ボルチモア

ボルチモア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A2%E3%82%A2

『ボルチモア(英語: Baltimore)は、アメリカ合衆国のメリーランド州にある同州最大の都市。どの郡にも属さない独立都市である。ボルティモアとも表記する。古くから天然の良港として知られ、1729年に南部産タバコの輸出港として開かれて発展した。首都であるワシントンD.C.の外港としての機能を有する大西洋で極めて重要な港湾都市であり、2020年にイギリスが発表した「グローバリゼーションと世界都市研究ネットワーク」(GaWC)ではガンマ+の都市に評価されるなど、東海岸の世界都市に数えられる。』

 ※ 一部省略。以下は、抜粋。

『歴史

詳細は「ボルチモアの歴史」を参照

アメリカで最も古い都市の1つであり、1729年に誕生した。南北戦争の舞台にもなり、国歌や星条旗もこの地で生まれた。1830年に全米で初めてボルチモア・オハイオ鉄道(B&O)が開通した。魚種の豊富な優れた漁港として知られたが、ペンシルベニア炭田の開発により工業が発展し、後に造船・鉄鋼などで財政を潤し、また貿易港として発展し、ピークには人口100万人に迫る勢いを見せた。 』

『治安

1960年代から施設の老朽化と主産業の構造不況によって中心地から人口が流出し、スラム街が発展し、治安の悪化が進んだ。そこで市は30年にもわたる再開発計画を実施、これはウォーターフロント開発の先駆ともいわれている。とりわけインナーハーバーの一新を図り、工業、貿易とともに多数のレジャー施設を建設した。インナーハーバーには大型ショッピングセンターや全米屈指のボルチモア国立水族館、海洋博物館などがあり、活況を呈している。一方、肝心の中心地の空洞化は依然として深刻で、治安改善はさほど進んでいない。

2019年7月にドナルド・トランプ大統領は、「(ボルチモアは)全米一危険で、どんな人間も住みたがらない」と批判した。これはボルチモアを地盤とするトランプ批判の急先鋒であるイライジャ・カミングス下院議員を罵倒する中の発言であったが、市の黒人の人口比率が50パーセントを超え、犯罪率も全米3位の高さを見せていた背景もあり、人種差別であるとして物議を醸すこととなった[1][2]。 』

『地理

ボルチモアはアメリカ東海岸のチェサピーク湾から遠くないパタプスコ川(英語版)沿いに位置し、メリーランド州の北部中央部の一部である。

アメリカ合衆国統計局によると、この都市は総面積238.5km2(92.1mi2)である。このうち209.3km2(80.8mi2)が陸地で29.2km2(11.3mi2)が水地域である。総面積の12.240%が水地域となっている。 』

『人口動勢
ボルチモア市
年代別人口 [1]

1790年 – 13,503人
1800年 – 26,514人
1810年 – 46,555人
1820年 – 62,738人
1830年 – 80,620人
1840年 – 102,313人
1850年 – 169,054人
1860年 – 212,418人
1870年 – 267,354人
1880年 – 332,313人
1890年 – 434,439人
1900年 – 508,957人
1910年 – 558,485人
1920年 – 733,826人
1930年 – 804,874人
1940年 – 859,100人
1950年 – 949,708人
1960年 – 939,024人
1970年 – 905,759人
1980年 – 786,775人
1990年 – 736,014人
2000年 – 651,154人

1830年代・1840年代・1850年代のアメリカ合衆国の国勢調査において、ボルチモアは全米の人口で2番目に大きな都市であった。また、1980年代の国勢調査よりそれぞれの国勢調査で全米の人口でベスト10位以内に入った。しかし1950年代から1970年代をピークにその後は人口が年々減少しており[3]、2000年現在の国勢調査[4]では、この都市は人口651,154人、257,996世帯及び147,057家族が暮らしている。人口密度は3,111.5/km2 (8,058.4/mi2) である。1,435.8/km2 (3,718.6/mi2) の平均的な密度に300,477軒の住宅が建っている。この都市の人種的な構成は白人31.63%、アフリカン・アメリカン64.34%、先住民0.32%、アジア1.53%、太平洋諸島系0.03%、その他の人種0.67%および混血1.47%である。人口の1.70%はヒスパニックまたはラテン系である。

ボルチモアは半世紀近くにも渡って人口減少が続いていたが、2012年は人口が1430人増加、2013年は313人の微減となっており、市は人口減少は下げ止まったと見ている[3]。

この都市内の住民は24.8%が18歳未満の未成年、18歳以上24歳以下が10.9%、25歳以上44歳以下が29.9%、45歳以上64歳以下が21.2%および65歳以上が13.2%にわたっている。中央値年齢は35歳である。女性100人ごとに対して男性は87.4人である。18歳以上の女性100人ごとに対して男性は82.9人である。

この都市の世帯ごとの平均的な収入は30,078米ドルであり、家族ごとの平均的な収入は35,438米ドルである。男性は31,767米ドルに対して女性は26,832米ドルの平均的な収入がある。この都市の一人当たりの収入は16,978米ドルである。人口の22.9%および家族の18.8%は貧困線以下である。全人口のうち18歳未満の30.6%および65歳以上の18.0%は貧困線以下の生活を送っている。 』