カリブ海のハイチ、長引く元首不在 治安悪化に中国の影

カリブ海のハイチ、長引く元首不在 治安悪化に中国の影
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN0318U0T00C22A7000000/

『【ニューヨーク=清水孝輔】カリブ海の島国ハイチで国家元首が不在という異例の状況が長引いている。2021年7月7日にモイーズ大統領が暗殺されて約1年がたつが、後任を決めるための選挙は実施のメドが立たない。権力の空白でギャング団が台頭して治安が急速に悪化する。中国が政情不安を利用して影響力を強める懸念が高まっている。

ハイチのモイーズ大統領(当時)は21年7月7日未明に自宅で武装集団の襲撃を受け、暗殺された。約2週間後にはモイーズ氏が死去する前に任命していたアンリ氏が首相に就任した。当初は21年9月に大統領選を実施する予定だったが、事件後に無期限での延期が決まった。暗殺から約1年間がたった今でも選挙の日程すら決まっていない。

大統領の座が空席のまま、権力を握るのはアンリ氏だ。21年9月に暫定選挙管理委員会(CEP)の全委員を解任した。アンリ氏は大統領暗殺に関与した疑いで検察から捜査を受けていた。事件の全容は明らかになっていないが、元首不在という現在の状況はアンリ氏に有利だという見方がある。

大統領暗殺で情勢が不安定になる中、ギャング団が力をたくわえ治安の悪化に拍車をかけた。ギャング団は燃料の供給を支配し、輸送を妨害して混乱を広げている。国民に必要な燃料が行き渡らない状況が続いており、21年12月には市民が輸送中のタンクからガソリンを盗もうとして爆発に巻き込まれる事故も起きた。

治安の悪化は危機的な水準に陥っている。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、ギャング団の関与で5月下旬までの約1カ月だけで少なくとも188人が死亡した。犠牲者のうち半分はギャング団に所属しない一般市民だ。多くが、身代金目的に誘拐され、殺害された。また、ハイチの人権団体、人権保護全国ネットワークによると、6月上旬までの約1年間で44人の警察官が殺害された。

治安悪化は経済に大きな打撃をおよぼす。ハイチの製造業系の経済団体ADIHによると、治安の悪化によってハイチに生産拠点を置く企業が撤退すれば、1万人近くが工場などでの仕事を失う可能性があるという。ADIHエグゼクティブ・ディレクターのソフィア・リブル氏は「企業が代わりの生産地を探し始めることを懸念している」と指摘する。産業空洞化と治安悪化の悪循環に陥りかねない。

政情不安に、地域での影響力拡大をねらう中国がつけいることも懸念されている。ハイチは、台湾と外交関係を結ぶ14カ国のうちの1つだ。中国の戴兵国連次席大使は2月、「ハイチの国民が安定した生活を取り戻せるように、政治指導者に緊急事態という危機感をもって統治する責任を果たすように求める」と述べた。

米国は、中国の動きに神経をとがらせている。台湾を支援する議員連盟に所属するトム・ティファニー氏ら複数の下院議員が21年、ブリンケン米国務長官に対し、中国がハイチの大統領暗殺に乗じて同国に関与を強める動きを警戒するよう求めた。

中国は台湾と外交関係を持つ国々に対して経済支援を打ち出して、台湾との断交を迫ってきた経緯がある。中米・カリブ海諸国では17年にパナマ、18年にエルサルバドルとドミニカ共和国、21年にニカラグアが台湾と断交した。

経済と治安の悪化に直面するハイチが欧米から十分な支援を受けられなければ、同様の道をたどる可能性がある。』