中国、「国策市場」の虚実

中国、「国策市場」の虚実
一目均衡 上海支局 土居倫之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM191RK0Z10C22A7000000/

『1986年11月14日、中国北京市の人民大会堂で、最高指導者の鄧小平氏は会談したニューヨーク証券取引所のトップ、ジョン・フェラン氏に手土産を渡した。国有音響機器メーカー、上海飛楽音響の株券だ。資本主義の象徴である株式の存在が、最高指導者の手によって名実ともに公認された瞬間だった。

それから35年後の2021年11月15日。習近平(シー・ジンピン)総書記が開設を宣言した北京証券取引所が取引を始めた。

「資本の無秩序な拡大を防ぐ」と巨大IT(情報技術)企業を統制し、「共同富裕(共に豊かになる)」を訴える習氏が新たな株式市場を開設したのはなぜか。浮かび上がるのは、既存の株式市場が習氏が推進する中国経済の「高質量発展(質の高い発展)」に十分な役割を果たしてこなかったという問題意識だ。

取引開始から約8カ月超が経過し、北京証取の上場企業数は当初の81社から104社に増えた。株式時価総額トップはリチウムイオン電池の正負極材を開発する貝特瑞新材料集団。同社はバッテリー世界最大手の中国寧徳時代新能源科技(CATL)を顧客とし、急成長している。2位は炭素繊維を生産、開発、販売する吉林碳谷碳繊維、3位以下も半導体、薬品関連などハイテク企業が並ぶ。

一方、上海・深圳株式市場の時価総額トップは中国の伝統的な蒸留酒である白酒最大手、貴州茅台酒、2位は中国の銀行最大手、中国工商銀行とオールドエコノミーが並ぶ。いずれも収益力は高いが、成長力には疑問符が付く国有企業だ。10位以内で民営企業は、CATLと電気自動車(EV)大手の比亜迪(BYD)の2社のみ。アリババ集団など巨大IT企業は香港や米国に上場する。

上海・深圳証券取引所の新興企業向け市場「科創板」と「創業板」では不動産・金融業の上場を認めない。だが、投資家が最も注目する最上位の「主市場」は両業種の資金調達の場となってきた。

北京証取は不動産・金融業の上場を禁止し、国務院(政府)が詳細に要件を定める供給過剰・淘汰指定業種の上場も認めない。革新的な中小企業を上場対象とするという抽象的な概念にとどまらず、具体的なルールに踏み込む。

中国のある投資家は「米国のニューエコノミーはナスダック証券取引所がネット企業の技術革新(イノベーション)を支えたから」と話す。中国は習氏肝煎りの北京証取の開設やハイテク産業育成策「中国製造2025」など強力な国策を通じ、米並みの繁栄を実現しようとしている。

だが新市場には虚実も透ける。北京証取で時価総額トップの貝特瑞は7月20日、董事長の賀雪琴氏がインサイダー取引の疑いで証券監督管理委員会の調査対象になったと発表した。そもそも米経済の繁栄を支えたのは自由で透明度の高い社会だった。その裏付けのない「国策市場」のままなら、習氏が目指す「中華民族の偉大な復興」の実現など遠のくばかりだろう。』