習氏「福建閥」で公安・軍掌握 「浙江閥」の争い熾烈

習氏「福建閥」で公安・軍掌握 「浙江閥」の争い熾烈
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK043320U2A700C2000000/

『秋の中国共産党大会を控え国家主席の習近平(シー・ジンピン)の権力を支える二大人脈である「浙江閥」と「福建閥」の処遇に注目が集まっている。

習が1980年代半ばから 17年を過ごした福建省の人脈からは、王小洪が警察組織を統括する公安相に抜てきされた。一方、2000年代に習がトップを勤めた浙江省の子飼い人脈は、 上海市トップの李強、重慶市トップの陳敏爾、北京市トップの蔡奇(福建省での経歴もあり)とも異動、昇格の好機を逃し、ひとまず再任となっている。

警察組織トップの公安相に抜てきされた習近平国家主席の側近、王小洪氏は福建省時代からの知己(2015年、北京テレビの映像から)

上海の新型コロナウイルス感染症まん延による長期の都市封鎖のあおりで直轄市トップの人事異動は滞ったが、習が度々、口にする「政治安全」を支える公安・警察系統だけは、この段階で動かす必要があったのだ。

公安を実質的に仕切ってきた有力な幹部経験者が容赦なく次々と失脚に追い込まれた裏には、習が警察組織に抱く強い不信があった。「いまだ信用できない不安の表れが、今回の公安相人事だ。この人事とともに粛正も終わり、安定に向かうのかどうか……」。共産党の内部事情を知る人物が指摘する。

軍の政治も「福建閥」

習が党内で権力を掌握するうえで重要な2本柱は、軍隊と公安(警察)という実力組織だ。中国政治では、人民解放軍を武力の象徴である「銃」に例え、警察を治安維持の威力を示す「刀=刃物のつか」に例える比喩が良く使われる。銃と刀を押さえれば、権力は安定すると信じられている。

軍では既に福建閥が幅をきかせている。2017年の前回党大会の前、軍内政治や思想教育を取り仕切る政治工作部のトップに抜てきされたのが苗華だった。7人だけになった中央軍事委員会のメンバーにもなった。

福建省生まれの苗華は、習の福建省長時代、アモイが拠点だった31集団軍(軍再編で解消)の要職にいた。軍内でも吹き荒れた反腐敗運動で追い落とされた前任の政治工作部トップ、張陽(上将)は17年党大会の直後、自宅軟禁中に首つり自殺した。中国の政治闘争は常に苛烈だ。軍関係では、ほかにも福建に絡む人脈の抜てきが多かった。

失脚した傅政華・前司法相は公安省次官だった(2018年6月)=共同

一方、警察では最近まで公安次官の経験者である孫力軍、傅政華らの摘発、断罪が続いていた。特に傅政華は北京市の公安局長時代から習の反腐敗運動の手足となり、その裏も知る功労者として司法相に就いたのに、最後は失脚した。それは、いまだ習が警察権力を完全掌握できていない証拠でもあった。

集権に成功したはずの習は、なぜそんなに不安なのか。そこには過去の歴史の教訓がある。

典型例が10年前にあった。前共産党総書記、前国家主席の胡錦濤(フー・ジンタオ)、そして後継者に内定していた習の権威を覆す陰謀を企てたとされる薄熙来(元重慶市トップ、無期懲役で服役中)を巡る事件だ。

薄熙来が転落するきっかけをつくったのが、その下で警察を仕切ってきた子飼いの王立軍(服役中)だった。野心家でもあった王立軍は薄熙来とぶつかり、秘密裏に四川省成都の米総領事館に駆け込む挙に出る。重慶での英国人の不審死について、薄熙来の妻が毒殺した容疑の証拠(採取したおうと物など)を持ち込み、それが最後は中国最高指導部の手に渡る。

失脚し無期懲役で服役中の薄熙来・元重慶市党委員会書記

指導者に引導を渡す秘密を知る警察トップは、常に警戒対象でもある。いつ寝首をかかれるかわからない。人事を間違えると、仮面をかぶっていた側近に裏切られ、身を滅ぼす。

それだけに、権力者はとにかく昔から深くつながり、信用できる人物を配したい。習にとっては30年以上前の福建省時代から肝胆相照らす仲である王小洪だった。警察権力ににらみを利かせる際、代理人としてふさわしいのが彼なのだ。

絶対寝首かかない警察トップは命綱

習と王小洪の親しい関係を示す福建省時代の写真がある。まだ30代だった習は細面で、ジャンパーを羽織っている。隣の王小洪は公安の制服姿で、肩を寄せ合いながら笑顔をみせている。絶対に裏切らない警察トップは権力者の命綱だ。

習がどれだけ王小洪を信頼しているかは、公安部門の特勤局トップを兼任させている事実からも分かる。特勤局は要人警護を担う重要部署で、指導部メンバーらが日々、どんな政治的な動きをしているのか全て知り得る立場にある。党大会を控える今、これほど重大な職務はない。

15年、中央での経験がない王小洪が北京市副市長兼公安局長に抜てきされ、組織掌握を進めるに当たっては、様々な障害が立ちはだかった。習はそれを一つ一つ、力ずくで取り除き、今回、王小洪を公安省筆頭次官からトップに引き上げた。

王小洪は既に公安省の共産党委員会書記だったが、年齢が65歳に達する直前に閣僚ポストにも就いた。習の警察権力の現場掌握は形の上では終わった。今後は王小洪が25人いる党政治局委員にまで昇格するのかも焦点になる。

6月28日、上海市党委書記に再任が決まった李強氏(上海市政府のホームページ)=共同

福建閥がそれなりに台頭する一方、脚光を浴び続けてきた浙江閥の躍進は足踏み状態だ。過去、首相は副首相の経験者から選ばれてきた。もし、上海トップの李強を来春、首相の李克強(リー・クォーチャン)の後任にしたいなら、まず上海から中央に上げ、改定済みの規定を使って早いうちに副首相に抜てきする必要があった。

李強は、上海が長期の都市封鎖に追い込まれ、全国的な経済急減速の原因になった不手際により、一定の減点は免れない。あまりに長く生活の自由を奪われた上海市民が李強に不満を抱いているばかりではなく、サプライチェーン(供給網)大混乱で家電など生活用品さえ買えなくなった外国の国民まで、上海トップの顔を記憶に刻んでしまったのは大きい。
浙江閥の面々はライバル同士

重慶市トップの陳敏爾氏

上海封鎖中には、中国内で李強の左遷説が広く流布された。影響を受けるかもしれない他の浙江閥の有力者らの心にもさざ波が立ったはずだ。自らの今後の処遇に吉なのか。それとも凶なのか。

良くも悪くも李強が異動すれば、上海の後任トップにがぜん、注目が集まったはずだ。15年前の党大会の直前、習は突如、浙江省から上海に異動し、最高指導部、そして最高指導者への道を駆け上がっていった先例がある。

共産党の北京市代表大会開幕式に臨む蔡奇・同市党委書記=6月27日(北京市政府のホームページ)=共同

李強が6月末に再任され、現時点で異動が実現していない以上、同じく再任された重慶、北京を含めた直轄市トップは秋の党大会まで動かない可能性が出てきた。李強、陳敏爾、蔡奇ら浙江閥の有力者は、最後まで自らの処遇が分からないまま党大会に突入するかもしれない。

彼らは習の側近だが、おのおのがライバルでもある。なぜなら、みんなが最高指導部入りできるわけでない。席は計7つしかないうえ、いくつかは既に埋まっているに違いない。人事のバランスをとる上でも、誰かは必ず蹴り落とされる。

そもそも浙江閥の有力者は、習がトップから引退する場合、後継に座る有資格者とみなされてきた。だが、秋の党大会では「ポスト習」は習自身になる見込みだ。君臨が続く限り、真の後継者に選ばれる夢はついえる。それでも最後まで側近らを競わせる習の腹の内を探り合いながら、熾烈(しれつ)な最高指導部入りレースが続く。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

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