チュニジア、独裁回帰の懸念 大統領権限強化へ国民投票

チュニジア、独裁回帰の懸念 大統領権限強化へ国民投票
「アラブの春」から後戻り
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR234540T20C22A7000000/

『【チュニス=久門武史】チュニジアで25日、サイード大統領の権限を強化する新憲法案を問う国民投票が実施された。承認されるとの見方が多く、反対派は「独裁回帰」と批判を強める。中東の民主化運動「アラブの春」で唯一の成功例とされた同国が後戻りを始めた背景には、経済低迷による議会不信がある。

25日は朝から30度を超す暑さのなか、投票所となった首都チュニス中心部の小学校を訪れる有権者が途切れなかった。「憲法じゃなくて生活よ。経済悪化を止められない議会と政党にノーを言いに来たの」。主婦のナスィーバさん(60)はパンの値上がりに愚痴をこぼしながら、サイード氏の権限強化を支持した。

憲法学者出身のサイード氏による権限掌握は「ソフトなクーデター」とも評される。ちょうど1年前の2021年7月25日、新型コロナウイルスの感染拡大や経済の悪化による反政府デモを受け、首相を解任し議会を停止した。議会の機能不全に嫌気がさしていた市民が歓迎したのを見て、司法権への介入、議会解散と段階的な権力集中を進めた。

国民投票にかけた新憲法案では、大統領が閣僚の任免権や議会の解散権、優先的な法案提出権を握る。任期は2期10年までだが、国家の「急迫の危険」を理由に延長でき、解任の規定は消えた。チュニス・エル・マナール大のザカラウィ・スガイエル教授(憲法学)は「大統領に強い力を与え、議会の監視が利かなくなる。民主化の歩みを無にする」と警告した。

チュニジアは11年の「ジャスミン革命」でベンアリ大統領の長期独裁政権を市民の反政府デモが倒し「アラブの春」の先駆けとなった。続いて独裁政権が崩壊したアラブの国では民主化の挫折が相次いだ。

エジプトはムバラク政権が退陣に追い込まれたが、軍出身のシシ大統領による強権的な統治に回帰した。リビアは約42年続いたカダフィ政権が崩壊後、国が東西に分裂し内戦に陥った。

これに対し14年制定の現行憲法で大統領と首相に権力を分散したチュニジアは民主的な選挙を重ね、例外的な成功とみなされてきた。新憲法案は起草委員会のベライド委員長が「独裁体制に道を開く」と不支持を表明し、サイード氏が解散した議会で最大の議席を握っていたイスラム政党アンナハダは国民投票のボイコットを訴えた。

ただ反大統領の動きは広がりを欠く。議会の不作為こそが経済の行き詰まりを招いたとの見方からだ。国際通貨基金(IMF)によると21年の1人当たり国内総生産(GDP)は、革命が成就した11年に比べ14%縮んだ。新型コロナウイルスの感染が拡大した20年は経済成長率がマイナス9%に悪化し、失業率は2割に迫った。

「大学を出て4年たっても職にありつけない。政争に明け暮れる議会には失望している」。チュニスの路上で果物を売るジャセルさん(26)は「強い大統領に戻せばいい」と訴えた。「有権者の多くは革命前の方が経済はましだったと感じ、デモで何かが解決するとは期待していない」とスガイエル氏はみる。

強権統治が復活したエジプトは民主化が頓挫したが、政情の安定が外資誘致の呼び水になった。世界がコロナ禍でマイナス成長に沈んだ20年でさえ、3%台の経済成長を達成した。民主化に成功したチュニジア市民が、失敗した国をうらやむかのような光景だ。

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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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分析・考察

アラブの春で唯一成功例といえるのがチュニジアのケースであったが、それも数年前から厳しくなり、ついにアラブの春で勝ち取った憲法を手放すことになるというのは何とも皮肉な話。バイデン政権が「民主主義対専制主義」という図式で世界を見ようとしているが、民主主義が良いものだと思っている国は必ずしも多くなく、途上国の多くは政治参加や自由な政治活動よりも生活の安定や豊かさを求めている。グローバル化が進展する中で、国家が持ちうる経済安定機能、再配分機能が低下しつつあり、政治的な参加よりも国家の権力を効率的に行使することを求める人たちも多くいることは忘れてはならないだろう。
2022年7月26日 2:38 』