[FT]米国は「危うい新興国」へ 法の支配揺らぎ分断加速

[FT]米国は「危うい新興国」へ 法の支配揺らぎ分断加速
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『トランプ氏が2016年の米大統領選に当選した時、米国はいずれいくつかの国に分裂していくと予測した同僚らを筆者は一笑に付していた。だが、今はもう笑えない。

イラスト Matt Kenyon/Financial Times

米連邦最高裁が6月以降出した複数の判決は、米国でこの数年、広がった分断をさらに深めている。それはトランプ大統領の誕生と同政権への反動として生じた米急進左派の高まりだけが原因ではない。分断は08年の世界金融危機から始まった。

米の分断化と弱体化進める最高裁判決

当時の共和党政権であれ民主党政権であれ、同危機に対し取った政策は米国の諸制度への国民の信頼を失墜させた。それら政策は家計より銀行の救済を優先し、大規模な法人税減税の実施などを含む。その結果、米ギャラップ社の世論調査では今や米国の諸制度に対する米国民の信頼度は調査開始以来最低の水準に落ち込んでいる。

とりわけ中絶の権利を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェード判決」を覆した6月24日の判決と、連邦政府機関である米環境保護局(EPA)が全国レベルで規制できる権限を制限した同30日の判決は、米国をさらに弱体化させ、その分裂を深めるだろう。

これらの最高裁判決を最大限に拡大解釈すると、米連邦政府は国民だけでなく投資家に対しても重大な影響を与える基本的事項について、全米で統一された法の支配を保障できなくなることを意味する。

具体的には企業への規制や情報開示の基準、労働や環境、消費者の保護に関する規制、ひいてはどんな資産は取引可能かといったことも含まれる。
影響は連邦政府機関EPAにとどまらない

EPAはもちろん、さらに重要な組織と思える米証券取引委員会(SEC)などの連邦政府機関が規制している内容を考えれば、この判決の深刻さがわかる。今後はこうした連邦機関が定める規制の合法性とその運用の仕方を巡って、全米の各州ごとに一から議論をし直すという事態になりかねないからだ。

しかも、これらの判決は米国が通常の状況にあるとは思えない中で下った。つまり、銃乱射事件が相次ぎ(にもかかわらず連邦最高裁は6月23日、短銃を隠して携帯することに一定の規制を設けているのは違憲だという信じがたい判決を出した)、インフレが猛威を振るい、テレビでは連日、21年1月6日の連邦議会襲撃事件に関する下院特別委員会の公聴会が中継されている。この中継を見れば、米国では武器を使った暴動が起こり得るし、実際に起きる国だというのを小学生でも理解できる。

これらの状況は、一部の投資家が今、議論している以上の大きな問題を提起している。米国は政治的リスクおよび不安定さという点では、先進国というより新興国の様相を呈し始めているのではないかという見方だ。

米調査会社ジオクワントの創設者で共同経営者のマーク・ローゼンバーグ氏は、13年1月以降、米国やほかの国・地域の政治的リスクを様々な測定基準から日々分析してきた。同社がこのほど顧客に送った書簡の中で同氏は、米国が抱える政治的リスクはその独立記念日である7月4日に新たな高みに達したと伝えた。統治リスクや社会的リスク、治安面のリスクなど政治的リスクをはじき出す要素の指標が上昇したためだ。

米の政治リスクは今やメキシコのレベル

米国の政治的リスクは世界各国に比べ依然として相対的には低い(ローゼンバーグ氏の分析では127カ国中85位だ)。だが先進国としては飛び抜けて高く、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中では、今やトルコやコロンビア、メキシコ、イスラエルにほぼ並ぶ高さだ。

さらに憂慮すべきは主要な指標の悪化だ。社会や政府の不安定さ、政治を巡って暴力が発生するリスク、さらには民主主義を脅かすリスクなどだが、米国の場合、これらの数値の推移と変動ぶりからすると、先進国というより途上国のようにみえる。米国が「自由世界のリーダー」であるはずなことを考えれば、いかに憂慮すべき事態かがわかる。

ローゼンバーグ氏はこの現象を米政治の「EM(新興国)化」と呼び、EM化をこう定義する。「政治的対立がより不安定な状況をもたらしており、公共の諸制度が弱体化し、法による支配を明確にする、あるいは執行するのが困難となり、社会の分断が進み、主要な政治日程を巡って政治的、経済的な不確実性が高まる状態を言う」

「EM化」はトランプ政権で顕著になったが、バイデン政権以降も党派対立が深まり、さらに進んだ。ローゼンバーグ氏は「米国が抱える社会的リスクと公共制度が抱えるリスクのレベルは、もはや世界最古の民主主義国家というより新興国並みだ」と指摘する。

もちろん、すべての新興国が無秩序だったり暴動寸前の状態にあったりするわけではない。中国やインド、台湾、ポーランド、ギリシャ、フィリピンなど多くの国・地域ではリスクを示す数値は過去10年で改善した。加えて米国は政治的リスクが高まる一方で、規模が大きく奥が深い資本市場と巨大な力を持つ消費者市場を持つおかげで経済はその影響をほとんど受けてこなかった。ドルは強く、米経済はこの数年、多くの先進国より好調さを維持してきた。
米経済繁栄とドルの地位維持には「法の支配」堅持が不可欠

だが長期にわたる米経済の繁栄と、準備通貨としてのドルの揺るぎない地位の維持には信頼が必要だ。その信頼は法の支配を堅持することで築かれる。

連邦最高裁による最近の過激な判決は、それ自体が政治的分断を示しているし、今後は米国のどこにいても法律が同じように適用されるとは限らないことも明確にした。つまり、ある人にどう法的枠組みが適用されるのかは、その人がどういう人物で、どこに住んでいるかによって異なることになる。

民主党が強い東西両海岸に面したいくつかの州と中央部に位置する一部の州で企業への規制や社会問題、税制、労働基準、環境問題などを統制する枠組みが残りの州と大きく異なるとなれば、どんな事態になるか。我々はそれを早晩知ることになるだろう。

米国では州の連邦からの独立は冗談として語られてきた。テキサス州の独立を求める「テキジット(Texasとexitの造語)」やオレゴン州など米北西部の諸州が独立共和国を建国する構想「カスケーディア」は、実現をほぼ見込めない運動のいわば代名詞だった。武力闘争はどこか外国で起きるものとされてきた。だが、もはやそうではない。銃を持つか否かにかかわらず、米国は自らとの戦争を始めてしまったのだ。

By Rana Foroohar

(2022年7月11日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)

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ラナ・フォルーハー

Rana Foroohar 米国生まれ。米ニューズウィーク、米タイムを経て2017年3月にFTに移る。米IT(情報技術)企業の事業を通じ蓄積した利用者のデータを駆使した事業モデルの在り方に早くから警鐘を鳴らしてきたことで知られる。米外交問題評議会の生涯会員。

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