中国で謎の男たちがデモ隊を殴打 帰ってきた胡錦濤時代

中国で謎の男たちがデモ隊を殴打 帰ってきた胡錦濤時代
高口康太 (ジャーナリスト)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/27308

『「預金を返せ」「預金がなければ人権もない」「野放図な権力に反対、河南省政府とマフィアとの結託に反対」

 2021年7月10日、中国河南省鄭州市で1000人規模のデモが行われた。銀行に預けた金が引き出せない、いわゆる取り付け騒ぎに対する抗議活動だ。
中国河南省で行われた銀行の取り付け騒ぎに対する抗議活動(ロイター/アフロ)

 人々は横断幕を掲げ、「ホワンチエン」(金返せ)との大合唱。すると、そこに謎の男たちが乱入。デモ参加者らはペットボトルを投げつけて抵抗したが、屈強な男たちに太刀打ちできず、次々と叩きふせられていく。怪我をして流血した者も少なくない……。

 衝撃的な写真と映像もあって、このニュースは世界各国のメディアで多く報じられている。「銀行の取り付け騒ぎと暴力事件、いったい中国になにが起きているのか?」という驚きがあるわけだが、筆者のような古株のチャイナウォッチャーからすると、この事件はなんとも〝懐かしい〟のである。

 2000年代後半から2010年代初頭、すなわち胡錦濤時代後半には日常茶飯事だった事件なのだ。この事件の何がありがちなのか、そしてなぜ今10年前の亡霊が甦ってきているのかを考えたい。

なぜ村鎮銀行は破綻したのか

 事件の経緯については、記事「コロナ対応のはずが治安維持に使われた中国「健康コード」」で詳しく紹介している。本稿は簡単にまとめるにとどめる。

 取り付け騒ぎを起こしたのは、河南省の禹州新民生村鎮銀行、上蔡恵民村鎮銀行、柘城黄淮村鎮銀行、開封新東方村鎮銀行、そして安徽省の固鎮新淮河村鎮銀行の5行である。4月ごろから「システム改修中」などを理由として、預金が引き出せなくなった。

 実はこの5つの銀行はいずれも同じ経営者が実質的に支配している。新財富集団という河南省の企業グループを率いる呂奕(リュー・イー)という人物だ。炭鉱経営や不動産開発、家電販売店などの事業を手がけており、いわば「地方財閥のドン」とでも言うべき存在である。

 この呂が目を付けたビジネスが銀行、しかも村鎮銀行と呼ばれる零細銀行の運営だ。取り付け騒ぎを起こした5行以外にも、26もの村鎮銀行を傘下に持っているという。ここまでの数になると、もう「(零細)銀行王」とでも呼びたくなる。』

『この村鎮銀行は農民や農村企業に金融サービスを提供することを目的としたもので、本来ならばとても儲かる商売ではない。それでも手に入れたのは当初から不正な利用を目的としていたのだろう。

 集めた金を農村とは無関係の投資に回す、グループ企業に融資するなどの乱脈経営が行われていたようだ。金融当局に提出するデータも偽装することで、これまで問題が発覚することはなかった。

 と、まずこの時点で非常に懐かしい。〝違法集資〟(違法な資金集め)は中国でよくある犯罪だが、金融機関を利用したものも多かった。銀行で販売されている信託投資商品なら安全だろうと購入したら、「銀行の軒先を貸しているだけで、投資商品販売会社と銀行は無関係」といった手口もあれば、もっと大胆にニセ銀行を作って投資商品を販売するというケースも。

 今回の村鎮銀行も「村鎮銀行といっても銀行は銀行、ちゃんと預金保護制度の対象ですから。それでいて、大手銀行の1.5倍の金利というお得な投資です!」といった営業トークで預金を集めていたらしいが、デジャブを感じずにはいられない。

 最初はいいが、そのうち集めた金を返せなくなってしまう。こうして今年4月に取り付け騒ぎが起きた。詳細な理由については現時点では公的な発表はない。もちろんお金を引き出せなくなった預金者にも説明はない。

中国では「懐かしい」活動防止と抑圧の手法

 自分たちの金を取り戻そうと、預金者たちは4月からネットでの抗議声明発表や現地での抗議デモなどを繰り返してきた。零細銀行だが、預金者は全国各地に散らばっている。「高金利の定額預金」を名目に、各種フィンテックアプリで口座開設者を募ったためだ。遠隔地に住む被害者たちも河南省を訪れては問題解決の陳情を行った。

 この活動をどうにか止めようとしたのが河南省政府だ。悪徳企業家と結託しているように見えるが、一般的なパターンでは、自分たちの業績を守るために騒ぎを起こさせたくないというのが相場だろうか。コロナの接触確認アプリを悪用して、抗議者たちを「濃厚接触者のため要隔離」にするよう指示するなど、なりふり構わぬ手段をとってきた。

 7月10日の抗議デモも、「謎の男たち」の暴力により中止させられた。これもまた、懐かしさを覚える手段である。

 というのも、中国がいかに専制国家であるにせよ、市民に対して警察が直接暴力を振るえば問題が大きくなる。というわけで、地元のチンピラを使ったり、あるいは私服警官に襲わせたりというのは常套手段であった。

 今年1月にはそうした手法を分析した『Outsourcing Repression(アウトソーシングされた抑圧)』(Lynette H. Ong著、オックスフォード大学出版)という本まで出版されているほどだ。「謎の男たち」ががっちりとした体つきであること、同じシャツを配布されていることなどから、今回は警官が動員された可能性が高い。

 そして、事件後の展開もあるあるだった。警察は銀行を支配していた企業家関係者の一部を逮捕したと発表。また金融当局は預金額5万元(約100万円)以下の被害者にはただちに払い戻しを行い、それ以上の預金額のある被害者に対しても、今後返金を進めると発表した。』

『暴力によって抗議デモは粉砕されたが、その時のインパクトのある動画と写真によってニュースが広がり、政府に対する圧力となって事態解決へとつながる。その意味で殴られることは事態解決のカードを手に入れることになるわけだ。

帰ってきた胡錦濤時代

 自分たちの要求を通すためには、ネットとメディアを使って劇場型の大騒ぎを作り上げなければならない。

 俗に「網絡維権」(ネットでの権利擁護活動)とも呼ばれる手法だが、2000年代後半から2010年代初頭の胡錦濤時代後半にかけて大流行した。当時は毎週のように、相当規模の大騒ぎが報じられていて、それらの情報を追いかける筆者もヘトヘトだったことを覚えている。

 習近平時代になり、「網絡維権」は減少していく。その理由だが、第一に検閲やメディア統制の高度化が理由としてあげられる。社会問題に関するニュースは人の目に触れないようにコントロールすることが徹底されていった。

 加えて、騒ぎにならないよう違法な投資案件に対して、早めの手当が心がけられたという面も見すごせない。P2P金融(金融機関を介さずにインターネット経由で貸し手が借り手に直接融資する仕組み)は最盛期には3000社以上が参入するホットビジネスとなったが、政府は全面禁止した。ビットコインなどの暗号通貨も同じく、詐欺の温床として完全に禁止された。先回りして対処したわけだ。

 こうして人前から消えたはずの「網絡維権」が、なぜか今、復活している。河南省の村鎮銀行だけではない。昨年秋には広東省広州市で、大手不動産デベロッパーの恒大集団が販売した金融投資商品の返済が遅れているとして、抗議デモが行われた。世界的な大事件となった恒大集団のデフォルト問題が浮上したきっかけだ。

 中国政府は早め早めのリスク対応を行っていたが、それでもすべての怪しげな投資を排除できていたわけではない。これまで水面下にあった問題投資案件が浮上しつつある。それはなぜか。恐らくは不動産市場に問題の根幹がある。』

『冷え込む不動産市場で表面化

 怪しげな案件で集められた資金、その多くは不動産投資に流れ込んでいた。不動産価格が右肩上がりで上がっていれば、ちょっとしたやんちゃ、たとえば河南省村鎮銀行のように他行の金利1.5倍で預金かき集めをやっても、なんとか回る。

 ところが2020年秋に中国政府が導入した不動産規制によって市場は冷え込み、昨年の恒大集団のデフォルト危機を経て、不動産市場はここ数年では覚えがないほどの冷え込みを示している。

 7月15日、中国国家統計局は経済統計を発表した。0.4%増という低い経済成長率に注目が集まっているが、経済全体と比べると不動産市場は突出して悪い。今年1~6月の不動産販売額は前年同期比で3割減という落ち込みだ。

 不動産販売の手付金にいたっては約4割減とさらに低い。手付金の減少は、買い手がまだ下がる可能性が高いと様子見していることを示す。不動産市場の悪化はまだ底が見えていないわけだ。

 さらに、不動産企業の資金繰りが悪化する中、すでに販売済みなのに建設工事がストップしたマンションが増えているようだ。住宅ローンの返済が始まっているにもかかわらず、いつまで立ってもマンションが完成しない。こうした状況に業を煮やした購入者から「住宅ローン返済中止」を宣言する公開書簡が出され、話題となっている。中国メディアの統計によると、こうした建設がストップしたマンションは全国80都市以上に広がっているという。

 経済が好調ならば目立たなかった〝傷〟が今、一気に表面化しつつある。特に不動産をどう手当するかは最重要課題だ。

 もしソフトランディングに失敗したならば……。抗議デモやストライキなどの発生数が年10万件を超えた、あの胡錦濤時代が戻ってくるかもしれない。』