スリランカ新大統領「キツネ」の異名に映る毀誉褒貶

スリランカ新大統領「キツネ」の異名に映る毀誉褒貶
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD243SH0U2A720C2000000/

『抜け目がないのか、それとも信用が置けないのか。「The Fox(キツネ)」の異名を持つ男が、経済危機にひんするスリランカの最高指導者の座に上り詰めた。21日に第9代大統領に就任したラニル・ウィクラマシンハ氏である。

5月に当時のマヒンダ・ラジャパクサ首相が辞任した後、2年半ぶりに首相職へ復帰していた。7月半ば、今度は弟のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が反政府デモの追及から逃れるように国外脱出し、辞表を提出すると、国会でその後任に選出された。

一連の過程で、キツネと呼ばれるゆえんをしっかり印象づけた。

燃料や医薬品、食料などの必需品に事欠き、生活苦に怒るデモ隊の批判の矛先は、前大統領だけでなく首相にも向かった。ウィクラマシンハ氏もいったんは辞意を表明したが、大統領が空席になったとたん、一転して後継に名乗りをあげた。「火中の栗を拾った」といえば聞こえはいいが、常識的には説明がつきにくい行動だ。

自ら担当する国際通貨基金(IMF)との支援交渉を巡る発言も不可解だった。「単に途上国としてでなく、破産国家として臨んでおり、より困難で複雑だ」。7月5日の国会でこう報告してから2週間後、一転して「結論は近い」と楽観的な見通しを示した。
燃料不足で長蛇の列ができるコロンボ市内の給油所は、国軍兵士が警備にあたる=ロイター

その間、スリランカは抗議活動の激化や前大統領の逃亡で騒然とし、とても交渉を進められる状況ではなかった。IMF側も「政治的・社会的な緊急事態によって協議が中断している」と懸念を表明していたにもかかわらず、である。新大統領の選出を間近に控え、自らに有利なよう印象を操作した、とみられても仕方がないだろう。

「博識だが傲慢で、金持ちだが比較的腐敗していないことで知られている」。シンガポールのストレーツ・タイムズ紙は、新大統領の人物像をこう紹介している。

歩んできたキャリアをみれば、激動のスリランカ政治史の生き字引的な存在だ。

英連邦内の自治領セイロンとして独立した翌1949年、最大都市コロンボで新聞社を所有する富裕な一家に生まれ、名門コロンボ大を出て弁護士になった。77年、28歳のときに同国最古の政党である統一国民党(UNP)から国会議員に当選すると、親戚のジャヤワルデネ大統領によってすぐに最年少の閣僚に起用された。

スリランカは多数派のシンハラ人と少数派のタミル人の対立を抱え、83年に北・東部の分離独立を唱えるタミル人の武装勢力との内戦に突入した。93年、プレマダサ大統領が同勢力に暗殺された後、44歳で最初の首相を経験する。94年に今度はUNPの大統領候補が暗殺されると、立て直しのため党首に就き、いまもその地位にとどまっている。

通算で首相を6度も務めてきたのに、大統領にはこれまで手が届かなかった。99年、2005年の大統領選では、UNPと並ぶ二大政党だったスリランカ自由党(SLFP)の候補者に続けて敗れた。今回は「三度目の正直」で悲願をかなえたことになる。

05年の大統領選で敗れた相手がマヒンダ氏だった。以来、ラジャパクサ一族を政敵と公言してきたが、15年にいったん追い落としに成功しながら、自らの失策で復権を許し、結果としていまにつながる経済失政を招いたことは、看過できない汚点だ。

大統領になったマヒンダ氏は、国防次官に据えたゴタバヤ氏と共に09年にタミル人勢力を制圧し、26年間続いた内戦を終わらせた。国民から英雄視された半面、次第に権力の私物化が目立つようになった。そこで動いたのがウィクラマシンハ氏だ。15年の大統領選で、ライバルのSLFP内の反マヒンダ勢力のマイトリパラ・シリセナ氏を担ぐ奇策に出て、3選を阻止した。

そのシリセナ大統領と組んで、自身は3度目の首相に就任した。が、2人の関係は水と油だった。インドの情報機関から事前に何度も警告を受け取っていたにもかかわらず、250人以上が死亡した19年4月の連続爆破テロを防げなかったのは、大統領と首相が情報を共有できていなかったのが原因だ。惨劇は国民に内戦期の悪夢を思い出させた。同年11月の大統領選に出馬したゴタバヤ氏の勝利、さらにはマヒンダ氏の首相起用を許し、ラジャパクサ一族を再び権力の座に就けるお膳立てをしたことになる。
ゴタバヤ・ラジャパクサ前大統領は国外脱出後に辞任した=ロイター

今年5月に首相に再登板したのは、ゴタバヤ氏の要請を受け入れてのことだ。国難に際して協力はするが、反ラジャパクサの立場は変わらない、と強調したものの、その言葉を真に受けるわけにはいかない。ラジャパクサ一族との接近なしには、悲願である大統領の座は手中に収められなかったからだ。

本来なら大統領は有権者の直接投票で決めるが、今回は任期途中で空席となったため、憲法の規定により国会議員の投票で選んだ。ただし退潮が著しいUNPが国会に持つのは、党首のウィクラマシンハ氏のたった1議席だけ。それでも有効票219の過半数の134票を獲得できたのは、ラジャパクサ派の与党議員たちが支持に回ったためだ。

「前任者(=ゴタバヤ氏)とは異なり、ウィクラマシンハ氏は経済に明確で一貫した見解を持っている。IMFとの交渉を成功させ、国に必要な資金援助を引き出すには、適した人物だ。しかし、大統領昇格と議会の多数派形成をラジャパクサ派に依存したことによって、民主改革派としての信頼は損なった」

国際危機グループのスリランカ担当上級コンサルタント、アラン・キーナン氏は、国民からの支持は到底望めないだろうとの見方を示す。
「ラジャパクサ一族の支配の延命に手を貸した」として、抗議活動の矛先はウィクラマシンハ氏にも向かっている=ロイター

新大統領の任期は、ゴタバヤ氏が残した24年11月までだ。最優先課題であるIMFからの支援取り付けは、緊縮財政や大幅増税といった構造改革と表裏一体になる。国民に痛みを伴う協力を求める以上、政治不信を払拭するための改革もまた避けて通れない。

具体的に言えば、ラジャパクサ一族の専横を招いた「強い大統領制」をどう修正するのか、である。憲法改正による大統領権限の抑制や、もっと大胆に議院内閣制への先祖返りなど、権力のチェック・アンド・バランスを働かせる仕組みが欠かせない。

ただ、同じ旧英領のインドやシンガポールと同様、もともとは儀礼的・象徴的な役割しかなかった大統領職を、フランスをお手本にいまのような強力な執行大統領制に移行したのは、先に触れた70年代後半のジャヤワルデネ政権のときだ。UNPの中興の祖だった叔父の政治的業績を葬り去るだけでなく、ようやくつかんだ大統領としての権力を自ら手放す改革を、ウィクラマシンハ氏は果たして断行できるのか。

国民の人気も、議会における多数派も持たないまま、大統領の座をたぐり寄せた芸当は、それこそキツネのあだ名にふさわしい。問題はその先にどんなレガシー(政治的遺産)を残せるのか、である。毀誉褒貶(ほうへん)が激しい73歳の老練な政治家の大統領としての評価は、短期決戦で定まるはずだ。

=随時掲載

高橋徹(たかはし・とおる) 1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から15年はバンコク支局長、19年から22年3月まではアジア総局長としてタイに計8年間駐在した。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。』