「戦艦大和」を繰り返すな 成長なくして国防なし

「戦艦大和」を繰り返すな 成長なくして国防なし
経済部長 高橋哲史
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA247MT0U2A620C2000000/

『波静かな瀬戸内海を横目に急な坂道をのぼると、眼下にこつぜんと巨大な船体が現れた。

長く平らな甲板は滑走路のようだ。その端には管制塔とおぼしきブリッジが立つ。空母にしかみえないその船は、海上自衛隊の護衛艦「かが」だった。

5月に広島県呉市を訪れたとき、たまたま目にした光景だ。呉はかつて戦艦大和を生んだ海軍工廠(こうしょう)があった街として知られる。

大和を建造した場所のすぐそばで、かがは改修中だった。同型の「いずも」とともに、ゆくゆくは最新鋭の戦闘機F35Bを搭載できるようになる。日本は事実上の空母を2隻持つ時代に入る。

近くで見るかがは圧巻だ。長さは248メートルあり、大和(263メートル)と大差ない。4年前に中国遼寧省の大連でみた同国初の国産空母「山東」と比べても遜色ない。

中国は6月17日、同国として3隻目の空母「福建」が上海で進水したと発表した。台湾や沖縄県の尖閣諸島をにらみ、着々と海軍力を増強する。日本も相応の防衛力を整えなければ、中国を抑止できない。2隻の「空母」を持つ背後には、そんな危機感がある。

「『攻者3倍の法則』が目安」

ロシアのウクライナ侵攻で、世界の安全保障を取り巻く環境は一変した。中国、ロシア、北朝鮮に囲まれる日本にとって、防衛力の向上は差し迫った課題だ。

6月7日に閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)は「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と明記した。7月10日投開票の参院選では、防衛費を欧州並みの国内総生産(GDP)比2%まで増やすかが争点のひとつになる。

中国に軍事行動を思いとどまらせるには、どのくらいの費用がかかるのか。

「『攻者3倍の法則』が一つの目安になる」と話すのは、防衛研究所の高橋杉雄・防衛政策研究室長だ。古くから伝わる軍事の鉄則に従えば、攻める側は守る側に対して3倍の兵力を投入しなければならないという。

裏を返せば、守る側は攻める側の少なくとも3分の1の戦力が必要になる。力の差がそれ以上に開くと抑止力が効かなくなり、敵が攻め込んでくる可能性は高まる。

中国は2022年の予算で、国防費を前年に比べて7.1%多い1兆4500億元(約29兆円)とした。5兆円台半ばで推移する日本のざっと5倍だ。

「『攻者3倍』にのっとれば、防衛費は10兆円規模という考えもあり得る」。高橋氏はそう指摘する。10兆円は「GDP比2%」ともおおむね重なる。

カネをどうひねり出すか

問題はそれだけのカネをどうひねり出すかだ。増税はハードルが高く、社会保障や教育といった他の予算を削る余地は乏しい。

国債の増発は財政を一段と悪化させる。国際通貨基金(IMF)の推計によると、日本の政府債務の残高は21年にGDP比で260%を超えた。約200%だった太平洋戦争末期の水準をすでに大きく上回る。新たに借金を重ねるのはもう限界に近い。

円相場の動向も無視できない。日本は米国などから装備品を買う際、何年かに分けて費用を支払う。ドル建てで購入した代金の未払い分は、22年度予算でおよそ1兆4千億円にのぼる。

円換算の額は毎年の予算で設定するレートをもとに積み上げたものだ。22年度は1ドル=108円とした。円相場は足元で一時137円台まで下落しており、その分、円でみた支払額は膨らむ。円安がさらに進めば、米国から高価な最新鋭の装備品を買う余力は小さくなる。

中国は日本に比べ、はるかにゆとりのある財政運営をしている。過去30年で国防費は40倍に増えたが、GDP比で1.2%にとどまる。経済が国防費の増加を上回るペースで成長したからだ。

旧ソ連は1980年代に国防費がGDPの20%近かったとされる。経済がにっちもさっちもいかなくなり、91年に崩壊した。

中国はその過程をつぶさに研究し、ソ連の二の舞いを踏まないように規律ある財政運営にこだわる。毎年の赤字額をGDP比で3%程度に抑える目標を掲げるのは、その表れだ。

「中国は常に経済と国防の建設を一体のものと考えている」。中国の安全保障政策に詳しい京都先端科学大学の土屋貴裕准教授はこう語る。

まず経済を成長させ、それに合わせて国防費を増やす。いざというときに十分なお金を軍事に回せるよう、財政に余裕を持たせる戦略といってもいい。中国にとって、経済成長と健全財政は国防の一環なのだ。

「日本に隙あり」判断しかねず

日本に欠ける発想かもしれない。「成長なくして国防なし」である。成長せずに借金だけを膨らませれば、中国は「日本に隙あり」と判断しかねない。

戦艦大和は当時の国家予算のおよそ5%にあたる巨費を投じ、構想から8年の歳月をかけて41年12月に竣工した。

すでに航空機の時代に変わり、目立った戦果を上げられないまま45年4月に撃沈された。経済を顧みず、身の丈に合わない「大艦巨砲主義」を貫いた結果だ。

中国抑止へ防衛力の強化は欠かせない。しかし、それは強い経済の裏付けがあってこそだ。「賢い支出」による成長戦略と一体でなければ、中国が試みる力での現状変更を止めるのは難しい。

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高橋哲史(たかはし・てつし)大蔵省(現・財務省)を振り出しに霞が関の経済官庁や首相官邸、自民党、日銀などを取材。中国に返還される前の香港での2年間を含め、計10年以上に及ぶ中華圏での駐在経験をもつ。2017年4月からは中国総局長として北京を拠点に中国の変化を報じ、21年4月に帰国した。

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深川由起子
早稲田大学政治経済学術院 教授
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貴重な体験談

呉の海軍墓地を訪れたことがあります。遺族の訪問が多かったらしく、「兄の骸に魚棲むか、南海の…」といった悲しい句のページが黄ばんでいたりします。不慣れな軍拡競争に伍して行くのは大変ですが、米国にはないソフトパワー=戦後の営々とした平和主義の蓄積、国民の平和への願い、その実践としての大地震の最中に暴動もなく、老弱者を列の先頭に立てて整然と並ぶことのできる社会資本を積極的に発信し、「カネで買えないもの」を最も恐れる中国に突きつけて行くことも新しい時代の国防につながるかと思います。
2022年7月1日 12:56 』