[FT]改革派エコノミストを逮捕 プーチン体制の息苦しさ

[FT]改革派エコノミストを逮捕 プーチン体制の息苦しさ
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『ウラジーミル・マウ氏は先週、ロシアの国営ガス会社ガスプロムの取締役に再任された。リベラル派のエコノミストである同氏がロシアの至宝のような独占企業で留任したことは、今もクレムリン(ロシア大統領府)に目をかけられる存在であることを物語るようにみえた。
2017年、プーチン大統領(左)と握手するウラジーミル・マウ氏(提供写真)=ロイター

だが、それは間違いだった。

6月30日、再任から数時間後にモスクワの警察当局がマウ氏を詐欺容疑で逮捕したと発表した。ロシアの戦時下の弾圧が、今や忠実な配下にも及んでいることを示す展開だ。

容疑を否認し、8月まで自宅軟禁にされたマウ氏は決して反体制派ではない。同氏はロシア最大の大学である国立経済行政アカデミー(RANEPA)の学長として、プーチン大統領によるウクライナ侵攻後、「大統領の下に結束する」ことを誓う260校の学長の公開書簡に署名していた。

62歳のマウ氏は内側から体制を改革しようとしていた。RANEPAでは2017年から46州の知事を対象に、クレムリンの監督による特別プログラムを開講している。

RANEPAは毎年、テクノクラート(技術官僚)がロシア経済の停滞について問題点を語り合うセミナーも開催している。
建設的批判も許容されず

かつてクレムリンの経済プログラムに関してマウ氏に助言していた政治学者のキリル・ロゴフ氏によると、マウ氏の逮捕劇は非公開の場での建設的な批判も許されなくなったことを意味している。

「体制がいかに容赦ない姿勢になったかを示している」。現在はオーストリアの人間科学研究所の客員研究員であるロゴフ氏は言う。「マウは個人的にプーチンと良好な関係だったが、それは何の意味も持たない」

元当局者や財界幹部の話によると、テクノクラートなどロシアの多くのエリートは本音では戦争に反対しているが、それを人前で口に出そうとはしない。黙って辞職した人もいる。リベラル派として目立っていた人たちの何人かは報復に遭っている。

ウクライナ侵攻後に気候変動問題担当の大統領特別代表を辞任したアナトリー・チュバイス氏は現在、刑事捜査を受けていると報じられている。同氏は1990年代、当時のエリツィン大統領の経済チームでプーチン氏の同僚だった。

「最初の数カ月間、彼らはエリートによるエリートの弾圧を控えた」と話すのは、政治学者のエカテリーナ・シュルマン氏。「明らかに共同の戦線とエリートの団結を、つまり、エリートが逃げ出したり、かみつき合ったりしていないことを示すことが最優先だった。」

それがここにきて、「(マウ氏が)重要人物として(この数年で)初めて逮捕された」とシュルマン氏は言う。同氏は今春、RANEPAでのポストを捨ててドイツのロバート・ボッシュ・アカデミーでの1年間の研究員生活に転じた。「象徴的なのは、彼らが世論の強い反発を恐れなかったことだ」
マウ氏の逮捕はガスプロム取締役再任の直後だった(同社のロゴ)=ロイター

マウ氏の転落は、ウクライナ侵攻と西側の報復制裁後に起きたロシアの経済秩序の転換の大きさをさらにまた示す出来事だ。西側はロシア中央銀行の外貨準備の半分を凍結し、米国が主導する国際金融システムからロシアを遮断して輸入や外国投資に大打撃を与えた。

マウ氏は市場改革を唱道していたが、クレムリンは国有経済における役割を一段と拡大しようとしている。プーチン氏は6月30日、ガスプロムが英シェル、日本企業2社と組んだ極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」を国有化(編集注、新たにロシアが設立する会社へ運営を移管する大統領令に署名)した。ウクライナ侵攻開始後、大規模な事業が国の管理下に置かれるのはこれが初めてだ。

同日、ロシアの内閣は政府が企業に軍需契約を強制し、国のための「臨時挙国体制」で従業員に超過勤務をさせることを可能にする法案を提出した。

「彼らは経済を動員体制にしようとしている」とシュルマン氏は説明する。「大統領は、ロシアを孤立させて計画経済に移すことはしたくないと言っていた。面目がつぶれるからだ。それが今、綻び始めた。彼らは非市場経済を制度化しようとしている」

プーチン氏は1990年代の「ショック療法」による改革をトラウマ的な失われた10年と位置付けたが、プーチン体制の最初の10年間はマウ氏のような「体系的リベラル派」も、「シロビキ」と呼ばれる旧ソ連の治安機関出身の実力者たちと同等に安らげる状態にあった。

そうしたリベラル派はプーチン氏の下で主要閣僚や重要な国営企業の経営者となり、同氏は旧ソ連国家保安委員会(KGB)時代の同僚たちの国家統制主義に傾きすぎないよう、バランスを取ることができた。

「10年前のプーチン体制には今よりはるかにたくさんの人たちがいて、完全な進歩派ももっといた。旧来の意味でのリベラル派というほどではないが」と振り返るのは、元RANEPA社会学科長のビクトル・バシュタイン氏だ。

プーチン氏の4年間の首相時代の11年、マウ氏は国立研究大学高等経済学院の学長だったヤロスラフ・クズミノフ氏と共に、ロシアの経済政策の10カ年の道筋を見極めようとする大規模な研究プログラムを率いた。

「経済に関する意見が必要とされる政策会議には必ず、マウ氏かクズミノフ氏が出席するような習わしだった。彼がロシアの経済政策を主導する双頭の1人であることは非常にはっきりしていた」。ロシア経済学院の学長を務めながら、プーチン氏と入れ替わったメドベージェフ前大統領の顧問を務めたセルゲイ・グリエフ氏の述懐だ。

だが、マウ氏とクズミノフ氏の影響力はそこまでだった。両氏は提言の中心に、国の支出を軍と警察から慢性的な予算不足の教育と医療へ移すことを据えた。

だが、プーチン氏は14年にウクライナ南部クリミア半島を併合し、同国東部ドンバス地方での分離独立派による代理戦争を主導。これとともに弾圧と軍事化、経済的孤立が進んでいき、22年の全面侵攻に至った。

それでもクレムリンとの一時的な妥協を模索していたマウ氏は、ウクライナ侵攻を強く批判する友人たちとの関係がこじれる状況となった。

「リベラル派である必要はあったが、行き過ぎるのは禁物だった。彼は採用する人材も見極めていた。14年以降はとても慎重になり、おびえていた」と14年にRANEPAを離れたロゴフ氏は振り返る。

「私はかなり強い言葉で言い放つこともあったが、ウラジーミル(・マウ氏)は人前でそうするのを恐れていた。自分の身に跳ね返ってくると思っていた」

圧力をかけられたのは学者だけではなかった。
学生活動家らにも圧力

反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏が主導する抗議デモに学生が大挙して加わった19年、クレムリンは大学内の反体制派の弾圧に乗り出した。一部の学生活動家は退学させられ、職を失う教員も出た。

プーチン批判の余地が狭まる一方となり、クズミノフ氏の高等経済学院など他の大学で弾圧が始まるなか、RANEPAはなおも自由な思想のオアシスのように映っていた。

RANEPAの現役・元教員らによると、クレムリンと治安機関のロシア連邦保安局(FSB)は何度もマウ氏を呼び出し、好ましからざる教授たちについて厳しく問いただしていたという。

だが、マウ氏は圧力をかけられても「問題視される教授を解任しようとしなかった」とバシュタイン氏は話す。「ロシアのほとんどの大学では、フェイスブックに不穏当なことを書けばクビにされる。教師としていかに優秀で、英語の論文をどれだけ多く発表していようともだ。私たちはそうではなかった」

検察当局はマウ氏に対し、反体制派寄りの学生のリストをまとめるよう要求した。最終的にRANEPA側はリストをまとめたが、それでも何もなかったと教員らは言う。マウ氏が前述の書簡に署名したのも公表の1週間後、地元メディアが同氏の補佐役の1人が代わりに署名していたことに気づいてからのことだ。

マウ氏の逮捕は、ロシアの自由思想の教育に終わりを告げるものかもしれない。

クズミノフ氏は21年夏に高等経済学院を辞職した。その数カ月後にモスクワ社会経済科学学校のセルゲイ・ズエフ学長が、マウ氏にかけられた嫌疑と関係する詐欺容疑で逮捕された。

ウクライナ侵攻開始後、多くの学者が戦争批判に対する報復を恐れてロシアを離れている。ロシア政府は、標準化された欧州式の高等教育を「国益」を反映するシステムに置き換えるとしている。

だがグリエフ氏によると、最も影響を受けているのは今も政府機関で働いているリベラル派かもしれない。

リベラル派を脅威と感じるシロビキが、プーチン氏に「あいつらはあなたに反抗している。そんな連中が政府機関で働いていると訴えている」と、13年に迫害を恐れてロシアを離れたグリエフ氏は言う。

「私が彼らの立場だったら今のうちに逃げる。この先、逃げるのははるかに難しくなるだろう」

By Max Seddon

(2022年7月4日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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