誰が中国を養うのか 揺れる穀物相場に新たな波乱も

誰が中国を養うのか 揺れる穀物相場に新たな波乱も
編集委員 吉田忠則
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD283GL0Y2A620C2000000/

『ウクライナ危機をきっかけに、食料問題が世界を揺るがしている。最大の焦点はウクライナからの穀物輸出を阻むロシアの黒海封鎖の行方だが、その背景で静かに浮上しつつある新たな波乱要因がある。中国の動向だ。

ロシアのウクライナ侵攻で穀物相場が急騰し、中東や北アフリカなど両国からの穀物輸入に頼っている国の一部が飢餓のリスクに陥っている。ウクライナの穀物輸出の主要なルートである黒海の封鎖が原因の一つで、国連のグテレス事務総長は「世界的な食料不足の不安に直面する」と警告する。

価格の高騰は、軍事紛争による輸送の停滞が引き起こした。ではそこに、巨大な需要を抱える国が新たな動きを見せればどうなるか。
突然、世界一の輸入国に

まずデータから確認しよう。中国政府によると、中国のトウモロコシの輸入は2019年までは500万トン以下で推移していた。だが20年に一気に1000万トンを超え、21年はいきなり2800万トンを上回った。

これがどれほどの大きさなのかを示すため、メキシコなどと並び、つい最近までトウモロコシの輸入量が世界で最も高い水準にあった日本と比べてみよう。中国と違って量はほぼ安定しており、おおむね年1500万~1600万トン。そして中国は日本やメキシコも抜いて突然、世界一のトウモロコシの輸入国になった。
中国の穀物事情は国外にも影響する(遼寧省の養豚の様子)=ロイター

問題は輸入先だ。日本はほとんどが米国で、ほかにブラジルからも輸入している。これに対し中国もメインの輸入先は米国だが、2番目はウクライナなのだ。日本などと同様、中国が輸入しているトウモロコシは家畜のエサに使われている。その輸出の停滞はもちろん、中国の食料生産に影響する。
「政府が生産抑制を決断」

なぜ中国はこうした農業構造になったのか。背景はいくつかある。農林中金総合研究所の阮蔚・理事研究員はその一つとして「中国政府が15年にトウモロコシの生産抑制を決断した」ことを挙げる。

トウモロコシを含む穀物の国際相場が12年ごろから下がり始め、中国の畜産農家は安い輸入物を使うようになった。これを受け、国産を高値で買い入れて増産を促してきた政策を、中国政府は16年に抜本的に転換した。阮蔚氏は「徐々に輸入を増やしていくという了解があったのだろう」と指摘する。

政策の効果はまず生産面で表れた。中国のトウモロコシの生産は00年前後からほぼ一貫して増え続けていたが、16年に急ブレーキがかかった。その後、わずかの増減をくり返しながらほぼ横ばいの状態が続いている。
ウクライナのトウモロコシ畑を耕すトラクター(キーウ郊外)=共同

一方、中国とウクライナの農業分野での関係強化は、ちょうど穀物の国際相場が下がり始めたころにスタートした。肥料工場の建設などのウクライナの農業関連インフラの整備に中国の政府系金融機関が資金を出し、ウクライナは中国に対してトウモロコシを輸出するといった内容だ。

こうして中国は輸入先の確保に努めながら、トウモロコシ政策の見直しを進めてきた。21年の輸入量が一気に日本などを抜いたのは、トウモロコシの国内生産を抑えたことの帰結といえる。輸入先の比率を見ると、貿易摩擦をやわらげるため積極的に輸入した米国が約7割で、残りはほとんどウクライナだ。そこをロシアの侵攻が直撃した。

国内に深刻な富の格差を抱える中国にとって、食品価格の上昇はいまも最も神経をとがらせるテーマだ。ウクライナからのトウモロコシの輸入が細れば畜産業を圧迫し、食肉の価格にはね返りかねない。
ブラジルからの輸入で合意

世界の関心がウクライナ危機に集中しているさなかの5月下旬、中国は新たな手を打った。ブラジルからトウモロコシを輸入するための検疫要件で同国と合意したのだ。中国商務省のホームページにごく短く載った発表文が、世界の穀物貿易の関係者の注目をにわかに集め始めている。

ブラジルから中国へトウモロコシの出荷が始まるのはしばらく先になる見通しで、現時点で相場に大きな影響は与えていないもようだ。だが中国には必要とする量を買いつけるだけの十分な資金力がある。中国は国内での増産も模索しているが、その動向は、穀物の国際相場の新たな波乱要因にもなりかねない。

だれが中国を養うのか――。米国の思想家のレスター・ブラウン氏は1990年代にこう問いかけた。中国はコメや小麦など主食の穀物の自給を堅持することでその問いに答え、国内の食料事情の安定を保ってきた。

一方、トウモロコシをはじめ自給の方針から漏れた食料の需要拡大は、供給側にとって恩恵になった。だが、この巨大な国が新たな動きをみせれば、広がる波紋は小さくない。動揺が続く国際相場と食料危機に直面する各国にそれがどう影響するか。世界は新たな難題を抱えたのかもしれない。

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