米英の核兵器開発と対ソ連/ロシア戦争(4/4)

米英の核兵器開発と対ソ連/ロシア戦争(4/4) | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207260001/

『 冷戦は独ソ戦の延長

 日本が降伏してからもチャーチルのソ連を敵視する姿勢は変化せず、彼は1946年3月にアメリカのフルトンで「鉄のカーテン演説」を行う。「冷戦」の幕開けだ。東側と西側の間に鉄のカーテンが降りているという表現はドイツが降伏して間もない段階ですでに使われていた。

 それだけでなく、FBIの文書によると、チャーチルは1947年にアメリカのスタイルズ・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得してほしいと求めている。(Daniel Bates, “Winston Churchill’s ‘bid to nuke Russia’ to win Cold War – uncovered in secret FBI files,” Daily Mail, 8 November 2014)

 ウィンストン・チャーチル自身はイギリスの貴族を父に、またアメリカの富豪を母に持つ人物。父親のランドルフはジョン・スペンサー-チャーチル公爵の三男で、素行の評判は良くない。カネ使いが荒く、親しくしていたネイサン・ロスチャイルド男爵から多額のカネを借りていたという。ランドルフは1895年に死亡しているが、死因は梅毒。ネイサンは19世紀のイギリスを支配していたグループの中心的な存在で、セシル・ローズのスポンサーだ。

 第2次世界大戦後、ウィンストン・チャーチルは「冷戦」の開幕を宣言した。チャーチルの背後には巨大金融資本がいるのだが、その金融資本はナチスを資金面から支えていた。情報分野でイギリスとアメリカが連携しているのは必然だ。

 アメリカの金融街からも多額の資金がナチスへ流れている。そうした役割を果たしていた金融機関のひとつがブラウン・ブラザーズ・ハリマン。その幹部だったジョージ・ハーバート・ウォーカーはユニオン・バンキング(UBC)なる会社を設立、プレスコット・ブッシュやW・アベレル・ハリマンに経営を任せた。UBCの実権はハインリッヒ・ティッセンが持っているとも言われているが、この人物の兄、フリッツ・ティッセンはドイツの鉄鋼産業に君臨、ナチスの後ろ盾になっていた実業家である。

 プレスコット・ブッシュはウォーカーの娘と結婚、アレン・ダレスとはウォール街仲間だった。プレスコットの息子、ジョージ・H・W・ブッシュをアレン・ダレスは幼い頃から知っていた可能性が高い。

 冷戦は米英支配層の対ソ連戦争の延長線上にあり、イギリス支配層の対ソ戦は19世紀に始まる。その後、さまざまな謀略が展開されたが、その謀略にまんまと引っかかったひとりがミハイル・ゴルバチョフである。

 1985年にソ連の最高指導者になったゴルバチョフはスターリンと対立していたニコライ・ブハーリンを「別の選択肢」として研究していたグループに属し、西側の「民主主義」を信じていた。1990年から91年にかけてゴルバチョフは冷戦の終結というアイデアに魅了され、米英金融資本の罠にかかってしまう。彼は冷戦の本質を理解していなかったとも言えるだろう。その時、ゴルバチョフの周辺にはジョージ・H・W・ブッシュを含むCIA人脈に買収されたKGBの中枢グループに取り囲まれていた。(了)』