「アベなきキシダ」なら騙せるはずが…

「アベなきキシダ」なら騙せるはずが… 韓国は安倍元首相死去で右往左往
https://www.dailyshincho.jp/article/2022/07160600/?all=1

『韓国が一喜一憂する。安倍晋三元首相の死去で日本が再び言うことを聞く国になると喜んだり、岸田文雄政権は思いのほか右傾化すると怯えたり……。右往左往する様を韓国観察者の鈴置高史氏が報告する。

佐渡金山でも韓国に配慮したキシダ

――7月8日の安倍元首相の死去を韓国人はどう見たのでしょうか?

鈴置:韓国政府は哀悼の意を表明しましたが、ネットでは快哉を叫ぶ声が多い。これが韓国人の本音でしょう。ほとんどの大手メディアも「韓日関係を悪化させた張本人」と安倍元首相を回顧しています。「テロはいけない」といった建前論も付け加えてみせますが。

 当初は「外交的に韓国の得になる」という見方が出ていました。安倍元首相さえいなくなれば、岸田首相を思う存分に騙せる、との計算です。

 代表例が中央日報の「韓日関係、『安倍氏の影から抜け出す』にはこの3年がゴールデンタイム」(7月11日、日本語版)です。

 筆者は金玄基(キム・ヒョンギ)巡回特派員ら3人の記者です。この記事はまず、自民党が右傾化するかもしれないとの「懸念」を表明しました。

・安倍氏死去以降、自民党特有の保守右翼的色彩が深まり、これに伴って韓国に敵対的な雰囲気が弱まらない場合もあるという懸念も出ている。

 ただ、以下のような楽観論――「アベというお目付け役がいなくなったキシダを操縦するのは簡単だ」も開陳しました。要は「チャンス到来」と解説したのです。見出しの「安倍氏の影から抜け出す……ゴールデンタイム」からして、楽観論の実現を訴えた記事といえるでしょう。

・今すぐは難しいが、岸田首相の自民党内のリーダーシップが次第に強化される場合には状況が変わる可能性もある。実際、今年1月、日帝強占期の朝鮮人強制労役現場である佐渡金山を国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産に推薦する過程でも、当初岸田首相は韓国の反発を意識して保留しようとした。

・また、岸田首相は4月に韓日政策協議団に会った際に「日韓関係の改善は待ったなしだ」とし「ルールに基づく国際秩序が脅かされている国際情勢において、日韓、日米韓の戦略的連携がこれほど必要なときはない」と強調した。

騙すのは日本の外務省

――岸田首相は韓国で人気がありますね。

鈴置:「自民党の宏池会は言うことを聞いてくれる」というのが中国と韓国での定説です(「尹錫悦はなぜ『キシダ・フミオ』を舐めるのか 『宏池会なら騙せる』と小躍りする中韓」参照)。

 実際、佐渡金山の問題で韓国は岸田政権を騙すことに成功しかけました。「推薦(登録申請)に動いたら“拒否権”を発動する」と韓国に脅された日本の外務省はそのままメディアにリーク。

「『佐渡金山』推薦見送りへ」(1月20日、読売新聞)、「佐渡金山 推薦見送りで調整」(1月21日、朝日新聞)、「佐渡金山見送りへ」(同、毎日新聞)などと新聞に書かせ「登録断念」の空気を作りました。

 外務省の陰謀を見てとった安倍元首相が岸田首相を説得、日本は一転して登録申請に踏み切ったのです。そもそも、韓国に拒否権などありません。登録申請に動く日本を見て韓国政府は大慌てしました。韓国が反対しようが、ユネスコ世界遺産委員会で3分の2の国が賛成すれば認められるのですから。

 また、外務省はしきりに「日韓関係改善を求める米国から怒られる」とリークしていましたが、登録申請を決めた後もそんな現象は起きていません。

――韓国ではなく、日本の外務省に騙されるのですね。

鈴置:その通りです。岸田氏は外相時代もしばしば韓国に騙されました(「岸田首相から3匹目のドジョウ狙う韓国 米中対立で日本の『輸出規制』が凶器に」参照)。

 ただ厳密に言えば、韓国政府とつるんだ日本の外務省に騙された部分が大きいのです。首相就任後も「佐渡の金山」で外務省に騙されましたし、中央日報が引用した「日韓関係改善は待ったなし」との発言も外務省の振り付けと言われます。

 韓国はこの発言から「キシダは後戻りできない」と強気になりました。そこで林芳正外相が尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と会っている最中に、海洋調査船を日本のEEZ(排他的経済水域)で活動させたのです(「尹錫悦はなぜ『キシダ・フミオ』を舐めるのか 『宏池会なら騙せる』と小躍りする中韓」参照)。

 岸田政権は「韓国の海洋調査に抗議しなかった」実績を作ってしまった。国際司法裁判所などで争った場合「日本が領有を主張してこなかった」証拠として韓国は思う存分に活用できます。』

『改憲を宣言したキシダに驚く

――「韓国とタッグを組んだ外務省」の騙しを阻んできた安倍元首相が逝去したので……。

鈴置:「しめた!」と韓国の外交専門家は小躍りしたのです。もっとも、直後の参院選で大勝した岸田首相の会見(7月11日)を見た韓国人はショックを受けました。

 憲法改正に前向きな「改憲勢力」が、国会発議に必要な3分の2を参院で維持したことを受け、岸田首相が「できる限り早く発議に至る取り組みを進める」と表明したからです。
 自民党は改憲の目玉の1つに「自衛隊の明記」を掲げています。驚いた韓国各紙は、社説で一斉に日本の改憲を批判し牽制しました。

 東亜日報の「岸田首相『できるだけ早く改憲』、まずは『平和離脱』への懸念を払拭せねば」(7月12日、日本語版)のポイントが以下です。

・日本の平和憲法の改正は保守右派が推進してきた長年の課題だが、岸田氏はこれまで改憲推進に慎重だっただけに、改憲加速化の発言は注目される。世界的な新冷戦の激化とともに右派の象徴である安倍氏に対する追悼ムードが加勢し、今以上の改憲の好機はないと見ているようだ。

・直ちに憲法9条改正の議論に弾みがつくだろう。自民党は、「武力行使の永久放棄、陸海空戦力不保持」を規定した9条を維持しながらも、「必要な自衛措置」を掲げて自衛隊の保有を明記する案を推進する方針だ。

・さらに、事実上の先制攻撃が可能な「敵基地攻撃能力」の保有を公式化し、防衛費を国内総生産(GDP)の1%から2%に増額する案まで推進すれば、日本は「戦争のできる国」を越えて「世界第3位の軍事大国」に変貌することになる。

『韓国民主政治の自壊』
鈴置 高史 著

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謝罪しない日本に改憲は許さぬ

――韓国は北朝鮮に対抗するため、日米韓の軍事協力強化に合意しています。

鈴置:尹錫悦大統領は6月29日の3カ国首脳会談で「北朝鮮への核・ミサイルへの対応で、韓米日の安保協力の水準を高める」と約束したばかりです。

 これもあって韓国政府は“準同盟国”日本の軍事力強化に文句は言いにくい。でも韓国人とすれば、せっかく経済力の伸長をテコに軍事費が日本と同水準となったのに、再び「日本の下」に立つのは面白くない。

 韓国の軍事費はGDPの3%前後の水準で推移してきました。韓国のGDPは日本の3分の1程度まで追い付いてきましたから、GDPの1%前後の日本の防衛費とほぼ同じ額に膨らんだ。
「この調子なら追い越せる」と喜んでいたところだったのに、日本が防衛費を2倍に増やせば、また、引き離されてしまう。

 21世紀に入って以降の韓国の異様な対日強気外交は、「もう、国力で日本に負けていない」との自信から来るのです(『韓国民主政治の自壊』第4章第3節「ついに縮み始めた韓国経済」参照)。

――では、どういう理屈で日本の軍拡に反対したのですか。

鈴置:「日本は謝罪していないから」との理屈を持ち出しました。東亜日報のその部分が以下です。

・日本の軍事強国化は、周辺国の警戒心を刺激するほかない。帝国主義侵略の歴史を持つ日本が、第2次世界大戦の敗戦後に経済的繁栄を成し遂げることができたのは、憲法9条が象徴する「非武装平和」を受け入れたからだ。過去の反省と謝罪がない日本が再び軍事大国に浮上することに対して、周辺国が懸念するのは当然だ。

・日本は歴史を直視するどころか回避することに汲々としている。右傾化への疾走の前に平和に対する信頼から築かなければならない。

 朝鮮日報の社説「安倍元総理死亡で強まる日本の『平和憲法』改定への動き」(7月12日、韓国語版)も、同じ理屈で日本は改憲すべきではないと主張しました。

・日本は侵略の歴史に対し、被害国の許しと信頼を勝ち得ていない。反省と謝罪の表明が十分でないうえ、一部の政治家の歴史に関する暴言と攻撃的な言動も続いている。

・日本が隣国の最小限の共感も得られずして平和憲法をむなしいものにしようと熱中すれば、その反作用も避けられないだろう。』

『日韓共同宣言で謝罪をもう一度

――韓国は日本が何と言おうと「謝罪が不足だ」と言います。

鈴置:韓国は「日本が本心から謝罪したか」を決めるのは自分と規定したうえ「まだ不十分だから、言うことを聞け」と日本に様々の要求を突き付けてきた。「謝罪」は韓国外交にとって貴重な切り札なのです。

 ところが、安倍元首相が2015年8月の戦後70年談話で「歴史問題でこれ以上、謝らない」との姿勢を明確に打ち出し、韓国の外交カードを粉々に打ち砕いてしまった。安倍元首相が韓国で蛇蝎の如くに憎まれているのは、このためです。

 外交関係者は対日交渉カードを失った。国民は日本をひざまずかせる快感を得られなくなった。政権は人気取りの材料を失った。そこに「韓国にすぐに謝ってくれる宏池会」の首相が登場したのです。韓国が謝罪カードの復活に全力をあげるのはある意味で当然です。

 尹錫悦大統領は「1998年10月に金大中大統領と小渕恵三首相が署名した日韓共同宣言を再確認しよう」と日本に繰り返し呼びかけています。

 韓国が日本文化の開放を約束した宣言と記憶する日本人が多いのですが、韓国側は「日本が植民地支配を反省し謝罪した」宣言と認識しています。

 尹錫悦政権は「日韓共同宣言の再確認」というオブラートにくるんで日本にもう一度、謝罪させることを狙っているのです。

 大統領選挙中に尹錫悦氏は元慰安婦に「日本に必ず謝罪させる」と約束したと報じられています(『韓国民主政治の自壊』第3章第1節「猿芝居外交のあげく四面楚歌」参照)。政権維持に「日本の謝罪」は必要不可欠なのです。

良心派の日本市民と連帯

――「謝罪疲れ」した日本が応えるでしょうか?

鈴置:韓国は常に日本の内側から「我々は謝罪と反省が足りない」と声を上げさせる作戦を展開してきました。今回もそれを画策しているようです。

 左派系紙のキョンヒャンが日本の改憲に関し載せた社説「『改憲早期発議』岸田、アジア人の苦痛から目をそむけるのか」(7月11日、韓国語版)が興味深い。結論部分を訳します。

・改憲するかどうかはあくまでその国の市民が決めることだ。だが、日帝の過酷な支配を経験した韓国の市民としては日本の再武装を可能にする改憲にはっきりと反対する。

・平和憲法の価値は極めて貴重だ。軍備競争に歯止めをかけようとする良心的な声が国家次元でも可能であることを見せよう。平和憲法を護ろうと闘う日本の市民たちに支持と連帯を送る。

 もっとも、「連帯すべき日本の良心派」がどれだけ存在するかは不明です。良心派市民の元締めである朝日新聞や毎日新聞も、岸田首相の憲法改正発言に関し社説で一切論じていません。少し前までなら「軍国主義の復活」と非難の嵐だったでしょうに。

 メディアを含め韓国の対日外交は空回りしているなあ、と見ていたら、わずかですが冷静な分析を発見しました。中央日報のイェ・ヨンジュン論説委員の「【時視各角】韓日『可能な次善』が最善策だ」(7月12日、日本語版)です。

・[日本製品]不買運動に出た韓国の大衆には安倍氏さえ消えれば韓日関係が改善されるだろうという漠然とした期待感があった。だが安倍氏の後に続いた菅義偉前首相や岸田文雄現首相も韓国に対する立場は変わりがなかった。

・安倍氏が不帰の客となったいまでもそうした期待があるようだ。岸田首相は安倍「上王」の顔色をうかがうほかなかったがこれからは態度を変えるだろうという期待だ。安倍氏が属する派閥の清和会と岸田首相が属する宏池会の政策性向を比較するもっともらしい分析まで付け加える。

・こうした期待は保守本流と傍系が逆転した自民党派閥間の力学関係の変化、派閥間の政策差別性の希薄にともなう「総保守」への収束現象、特に韓日関係懸案に対する一致した声などをすべて無視してこそ到達できる楽観論ないし希望的観測にすぎない。

日本研究界に爆弾発言

――日本をよく見ている韓国人もいるのですね。

鈴置:ある意味、爆弾発言です。韓国の日本専門家たちは自民党の派閥分析をやってみせ、素人を煙に巻くのを常套手段にしてきた。それを「古い手口」と決め付けたのですから。

 それに「キシダなら韓国の言いなりになる」という楽観論を否定したら、韓国には打開策がないことになってしまう。実は、この記事の結論は「日本も譲歩せよ」と至って平凡でした。

 日本が容易に譲歩しないことは分かっているイェ・ヨンジュン論説委員も「ここはなんとかキシダに譲歩させる」という案しか考えつかなかったのでしょう。韓国の苦境が分かる記事でした。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部 』