やはりウクライナ軍特殊部隊は越境挺進作戦を繰り返していた。ヘリまたは徒歩で。

やはりウクライナ軍特殊部隊は越境挺進作戦を繰り返していた。ヘリまたは徒歩で。
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『Howard Altman 記者による2022-7-1記事「Meet The Shadowy Ukrainian Unit That Sabotages Targets Inside Russia」。

    やはりウクライナ軍特殊部隊は越境挺進作戦を繰り返していた。ヘリまたは徒歩で。
 「シャマン」大隊と呼ばれる。
 「シャーマン」は挺進部隊指揮官のコールサインである。
 「シャーマン」=祈祷師 は、ウクライナの土俗として昔からあったものだ。

 この挺進部隊は2014のロシアの侵略開始直後に編成され、すぐに活動を始めた。ずっとやってきたのだ。

 隊員は全員、志願者。
 助かるのは、味方のヘリパイロットたちが優秀且つ勇敢なこと。正確に、プランの通りの場所にやってきてくれる。これが、どれだけ難しいことか……。スーパーパイロットと言ってさしつかえない。

 特殊部隊に入るには隊長との面談テストがある。そのさいにポリグラフも使う。ロシア工作員は潜り込ませない。

 2022初盤のホストメル空港の防御戦闘にも、この特殊部隊は参加しているが、かなりの反省がある。それは今に活かされている。

 痛恨の反省は、最初からそこに陣地を準備して防戦することができたのに、それをしないで、空港から離れた場所で待機していたこと。敵の空挺先遣隊がまずそこに襲来することは外国からの情報で分かっていたのに。

 ミサイルの第一弾が着弾してから、空港にかけつけようとしても、もう道路は大混雑で、地上から車両で進むことはできないのである。

 やっとたどりついたときには、陣地の準備もロクになく、飛行場には「トチカ-U」地対地ロケット弾が落下し、上空からはスホイが投弾してくるという状態。かんぜんに後手に回ってしまった。

 しかし、敵のヘリボーンの襲来には、なんとか間に合った。その前にこっちが布陣できた。
 敵ヘリは44機以上だった。まずいことに、こっちにはMANPADがわずかしか無かった。

 郷土防衛軍〔米国が州兵制度を移植したもの。まず1990年代のポーランドで成功させ、それをウクライナにも持ち込んだ。北欧と違って東欧には住民武装や民兵の伝統がないので、徴兵=予備役制度が消滅してしまう前に、それを米国が植えつける必要があった。ちなみにチェコには州兵の必要はない。市民は誰でも銃を持ち放題なのだ〕の若い兵士たちが、旧ソ連製のMANPADを発射するのを見たが、堂々たるものだった。あの若者たちに、第一級戦功章をくれてやりたい。

 18、19歳の若者が、猛爆撃のさなかに飛行場のまんなかに立ち、数機のヘリと1機のスホイ25を、古いMANPADで叩き落した。殊勲甲だ。

 巨人機「ムリヤ」に放火したのは、退却前の露兵の仕事だ。

 ウクライナの防衛体制に失敗があったとすれば、それはスティンガー・ミサイルがなかったことではない。

われわれは、ホストメル飛行場が必ず攻撃されると確信して、あの飛行場をじっさいに使った防御演習まで事前にしていたのだ。ところがウクライナの軍人でない人々が、ロシアが侵略してくるという話を最後まで信じようとしなかった。そんな覚悟が足りぬ「見ざる聞かざる」の人々の態度をロシアのスパイがプーチンに報告したので、プーチンは勝てると確信し、侵略が現実化したのだ。』