいリスキリングの機会を、政府主導で提供することは望ましい政策だ」

「難しいのはリスキリングが効果を発揮し、社会全体で人材の再配置が進むのに5~10年程度の時間がかかることだ。長年同じ職場で働いてきた多くの中高年労働者にとって、リスキリングで習得できる技能には一定の限度があるという現実も受け入れなければならない。社会のセーフティーネットを同時に整備しないと、技術革新についていけない下層階級を作ることになる」

――「外国人に職を奪われる」と不安に感じる国民が増えています。移民政策はどうあるべきでしょうか。

「生産性の向上を促す意味でも、低賃金の外国人労働者の受け入れを減らし、移民全体の数も絞るべきだ。一方で高度な技能を持つ人材は足りておらず、有能な外国人材は今後も歓迎すべきだ。都市国家としてニューヨークやロンドンなど世界の大都市と人材獲得を競い合っており、手をこまねいていれば経済の競争力が低下するだけでなく、社会の多様性も確保できなくなる」

――人口の増加が期待できない中で、それ以外に必要な政策は。

「シンガポールは最低賃金制度がなく、これが中小企業の生産性が低い一因になっている。最低賃金の導入は中小企業への打撃が大きいとの意見もあるが、段階的に最低賃金を引き上げ、激変緩和措置も同時に実施すれば悪影響は緩和できる」

(聞き手はシンガポール=中野貴司)
Manu Bhaskaranハーバード大学ケネディスクール修了。官僚、証券会社のエコノミストを経て、アジア経済を分析するセンテニアル・アジア・アドバイザーズの最高経営責任者(CEO)に就任。

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人口と世界 https://www.nikkei.com/telling/DGXZTS00001000Y2A210C2000000/

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石塚由紀夫
日本経済新聞社 編集委員
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ひとこと解説

安価な外国人労働力の受け入れに過度に依存したために生産性は十分高まらなかった――外国人労働を非正規雇用に置き換えてみると、日本も全く同じ構図です。安く買いたたける労働力があると、企業は人件費コストの節減で利潤を確保しようとし、生産性向上の努力を怠ります。

日本では、就職氷河期に希望の就職先から内定がもらえなかった若者や、結婚・出産を契機に仕事を辞めざるを得なかった高学歴主婦らが非正規雇用に就き、日本経済を下支えしてきました。

誰かの犠牲の上に築かれた繁栄は長続きするはずはありません。就職氷河期世代も主婦も高い潜在能力を持っています。日本もシンガポールをならい、リスキリングに注力すべきです。
2022年8月3日 13:37

人口と世界』