TPP・EU「連結」の威力 焦り誘い米国を動かせ

TPP・EU「連結」の威力 焦り誘い米国を動かせ
 本社コメンテーター 西村博之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK040SP0U2A700C2000000/

『FOMO(フォーモ)という言葉がある。Fear of Missing Out(取り残される不安)の略で、主にSNS(交流サイト)の最新情報を見逃したくない切迫感を指す。コロナ下の金融緩和で株価が急騰すると「買わないリスク」を意識した「フォーモ取引」なる言葉もはやった。

大勢にならう群集心理、孤立への恐れ、欲望、羨望――。様々な感情に根ざすフォーモは、国をも駆り立てるのだろうか。

トランプ政権下の2017年に米国が環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱して以来、日本は折に触れて復帰を求めてきた。だが本気で期待を抱く関係者はいない。製造業の国外移転で困窮した米労働者が痛みを伴う関税撤廃などに猛反発するのは明らかだからだ。言葉だけで米国は動かない。

世界シェア3割の自由貿易圏

そこで政策関係者がひそかに検討し始めた構想がある。欧州連合(EU)とTPPの「連結」だ。両者で協定を結び貿易・投資の自由化や基準の統一を進めるのだ。

世界最大の単一市場であるEUとTPP11カ国がまとまれば国内総生産(GDP)で世界の3割を占める巨大自由貿易圏が誕生する。ここで欧州企業が低関税でモノやサービスを取引し始めたら米国には不利だ。焦りを募らせた世論の風向きは変わりうる。少なくとも米政権は真剣に動く――。

まだ瀬踏み段階だが、各国関係者の反応は悪くないという。23年は日本が主要7カ国(G7)の議長国となる外交の年。合意に向けアクセルを踏む可能性がある。

米国はTPPに代わる経済秩序を探り、5月のバイデン大統領訪日時にはサプライチェーン(供給網)の強化に軸足を置いた新経済圏構想、インド太平洋経済枠組み(IPEF)を発足させた。国内世論がTPPを嫌う一方、中国に対抗する「仲間作り」の必要性は強く感じているからだ。

日本はIPEF自体に反対ではないが、急ごしらえの枠組みに、もの足りなさも感じている。勢いづく中国をけん制するためにも、米国には将来にわたって深く確実にアジア太平洋に関与してもらうのが日本の経済外交の肝だ。

米国が入ったTPPはその象徴であり、現実に米国と同地域の経済を接合するちょうつがいになる。国家資本主義的な手法を周辺に広げる中国をせき止め、自由や法の支配といった価値観を守る強力な防波堤の役割も期待できる。
対中関係にもメリット

むろんEUとTPPの連結は米国への「誘い水」にとどまらず、それ自体に大きな意義がある。

第一にEUは米国に並ぶ民主的な資本主義といった価値観の旗振り役だ。加えて、それを具体的なルールに落とし込むのにたけた交渉巧者でもある。そのEUがアジア太平洋地域への関与を増せば域内各国が中国流の規範になびくのに一定の歯止めをかけられる。

例えば中国は21年、米国が抜けた隙を縫ってTPPに加盟申請したが、協定が禁じる国有企業の優遇などに目をつぶるよう求めてくる可能性が高い。日本はTPPルールの順守が加盟の大前提という立場だ。EUが関係者として論戦に加われば頼もしい援軍になる。

第二に、4億5000万人の富裕な人口を擁するEUは、見方によっては米国をしのぐ魅力的な市場だ。米国抜きのTPPは、対米輸出を期待した国々を落胆させたが、EUと連結すれば当初の協定に劣らぬ求心力をもつ。

いわゆる「バンドワゴン(勝ち馬)効果」でTPP参加国の裾野が広がれば、中国が主導する15カ国の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を上塗りする形で経済のルールも高度化できる。

第三に勝ち馬効果をテコに、乗り遅れを恐れる中国に国内制度の改革を促せるかもしれない。
オンライン開催のRCEP署名式に参加し、各国首脳らが映る画面の脇で手を振るベトナムのグエン・スアン・フック首相(左)=20年11月、ハノイ(VNA=共同)

TPPは日本のソフトパワー

実現に向けた課題の一つは関税同盟のEUと自由貿易圏のTPPをどう連結させるか。先例はある。EUは07年から09年にかけて東南アジア諸国連合(ASEAN)との貿易協定を目指した。発展度合いが異なるASEANの足並みがそろわず交渉は凍結されたが、法技術面の蓄積は参考になる。

その後もEUはシンガポールやベトナムと個別に自由貿易協定(FTA)を結ぶなど東南アジアとの連携を強めている。より幅広い国々が高い水準の自由化で合意したTPPは、連携の加速に有用と映るはずだ。ロシアのウクライナ侵攻後は、同じ専制国家の中国から撤退を検討する欧州企業が増えており、その受け皿としてTPPの魅力は高まっている。

TPPとEUには一筋縄にいかない分野もある。例えばTPPは自由なデータ取引を重視するが、EUは個人情報の保護を優先する。知的財産権や検疫、紛争処理の仕組みも異なり、環境や人権問題を巡る温度差が政治問題になる可能性も否定できない。ここは両者が歩み寄り、違いを建設的に制度改善へ生かす知恵が不可欠だ。

「自由貿易か経済安全保障か」の議論が活発だが、資源が乏しい日本にとっては自由な貿易こそが経済の生命線。友好国と関係を深める「フレンドショアリング」は米中対立で特に重要性を増した。EUと米国の双方が加わりGDPで世界の過半を占める拡大TPPは、その究極の基盤になりうる。

日本は米離脱で崩壊しかけたTPPを救い、世界の信頼を得た。TPPは日本のソフトパワーの源泉だ。展望なく米復帰を願い、中国を拒み続けるだけでは、その威光は色あせる。ここは日本も切迫感を持って行動したい。

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前嶋和弘
上智大学総合グローバル学部 教授
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ひとこと解説

西村コメンテーターのご指摘に強く同意いたします。まずはアメリカに対してもこのTPPの優位性を粘り強く説明することかと思います。

一方で、雇用喪失だけでなく民主党の支持母体の一つである環境保護団体からも強い反発があるTPPはアメリカでは「憎まれ者」的存在。残念ながら現状ではTPP早期復帰はほぼ不可能なのかと思います。

議会に権限がある貿易交渉をすすめるためには、大統領はTPA(貿易促進法案、かつてのファストトラック)を議会で立法化してもらわないといけないのですが、そもそもバイデン政権は延長申請を議会にせず、昨年7月に失効しています(トランプ政権ですらTPA延長を議会に申請)。
2022年7月8日 11:58 』