「北京封鎖」解除はウクライナ対策 習氏が狙う和平関与

「北京封鎖」解除はウクライナ対策 習氏が狙う和平関与
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK241MF0U2A720C2000000/

『首都北京への「よそ者」の侵入を許さぬ堅固な長城を取り払う封鎖解除には、秋の中国共産党大会の後まで見据えた党総書記兼国家主席の習近平(シー・ジンピン)の遠謀がある――。

これは新型コロナウイルスを徹底して抑え込む「ゼロコロナ」政策の転換という話題ではない。習政権がかたくなに拒否してきた外国首脳の訪中、北京入りに突然、ゴーサインを出したのだ。あくまでも中国外交上の「北京封鎖」解除である。

栄えある最初の外国首脳として25日深夜、北京郊外の首都国際空港に到着したのは、インドネシア大統領のジョコだ。外国首脳の北京入りは、2月4日の北京冬季五輪開会式に伴うロシア大統領、プーチンらの訪中以来となる。例外だった五輪首脳外交を除けば、ジョコ訪中は、2020年に中国でゼロコロナが打ち出された後、初の本格的な対面式2国間首脳外交の始動だといえる。

26日、北京で会談したインドネシアのジョコ大統領(左)と中国の習近平国家主席=インドネシア大統領府提供

これまでは、各国外相らが訪中しても決して北京には入れず、天津、福建省など首都から離れた地で会うのが常だった。北京の空港は最近まで海外からの直行旅客便さえ受け入れなかった。北京に入るビジネス客らはまず北京以外の地に到着し、そこで長期隔離を強いられてきた。異常ともいえる厳格さだ。

11月のG20サミットでウクライナ問題の仲介役も

首都防衛を最優先する外交上の北京封鎖の解除には、習の並々ならぬ意気込みが感じられる。なぜなのか。習は国外に出ていないコロナ禍の2年余り、ジョコと6回も電話で協議した。22年だけですでに2回を数える。

中国はインドネシアとの良好な関係を最大限、生かし、20カ国・地域(G20)のなかで新興国の「盟主」の地位を固めたい。自由主義陣営の主要国(G7)と距離を置くだけに、新興国が多数派のG20こそがよりどころだ。

折しもG20の22年の議長国はインドネシアである。そのトップであるジョコが、ウクライナ侵攻で制裁を受けるロシアと、当事国のウクライナが直接対話する機会をつくろうと動き出したのだ。

ジョコがめざすのは11月15、16両日、バリ島で開くG20首脳会議(サミット)における戦闘の当事国首脳同士の対面である。橋渡し役への意欲はポーズだけではない。すでにウクライナとロシアの両国に足を運んだ。ウクライナの首都キーウ(キエフ)では同国大統領のゼレンスキーと会談し、G20サミットへの出席を求めた。続いてモスクワではプーチンにも会った。

ウクライナのゼレンスキー大統領(右)と握手するジョコ氏(6月29日、キーウ) =ロイター

中国はロシアによるウクライナ侵攻を一切、非難できない。侵攻開始前の2月の中ロ首脳会談の共同声明に「北大西洋条約機構(NATO)の拡大反対」と明記したためだ。ウクライナ問題は中国外交の足かせとなり、米欧などが「対中包囲網」を狭める要因の一つになった。

G20サミットを巡っては、米国などがロシア排除と、ウクライナの参加を求めている。米国をけん制したい中国にとって、日本、韓国を含むジョコの東アジア諸国歴訪は自らの力をアピールする絶好の機会だ。利用しない手はない。

今後、当事者が直接対話する機が熟せば、インドネシアと組んで仲介役を担う布石にもなる。ロシアに肩入れした中国がウクライナから信頼を得るのは容易ではない。それでも和平に関与する主要な国として存在感を示すことができれば、習のメンツは立つ。
習近平氏(右)と言葉を交わすロシアのプーチン大統領(2月4日、北京)=タス共同

北京の釣魚台国賓館での会談で両首脳はウクライナ危機を巡って意見を交わした。中国側によると「国際社会が和平に向けた対話を促す条件を整えるべきだ」といった認識を双方が示したという。

実現には過去2年半以上の国内「引きこもり」を破り、G20サミットに「リアルで出席」する必要がある。トップの外国での顔見せが長いことなかった中国外交には限界がある。

今回の会談後、発表したプレス向けの共同声明は「ジョコ大統領がG20サミット出席を招請。習主席は感謝し、サミット成功を願うと表明した」という内容にとどまった。

習の最後に訪問した外国は20年1月17、18両日のミャンマーだ。その間、中国はトップ不在となり、湖北省武漢でのコロナ対応が後手に回って各地に広まった。初期対応の失敗に懲りた習は長く国内にとどまっている。69歳という年齢を考えれば海外での新型コロナ感染への警戒感も強かった。

11月半ばのG20サミット出席なら、5年に1度の共産党大会も終わり、習の党トップ続投が決まっているかもしれない。半面、米大統領バイデンの民主党は11月上旬の中間選挙で勝利できず、勢いをそがれている可能性もある。中国側が「時期としては絶好だ」と考えていても不思議ではない。

仮に今回、ジョコがゼロコロナ下の北京を素通りすれば、中国外交には大打撃になっていた。これがジョコだけのために北京封鎖を解いた理由だ。ジョコが日本で首相の岸田文雄、韓国で大統領の尹錫悦(ユン・ソンニョル)に会うのに先立ち、習との会談のため北京入りしたのは大歓迎だ。中国ではこの意義が事前に大きく宣伝された。

インドネシアは東南アジア諸国連合(ASEAN)の有力国で、中国の重要なパートナーでもある。1955年、アジア・アフリカ諸国が集まったインドネシアでの「バンドン会議」に当時の首相、周恩来が出席して以来の深い縁がある。
インドネシアで披露した「一帯一路」

13年10月3日には、インドネシアを訪問した習が国会で演説し、21世紀「海上シルクロード」を提唱した。同年9月、中央アジアのカザフスタンで提起した「シルクロード経済帯」と合わせて中国主導の広域経済圏構想「一帯一路」と呼ばれるようになった。
習近平氏(中央)は2013年10月のインドネシア訪問で21世紀「海上シルクロード」を提唱した(インドネシア・バリ)

ちなみに習がインドネシアで演説した際、同国駐在の大使だったのが、劉建超(58)だ。劉はその後、習にゆかりの深い浙江省などで経験を積み、この6月、共産党の対外関係を担う重要部門、中央対外連絡部のトップに抜てきされた。

ジョコの北京入りの前に注目されたニュースがある。中国の衛生当局者が23日の記者会見で、習を含む中国指導者らが、中国製ワクチンを接種済みだと明らかにしたのである。

中国指導者が国産ワクチンを打つのは当たり前にみえるが、当局者が明言したことはなかった。まるで「国家機密」のような扱いは臆測を広げ、米ファイザーなど中国製でないワクチンをひそかに接種しているのでは、という噂まで流れていた。

中国当局者は、インドネシアの指導者(ジョコ)も中国製ワクチンを接種したとあえて強調している。ジョコが科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)製のワクチンを最初に打ったのは21年1月13日だ。世界的なワクチン不足の中、中国の「ワクチン外交」が話題になっていた。
中国製ワクチンの2回目の接種を受けるジョコ氏(2021年1月、ジャカルタ)=ロイター

北京を訪れる賓客が中国製ワクチン接種の事実を公開しているのに、習ら中国指導者の対応が不明だというのは外交上、礼を失する。これが今回の表明の引き金になったという見方もある。

インドネシアは中国にばかり肩入れしているわけではない。米国と中国の間で中立を保つ工夫も凝らしている。ジョコの訪中直前には、米軍制服組トップを招き入れた。統合参謀本部議長のミリーは、中国軍の脅威を訴え、米・インドネシアの軍事連携強化に言及した。米国の対インドネシア武器売却を含め、中国は大いに気にしている。

新型コロナ感染の米大統領に見舞い電報

習はジョコとの対面会談に臨む一方、調整中のバイデンとのテレビ電話を通じた協議もにらみ、ある動きをみせた。バイデンが21日、新型コロナ感染を発表したが、その翌日、早い回復を願う見舞い電報を送ったのだ。

想定以上の経済の急減速、失業率上昇に見舞われている中国としてはいま、米国との首脳協議を断る余裕などない。対中制裁関税の一部でも引き下げられるなら、厳しい中国経済には慈雨になる。ただ、中国としては米下院議長、ペロシが計画していると報じられた台湾訪問では譲歩できない。

習はこの2年間、ただ国内に引きこもっていたわけではない。頻繁なジョコとの通話を含め、年間で約80回といわれる外国首脳との電話協議をこなしていた。アフリカの小国も例外ではない。

豊富な資金も各国に投下してきた。中国による「債務のワナ」という厳しい批判はあるが、これが中国の外交力の源泉だ。「カネで友情を買う」。中国の著名な外交研究者も公言しているように、これは中国では後ろめたいことではない。

7月末以降は、現役の共産党指導者と長老らが意見交換する「北戴河会議」のシーズンである。対米外交、ウクライナ問題、経済急減速にどう取り組むかは、党内で常に議論されてきた大きなテーマだ。ゼロコロナを曲げてまでジョコを北京に招き入れた積極外交、そして対米協議が功を奏するのかどうか。それは中国で「1強」といわれる習の今後の権力にも影響する。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)

1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

習近平帝国の暗号 2035

著者 : 中澤 克二
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 1,980円(税込み)

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益尾知佐子
九州大学大学院比較社会文化研究院 准教授
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ひとこと解説

中国外交の変化に着目した重要な記事だと思います。中国外交は少し前から調整を始めています。ウクライナ危機以前、中国はロシアと肩を組み、米国をはじめとする西側秩序に対抗していく目算でした。侵攻によって西側の経済制裁が始まり、ロシアの長期的衰退は不可避となりました。中国はリアリストなので、自分の安全のために自分の側の態勢を立て直さねばと考えています。中国は今後、新興国・発展途上国との関係を強化しつつ、その勢力が世界的に拡大していくのを支援するでしょう。(中国にとってそれが望ましい、という判断です。)米国といま衝突するのは不利なので、絶対にやりません。世界の勢力均衡図の塗り替えが進んでいます。

2022年7月27日 9:25 (2
022年7月27日 9:26更新) 』