日韓、歴史問題で攻守逆転 消えた「首脳会談」の舞台裏

日韓、歴史問題で攻守逆転 消えた「首脳会談」の舞台裏
編集委員 峯岸博
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK275Y90X20C22A6000000/

『6月30日まで2日間開かれたスペインでの北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に合わせた日韓両首脳の初顔合わせは3、4分程度の「会話」にとどまった。通訳と冒頭のあいさつを除けば、それぞれ一言、二言を発しただけだっただろう。

「非常に厳しい日韓関係を健全な関係に戻すため尽力していただきたい」(岸田文雄首相)、「懸案を早期に解決し、未来志向に進んでいく考えがある」(尹錫悦=ユン・ソンニョル=大統領)。双方の言葉遣いからは相手への配慮がうかがえるものの、それぞれ米国と同盟関係にある隣国の首脳同士の初対面にしてはさみしい感じが拭えない。

韓国側が求めた6月中旬の朴振(パク・ジン)外相の初来日を、参院選の日程を理由に日本側が断った時点から想定されたシナリオだった。

日本政府としては、スペインでの日韓首脳の対面を本格的な会談にすると、元徴用工問題だけでなく島根県の竹島(韓国名・独島)をめぐる問題にも言及せざるをえなくなり、険悪なムードになる事態を避ける狙いもあった。

元徴用工問題で韓国側から成果を引き出せないのであれば、首脳会談を開く必要はないとの主張は自民党を中心に日本の政界には多い。5月の尹大統領の就任式への出席を見送った岸田氏は、今回も参院選期間中の党内融和を優先させた格好になった。

「安倍・朴」時代、首脳会談を求めたのは日本

文在寅(ムン・ジェイン)前政権の5年間を経て「もう韓国にはだまされない」といった強烈な不信感が特に国会議員や防衛省・自衛隊には多い。それは韓国で革新系政権が終わっても消えそうにない。

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参院選対策だけが理由ではなく、もっと構造的で根深い――。韓国で5年ぶりに誕生した保守政権の外交チームは李明博(イ・ミョンバク)大統領時代(2008~13年)からの返り咲き組が多く、日本に知己も多いが、久しぶりに日本の空気に触れて「これほどまで厳しいとは……」と変化を実感している。

日韓両国の立ち位置はこの5、6年で様変わりした。

朴槿恵(パク・クネ)政権時代(13~17年)、第2次世界大戦中の慰安婦問題を理由に日韓首脳会談を拒み続けたのは韓国側だった。当時の安倍晋三首相は「法的に解決済みだ」との日本の立場を堅持する一方、「難しい問題があるからこそ、首脳同士が胸襟を開いて会談をしていくことが必要だ」と訴えた。

それでも朴氏は一歩も譲らず、慰安婦問題で日本側から成果を得られるまでは首脳会談に応じないというかたくなな姿勢を崩さなかった。
2015年、慰安婦問題の日韓合意を受け、記者の質問に答える当時の安倍首相(写真左、首相官邸)と岸田外相との会談に臨む韓国の朴槿恵大統領(ソウルの青瓦台)=聯合・共同

当時の韓国政府関係者は「(朴氏は)就任当初から韓国の国内で『親日派』と批判されるのではないかと恐れていた」と明かす。1965年に国内の圧倒的な反対論を押し切って日本との国交正常化に踏み切った朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の娘であるからこそ、日本に厳しい態度をとったのだという。

安倍氏と朴氏の首脳会談の実現は、ソウルで日中韓首脳会談が開かれた2015年11月まで待たなければならなかった。その時点で、その前の日韓首脳会談から約3年半、朴槿恵政権発足からも2年9カ月がすぎていた。朴氏はその後、日本政府と慰安婦問題で合意した。だが、友人女性の国政介入事件に絡んで任期途中で弾劾・罷免され、父の朴正熙氏と同様、任期中に一度も日本を訪問しない韓国大統領になってしまった。

交渉スタイルに変化、内憂外患の尹政権

国内の視線に敏感だった朴氏の姿は、いまの日本政界にも通じる。日韓の「攻守」逆転は交渉スタイルにも表れる。

尹政権に近い人物は「韓国が解決案を持ってこい、俺たちはそれを採点するだけだ、という態度を日本にとられ続ければ国内でもたない」と嘆く。歴史認識問題をめぐり韓国側が問題を提起し、日本が知恵を絞るというかつての図式は18年10月、日本企業に対する戦時中の元徴用工への賠償命令を確定した韓国大法院(最高裁)の判決で崩れた。

2021年10月、ソウルで記者会見した元徴用工訴訟の原告ら

韓国では先週、元徴用工訴訟の解決策を探る官民協議体が発足するはずだったが、これも遅れている。韓国政府が賠償金を立て替える「代位弁済」案について、日本企業による謝罪や「心のこもった反省」を求める原告側は納得していない。「ここにきて問題の本当の難しさに尹政権が気づき始めた」(韓国の日韓問題専門家)との指摘もある。

尹氏が日本に対し、「片思い」のような姿をさらし続ければ、国会で多数を占める野党勢力に「親日派」という格好の攻撃材料を与えかねない。そのため、岸田氏との首脳会談実現への機運は急速にしぼんだ。大統領選の間からアクセルを踏んできた尹氏の対日路線では初めて、ブレーキがかかった。

日米韓首脳会談で「隙」埋める

15年、朴氏が最終的に安倍氏との首脳会談の開催に向け、重い腰を上げたのはなぜか。朴氏が語った元慰安婦女性の高齢問題ばかりが理由ではなかった。米国のオバマ政権(当時)から圧力がかかっていた。

日米韓首脳会談に臨む(右から)岸田首相、バイデン米大統領、尹錫悦韓国大統領(29日、マドリード)=AP

慰安婦合意直後の16年1月、4回目の核実験に成功した北朝鮮は「我々の正義の核抑止力を質的・量的に絶えず強化していく」と表明し、米国を威嚇した。南シナ海での人工島建設など、中国の挑発も露骨になっていた時期である。

今回、「会話」にとどまった日韓首脳の初めての対面に続くかたちで、バイデン米大統領を交えた4年9カ月ぶりの対面での日米韓首脳会談がセットされた意味は重い。日米韓のトライアングルの「隙」を埋めようとしたのだろう。核爆弾を保有し軍備増強に突き進む北朝鮮、中国、ロシアに囲まれたインド太平洋の安保環境は「安倍・朴」時代より一層、悪化している。そのリスクにひときわ焦燥感を募らせているのが米国だ。

尹氏と岸田氏による初めての日韓首脳会談の舞台としては、9月にニューヨークで予定される国連総会などが候補にあがる。次こそは待ったなしだ。7月10日投開票の参院選後、両首脳の指導力に注目が集まる。

峯岸博(みねぎし・ひろし)
1992年日本経済新聞社入社。政治部を中心に首相官邸、自民党、外務省、旧大蔵省などを取材。2004~07年ソウル駐在。15~18年3月までソウル支局長。2回の日朝首脳会談を平壌で取材した。現在、編集委員兼論説委員。著書に「韓国の憂鬱」「日韓の断層」。
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木村幹
神戸大学大学院国際協力研究科 教授
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ひとこと解説

日本が歴史認識問題の解決案を用意し、韓国側が「審査」する。この形の交渉は90年代初頭の慰安婦問題にはじまり、第二次安倍政権期の中頃まで続きました。それが変わったのが2018年の元徴用工を巡る韓国大法院の判決。以後、日本側は韓国側が満足できる解決案を準備すべきであり、それまで首脳会談を行わない姿勢をとっています。とはいえ、重要なのはそれにより日本が有利に話を進められるか。2015年には頑強な朴槿恵政権の姿勢にしびれを切らしたアメリカが強い圧力をかけ、韓国が慰安婦合意を飲まされる事になりました。単に「首脳会談ストライキ」を続けるだけでは朴槿恵政権と同じであり、日本政府の知恵が問われる展開です。
2022年7月1日 13:31 』