「台湾海峡波高し」は本当か 宥和と緊張繰り返す米中

「台湾海峡波高し」は本当か 宥和と緊張繰り返す米中
樫山幸夫 (元産經新聞論説委員長)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/27484

 ※ 突然の「世界戦略の転換」は、別に対日本に限った話しでは無い…。

 ※ アフガン撤退の時も、某国の外交官がギリシアだかどこだかの「保養地」に出かけていて、バカンス中に不意打ち食らって、後に「職務怠慢だ!」と非難されている…。

 ※ IS掃討が一段落ついて、シリアからの撤退も突然なされ、クルド人民兵は、はしごをはずされた…。

 ※ 事程左様に、「方針転換」は突然なされ、しかも、「アメリカ国益第一主義」だから、関係国が振り回されようが、「知ったこっちゃない。」…。

 ※ だから、細心の注意を払って、情報収集・情報解析し、その動向を掴んでおく必要がある…。

『ペロシ米下院議長の台湾訪問に中国が強く反発している。米中関係は冷却化し緊張を増すだろう。

 この後、どう展開するのか、予測は困難だ。両国間ですでに激しい応酬が展開されているが、皮相な動きに幻惑されてしまえば、米中関係の将来を見誤る。
米中首脳会談でのやり取りなどに敏感にならなければ、本質を見失う(ロイター/アフロ)

 両国関係を見る場合、払拭しきれない一抹の疑念が常に存在する。対立しながらも自らにプラスになると判断した場合、いとも簡単に妥協、宥和に転じる。同盟国の衝撃、困惑などいとわない。

 いま、そうした気配が伝わってきているわけではない。しかし、緊張が激しいと伝えられれば伝えられるほど、不安が脳裏をよぎる。実のところ、過去に日本が煮え湯を飲まされた経験が何度かあるからだ。

中国物騒な報復示唆〝異例な〟対応

 ペロシ議長の訪台については、中国政府は「両国関係を破壊する重大な事態。必ず政治的な悪影響をもたらす」(趙立堅外務省副報道局長)と強く反発している。7月28日の米中首脳電話協議では、習近平国家主席が、「台湾の独立や外国勢力による干渉は断固拒否する。火遊びをすれば身を焦がす」と激越な表現を用いてけん制していた。

 中国はペロシ訪台の報復として、台湾海峡でのミサイル発射、台湾の防空識別圏への侵入など物騒な報復措置を検討中だという。中国にとって台湾問題は〝核心的利益〟だから、反発は予想できるとして、それにしても今回の米国に対する威嚇はヒステリックとも思える強い調子だった。

 異例の3期目政権をめざす習主席にとって、長老らの意見を聞く場である「北戴河会議」が目前に迫っているため、弱腰と受け取られる姿勢を見せることはできなかった事情はあったようだ。

 気になったのは、中国側だけでなく、米政府自身も、ペロシ訪台を過剰ともいえるほど懸念、中止を働きかけたことだ。

 バイデン大統領は7月20日、「軍は、いいことではないと考えている」と述べ、軍にかこつけて反対の意向を示した。大統領の発言としては異例だ。

 ペロシ議長は大物とはいえ、政府関係者ではない。台湾を訪問しても、米国の対中基本方針である「ひとつの中国」の原則には抵触しないはずだ。

 米国では2018年、政府関係者らの訪台を可能にする台湾旅行法が成立。20年8月から11月にかけて、アザー厚生長官、クラック国務次官、ウィラー環境保護庁長官らが立て続けに台湾を訪問し、蔡英文総統らと会談した。

 閣僚を訪台させておいて、議会関係者は認めないというのはスジが通らないだろう。』
『相反する動きも見せる両国

 米中関係に影響を与えるというなら、台湾への軍事的コミットメントを認めたバイデン氏自身の発言の方がよほどインパクトは強いだろう。

 大統領は22年5月、東京での日米首脳会談後の共同記者会見で、台湾有事の際、軍事介入の意志があるか聞かれて「ある。われわれの決意だ」と明確に述べた。明らかな方針転換だった。

 自ら強硬な発言を弄し、一方ではペロシ訪台には反対するという2重基準、台湾海峡の安定を望むという意思がどこまで本気か疑われかねないだろう。

 看過できない動きは中国側にもあった。

 習主席は、バイデン大統領が先月、新型コロナウィルスに感染した際、丁重な見舞い電報を送った。「心からのお見舞い」の意を示し、「一日も早い回復を祈る」とのメッセージをあわせて伝えた。

 主席は、米大統領選直前の20年10月、トランプ大統領(当時)が感染した時にも見舞い電を送っているが、その時は「心からの」という言葉はなく、表現の違いが憶測を呼んでいる。

 懇切な見舞い、下院議長訪台への声高の反対表明は、突飛な見方かもしれないが、何らかのシグナルだったと推測できないだろうか。

外交儀礼には〝裏〟がある

 思い起こせば終戦間近の1945年4月、米国のルーズベルト大統領が死去した際、日本の鈴木貫太郎首相は、丁重な弔意を伝え、敵国民である米国民にも感銘を与えた。国内の異論を押し切ってのお悔やみには、「武士道精神」の発露だけではなく、やがて終戦について米側と交渉する日が来た際の好影響を期待する深慮遠謀もあったろう。

 米国では今年秋に中間選挙が行われ、上院議員の3分の1、下院議員全員が改選される。与党・民主党の苦戦が伝えられている。すでに触れたように、中国では秋の党大会で、習主席が3期目政権を実現させるという大きな政治イベントが予定されている。

 米中双方が緊張状態にありながら、様子を見るだけでなく、宥和路線に転じたほうが得策と考える可能性もあながち否定しきれないだろう。

煮え湯飲まされた日本の経験

 「ある朝、目が覚めたら米国が中華人民共和国を外交承認していた」――。日中、米中国交正常化のはるか以前に駐米大使を務めた日本の外交官の〝悪夢〟は、1971年の米中による日本の頭越し接近、翌年のニクソン米大統領(当時)の訪中で不幸にも現実となった。

 米国は国共内戦後、北京政府(中華人民共和国)を承認せず、台湾に逃れた国民政府(中華民国)と外交関係を維持、中国の国連加盟にも一貫して反対してきた。

 71年7月にニクソン大統領が突然、世界を驚かせる中国訪問を発表、長年の中国封じ込め政策に終止符を打った。ベトナム戦争の終結をめざして、北ベトナム(当時)を支持していた中国に接近し、あわせて中国と対立していたソ連をけん制しようという思惑だった。

 米国はニクソン訪中計画を日本には一切説明することなく進めた。協力して親台湾、中国の国連加盟阻止の旗振り役を担ってきた日本がメンツを失った象徴的な事件だった。

 国民の反米感情が高まり、72年7月に発足した田中角栄内閣をして、組閣2カ月後に、米国に先んじて日中国交正常化を断行させる遠因となった。

 米国の不信義に泣かされたケースは、これにとどまらない。』

『89年6月に起きた天安門事件。米国のブッシュ政権(父)は中国への強力な制裁を主張、中国との地政学的な関係から慎重論も少なくなかった日本もやむなく全面的に同調した。

 しかしあろうことか、当の米国がその数カ月後に大統領補佐官(国家安全保障担当)を北京に極秘派遣、中国側と制裁解除について会談させていたことが後に明らかになった。
 この時のことを知る日本の外交官が後年、「あれほど驚き、米国に裏切られた思いをしたことがなかった」と回想するのを聞いたことがある。 

 油断できない話をもうひとつ。

 トランプ前大統領の補佐官(国家安全保障問題担当)だったジョン・ボルトン氏が前大統領と袂を分かった後、2020年に回想録を出版。この中で、トランプ氏が習主席に、再選への協力を頼みこんだエピソードを紹介している。

 舞台は、19年に大阪で開かれた20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を機に行われた習主席との会談。トランプ氏は、「中国が米国の小麦や大豆をより多く輸入してくれれば、秋の大統領選の結果を左右する」と述べ、農産物の輸入拡大によって再選を後押しするよう「plea」(懇願)した。

 習氏が優先事項として協議する意向を示すと、「あなたは中国史上もっとも偉大な指導者だ」と、へつらうような発言をしたという(「THE ROOM WHERE IT HAPPENED」301ページ)。

 ボルトン氏は、かなりきわどい表現だったことをにおわせているが、あの対中強硬派で何度も制裁を課したトランプ氏だから驚く。

〝大国の論理〟の兆候見落とすな

 「ペロシ訪台」をめぐって、米中関係はいっそう冷え込み、危険な動きも出てくるかもしれない。 しかし、双方とも、激しい言葉を連ねながら、内心では、何が本当に自らのプラスになるか冷徹な計算をめぐらせているはずだ。

 いたずらに警戒心をあおるのは目的ではない。反米感情をかきたてるのも本意ではない。しかし、例えばの話だが、米国が対中制裁を大幅に緩和、見返りに中国は台湾への攻勢を大幅にやわらげるなど〝取引〟が成立しないと断言できるか。過去の経緯を振り返ってみれば明らかだろう。

 東アジアの最前線で中国の脅威に日夜さらされ、対峙しているのは日本だ。大国の論理で再びはしごを外されることがあってはなるまい。

 事態の変化には必ず事前のシグナルがある。疑心暗鬼といわれようが、首脳会談でのやり取りはもとより、日常の何気ない双方の動きに敏感になっておかなければならない。 
 過去の〝チャイナ・ショック〟をよもや忘れまい。』