日米同盟「崩壊」に切迫感 危機脱した安倍氏の遺訓

日米同盟「崩壊」に切迫感 危機脱した安倍氏の遺訓
安倍政治とは何だったのか② 本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD101SX0Q2A710C2000000/

 ※ 不沈空母は、この海域に二隻ある…。

『外交や安全保障で、安倍晋三元首相の功績の大きさは言うまでもない。日米同盟は格段に強まった。彼が打ち出したインド太平洋構想は広い支持を集め、いまや主要国の対外戦略の合言葉になっている。

こうしてみると、安倍氏は果敢に「攻めの外交」に走り、成果を残したように映る。だが、内幕はそう単純ではない。安倍氏を駆り立てたのは、このままでは日米同盟が崩壊しかねないという、恐れと切迫感だった。

元側近らによると、安倍氏は在任中、次のような趣旨の言葉を何度となく、内部の会議で漏らしていた。

高まる米軍のコストと危険

米中軍事バランスが中国優位に傾き、北朝鮮が核武装したことで、米軍が日本を守るコストと危険が相当に高まってしまった。よほど日本が防衛努力を尽くさなければ、同盟の効力は保てない――。

そのうえで、彼はこうも話したという。「日本がその努力を怠れば、米有権者はいずれ、日本の防衛義務を負うことに納得しなくなるだろう」

集団的自衛権についての集中審議で答弁する安倍晋三首相(14年5月当時、衆院予算委)

この認識は安倍氏の思い込みではない。2012年12月に首相に返り咲いて以来、執務を通じて募らせた本当の危機感だった。

在任中、彼は少なくとも2回、同盟の危機に震えた。第1は就任直後である。民主党の鳩山由紀夫政権下で日米同盟は傷つき、日中は一触即発の状態にあった。

12年9月の尖閣諸島の国有化後、中国は尖閣周辺に次々と中国公船を侵入させてくる。日中紛争リスクがささやかれ、「ワシントンには日本の対応を不安視する向きもあった」(当時の米政府当局者)。

防衛・海保予算増やす

日米の信頼と同盟を立て直すには、まず日本自身が防衛の努力を急ぐしかない……。安倍氏はこう考え、減り続けていた防衛予算を13年度から増加に転じるとともに、海上保安庁の予算を大きく拡充した。

世論の反対を押し切って、安全保障関連法を16年3月に施行させたのも、同じような考えからだ。これにより、米軍を支援するため、限定的ながら集団的自衛権を使えるようになった。

野党の一部は「戦争できる国にした。違憲である」と、なお同法に反対している。だが、安倍氏の本音は逆だった。安保関連法がなければ、日米同盟が息切れし、日本の安定を保てなくなってしまうと恐れた。

安倍氏が直面した第2の危機が、トランプ米大統領の就任だ(17年1月)。トランプ大統領は、同盟は米国にとってお荷物だと考え、あからさまに不満をぶちまけた。日本政府関係者によると、安倍首相との計14回にわたる会談でも、毎回のように「日米同盟は不公平だ」と批判。在日米軍の駐留経費を日本がすべて払うほか、アジアに展開する米空母の運用費も一部肩代わりするよう迫った。

安倍首相は国際会議の場でも存在感を示した(18年6月当時、カナダでの主要7カ国首脳会議=G7サミット)=ドイツ政府提供、AP・共同

トランプ大統領は、米欧同盟の北大西洋条約機構(NATO)にも反発を強め、「脱退の可能性も欧州に示した」(欧州外交筋)。このため米欧関係は著しく冷え込み、NATOの結束は地に落ちる。

幸いなことに、日米同盟はそこまでは壊れずにすんだ。トランプ時代にも中国や北朝鮮への抑止力は保たれ、北東アジアが不安定になる悪夢は防げた。安倍首相が果たした役割は大きい。

大統領の懐に飛び込む

日米同盟を守るには、トランプ大統領の懐に飛び込むしかない。安倍氏はこう判断し、欧州の首脳陣がしり込みするなか、ゴルフや食事を通じ、とことんトランプ氏とつき合う。そのうえで、会談では毎回のようにスライド資料を用意し、同盟がどれほど米国の利益にもなっているか、説明した。

トランプ大統領の機嫌を損ねても、必要なら強く反論する場面もあった。日本の「米軍ただ乗り」をなじるトランプ氏に対し、安倍氏が「そんなことはない。自分は支持率を大きく下げてまで安保関連法を通したんですよ」と、激しく応酬したこともあったという。

日米安全保障条約は盤石なようで、実は極めてもろい。第10条では、日米いずれか一方の意思により、1年間の予告で破棄できると定める。米側が条約の打ち切りを決めたら、日本側に止める手段はないのだ。

安倍氏はそんな危険を良く分かっていた。だからこそ、同盟が枯れないよう多くの養分を注ぎ続けた。岸田文雄首相、そして将来に続く政治指導者にとって、最も大切な「遺訓」のひとつである。

通算で8年を超える長期政権を担った安倍晋三元首相の政治は何をもたらし、安倍氏の不在で日本の政治はどうなっていくのか。編集委員やコメンテーターが外交、経済など様々な角度から検証します。

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