中国の「未来の改ざん」警戒を 香港を変えた50年前の罠

中国の「未来の改ざん」警戒を 香港を変えた50年前の罠
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『香港の中国返還から25年の1日、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は香港の一国二制度を保持すると宣言した。

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その言葉に今や価値はない。制度の外観は同じでも香港の繁栄を支えた自由都市の姿は失われ、中国共産党による強権統治への一体化は揺るがぬ未来となってしまった。

香港のたどった道は国際社会が中国と対峙する上での教訓を指し示す。

第一に、中国の行動について「コモンセンス(常識)」を基準に推し量れば判断を誤る。

香港でも習氏がここまでの弾圧はできないとの見方も多かった。理由の1つは「さすがの習氏も『50年不変』の公約を破り、国際社会の信頼を失う愚挙は犯さないだろう」との常識だ。加えて「香港の金融機能は習氏にとっても大事なはず」との常識も存在した。

だが、習氏は国際社会の視線も経済合理性も顧みず、党の正統性と統治拡大のために突き進んだ。
香港のビクトリア・パークで天安門事件を悼む集会を取り締まる警察(22年6月4日)=ロイター

第二の教訓は、中国共産党が領土保全のために展開する「三戦(世論戦・心理戦・法律戦)」の長期的な性質だ。たとえ足元では現実も歴史も変えられない小さな動きにみえても、長期的には「なかったはずの未来」をつくり出す危険性がある。

最近、香港の新たな教科書が話題となった。「香港が英国植民地だったことは一度もない」と記されると香港メディアが報じたためだ。常識を超えた主張に英統治時代の最後の香港総督、クリス・パッテン氏も記者会見で「全体主義者は常に歴史の改ざんを図る」と批判した。

だが、これは中国による突然の改ざんではない。50年前に中国がひそかに仕掛けていた法律戦・世論戦の1つだ。

第2次世界大戦後、国連は脱植民地化の機運を背景に独立を支援する「非自治地域リスト」を作成した。80を超える地域が実際に独立し当初は香港とマカオも含まれた。

つまり香港にとっても国際社会に後押しされた独立への道は十分に「あり得る未来」だったはず――。だが、その道は多くの人が知らないうちに断たれていた。

1972年、中国が「香港・マカオは植民地だったことない」としてリストから削除させたためだ。英国で香港返還問題が真剣に議論され始める前であり、誰もがこの動きを看過した。
香港返還直前の1997年3月、人民日報は「なぜ香港は植民地ではないのか」と題し、国連が〝認めた〟経緯を紹介する記事を掲載した

これにより香港の扱いは国際社会香港自身関われない「英国と中国の駆け引き」という土俵に持ち込まれ、香港の今日につながった。いわば香港の未来を改ざんした一手だった。

いま中国が国際社会で展開する行動や主張は荒唐無稽なものばかりだ。

最近では「台湾海峡は国際水域ではない」との主張を始めた。南沙諸島や西沙諸島では勝手に海南省三沙市という行政区を設定し、尖閣諸島だけでなく「琉球帰属は歴史的に未解決」などの言論まで展開している。

こうした暴論に多くの人が危機感を抱きつつも「常識では通用しない」とも考えている。それでも中国共産党はもっと先を見据えている。

中国の小さな動き看過しないこと、香港を巡る失敗を国際社会が繰り返さないこと――。それは専制国家の強大化や暴走を防ぐとともに、香港をはじめ強権下に生きる人々を少しでも守ることにもつながるはずだ。

(中国総局長 桃井裕理)

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