投資の世界で、答えは「過去」に存在しない。 : 机上空間

投資の世界で、答えは「過去」に存在しない。 : 机上空間
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/29195955.html

 ※ 『私達は、テストで学力を計られるのに慣れているので、問題には答えが用意されていると思いがちです。こういう聞き方をすれば、「そんな事は無い事ぐらい知っているよ」と答える方が大方でしょうが、習慣というのは恐ろしいもので、「正しい答えと点数」で評価される事に慣れていると、全てにそれがあると無意識に考えてしまうのです。』…。

 ※ ここは、よくよく傾聴しておいた方が、いい…。

 ※ さらに付け加えれば、オレらは「教科書」と「先生」で「勉強する」ことに、慣れすぎているので、あらゆることにそういう「教科書」みたいなものがあると、無意識に思い込んでいるところがある…。

 ※ また、あらゆることに、「解決方法や、勉強のやり方」みたいなものを、「伝授」してくれる「先生」みたいなものがあると、無意識に思い込んでいるところがある…。

 ※ そういう「便利なもの」は、無い…。

 ※ そういう「便利なもの」は、存在しないんだ…。

 ※ 何を読んだら、どういうものから「情報取ったら」、自分の「目的」が達成できるのか…。そういう「踏み出すべき第一歩」を考えることから、始めないとならないものなんだ…。

『このブログで、既に何回も述べているので、耳タコな方も多いと思いますが、「他の大概のスキルと違って、金融の世界では、経験の蓄積や技術の研鑽が成功を保証しません」もちろん、まったく関係が無いと言いませんし、金融の世界においても経験や研鑽は大事です。しかし、結果として、それが成功を保証するかと言えば、それは無いのです。そこが、他とは違う特異な点です。

大概のスキルというのは、1000時間も費やせば、仕事として成立するくらいの安定した技術が身につきます。その程度で凡庸であるか、職人レベルであるかは別にして、技術としては身につきます。しかし、世の中の出来事が全てがチャートに織り込まれる金融の世界では、どんなに過去のデータを揃えたところで、どんなに経験を積んだところで、どんなに分析を繰り返しても、安定した成功は保証されません。

投資初心者の方のは、ここを間違えがちです。何かしらの努力で克服できると考えてしまうのです。他のスキルが、そうだからです。なので、うまくいかないのは努力が足りないからだと考えてしまいます。しかし、「この世界では、前例のない出来事が常に起きている」のです。冷戦時代に、誰がソ連の崩壊を予見できたでしょうか。東西のドイツが再統一される事も、武漢肺炎のような世界的なパンデミックが発生する事も、ロシアがウクライナに侵攻する事も、それが起きる事を完全に予想できた人などいません。しかし、起きた事で市場は動きます。つまり、過去に答えがあると考える事自体が誤りなのです。

私達が過去から学べるのは、似たケースでの対処法だけです。もしかしたら、それを知っている事で、傷を致命傷にせずに済むかも知れないし、大躍進する機会を掴むかも知れません。しかし、それは、期待値の高い方へ賭けるというだけの話で、確実な答えは、どこにも無いのです。この事を、市場に参加する前に「理解」しておく事が大事です。私達は、テストで学力を計られるのに慣れているので、問題には答えが用意されていると思いがちです。こういう聞き方をすれば、「そんな事は無い事ぐらい知っているよ」と答える方が大方でしょうが、習慣というのは恐ろしいもので、「正しい答えと点数」で評価される事に慣れていると、全てにそれがあると無意識に考えてしまうのです。

こうした不確定な未来の事変に加えて、市場を形成している人間の感情も、とても遷ろう存在です。お金に対して人間を、もっとも強く突き動かす、人々が信じているストーリーや、モノやサービスに対する嗜好も、永遠に変化しないわけではありません。文化や世代によっても変化しますし、今後も常に変化し続けるものです。つまり、答えを求める事が、いかに無意味かという事です。

何かに失敗した時、何か過ちを犯した時、人は「もう二度と同じ過ちを繰り返さない」と、心に誓います。世の中の大概のケースにおいて、こうした真摯な反省というのは、尊いものですし、必ず糧になります。しかし、投資の世界では、そうではありません。投資で失敗した時に得る教訓は一つだけです。「世界で起きる事を予測するのは難しい」それだけです。同じ過ちを繰り返さないという行動は、問題と答えが紐づいている場合にのみ有効です。そうではない投資の世界では、そもそも同じに見える問題が発生した時に、結果として正解だった行動自体が変化します。問題を定量化できないのです。あくまでも、結果として正解なだけで、それが永遠不変の定理には、なりえません。

つまり、得られる教訓は、「予想外の事は、常に起きる。その時に、致命傷を負わないように、市場から退場しないように、常に誤りを許容する余裕を確保しておこう」という事だけです。我々が市場に対して、できる対策は、実はこれだけなのです。市場に対して、正しい行動と安定して得られる結果があると考えているうちは、貴方は市場を理解していません。今まで、どれだけの天才トレーダーと言われた人が、市場から退場していったかを見れば解ります。それは、その人の手法が、市場のある時期に抜群に機能していたという事でしかありません。市場の変化を見誤れば、一回の取引で数十年の実績が水疱に帰すのです。

史上屈指の投資家との呼び声も高く、「賢明なる投資家-割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法」という名著を表したベンジャミン・グレアム氏のエピソードを紹介します。この本、曖昧な投資理論ではなく、具体的な計算式で株で成功する方法を解説した、ある意味勇気のある一冊です。しかし、現在では、この通りに実践して、勝つ事は不可能です。

現在の複雑化した企業運営の世界では、グレアム氏の最初の著書で説明された計算式で、当てはまる企業を見つけるのが、まず至難のワザです。そして、ピッタリの企業を見つけて、投資をしても、おそらくは成功しません。

しかし、この本の著者のグレアム氏は、投資家として大成功を収めています。では、彼は嘘を書いたのでしょうか。それは、違うのです。グレアム氏は、市場が一定の法則で動いているものではなく、手法というのは、必ず陳腐化するのを理解していました。グレアム氏は、1934年、1949年、1954年、1965年と、4回の改訂版を出版していますが、書かれている内容は、違う本かと思うくらい変化しています。これを持って「主張に一貫性が無い」と考えるのが、一般人ですが、そもそも市場というのは、一貫性の無いものです。グレアム氏は、その時々で、有効に機能すると思われる具体的な手法を紹介しただけなので、内容が変化するのは、当たり前なのです。

グレアム氏は、既に他界しておられますが、生前のインタビューで、彼が好んで用いていた個別銘柄の詳細な分析方法について、今でも活用しているかと聞かれて、こう答えています。
「全般としては、もう好んでいない。私はもう、価値ある機会を見つけるための入念な証券分析の実践は提唱していない。これは、今から40年前、私達の投資の教科書が出版された頃には、価値のある方法だった。だか、その後、状況は大きく変わったのだ」

この「状況は大きく変わった」というのは、投資先の企業のあり方だけではありません。投資に参加する敷居は下がりましたし、プレイヤーの層も拡大しました。テクノロジーの進化によって、金を払って得ていた情報が、変わらないスピードで一般にも周知されます。つまり、環境も変わっているのです。変化した投資環境では、それなりの新しい対峙の仕方が必要で、古い考え方が、いつまでも通用しない事は、自明の理です。そして、投資本を書いているグレアム氏は、自身が、それを理解していて、古いやり方を次々と捨てて、新しい方法を見つける事を当たり前にしていたので、偉大な投資家として、生涯を全うできたのです。

では、経験や研鑽が、投資において、最も役立ち、決して疎かにして良い事ではない理由は何か? それは、「一般論」を知るのに必須だからです。何が起きるかは予想できません。しかし、何かが起きた時に、「一般的に、どういう行動が起きるか」は、学ぶ事ができます。これは、答えを知る事ではなく、期待値の高い、より確実な未来に賭ける為に、必要な判断ができる為に役立つという事です。あくまでも、答えではありません。

市場では、経験則を無視した、突発的な変化も「良く起きます」。そうした時に、損をしたり、勝負に負けるのは、避けられません。その後で、どう行動すれば、傷を浅くして、挽回のチャンスを掴む事ができるのか。それを知る為には、経験の蓄積と、技術の研鑽が必要なのです。また、チャンスが来た時に、取り逃さずに掴む為にも、それは必要です。ただし、「答え」知る為ではありません。ここを理解して、分けて考えて市場に立ち向かうかどうかで、投資の成功確率は大きく違います。』