中国、「50万円EV」の販売急減速 主戦場は中価格帯に

中国、「50万円EV」の販売急減速 主戦場は中価格帯に
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『【広州=川上尚志】日本円で約50万円という格安な電気自動車(EV)のブームが中国でしぼみつつある。火付け役の「宏光MINI EV」の販売台数は5月まで2カ月連続で前年同月実績を割り込んだ。原材料高などに伴う値上げや、同車種の人気をみて参入した他社との競争激化で市場が飽和した。各社とも原材料の高騰などで利幅の維持が難しくなっており、主戦場を中価格帯にシフトしつつある。

中国で格安EV人気に火が付いたのは、2020年7月に上汽通用五菱汽車が宏光MINI EVを発売したのがきっかけだ。街乗りに十分な120キロメートルの航続距離を確保しつつコストを切り詰め、2万8800元(当時の為替レートで50万円弱)からという異例の安さが話題を呼び、主に地方都市で急速に販売を伸ばした。

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宏光MINI EVは米テスラの「モデル3」などを抑え、EV中心の新エネルギー車の車種別販売で22年5月まで「20カ月連続首位」(五菱)とうたうが、販売は足元で陰りが出てきた。中国の乗用車の業界団体、乗用車市場信息聯席会の統計によると、同車種の4月の販売台数は前年同月比6%減の約2万5000台で、発売以来初めて前年実績を下回った。5月も2%減った。

上海市のロックダウン(都市封鎖)が影響した可能性もあるが、4、5月ともに新エネ車全体の販売台数は前年を上回っており、それだけが要因と言い切れない。理由の一つは値上げによる消費者離れだ。宏光MINI EVは3月に平均1割強の値上げを実施した。最低価格は3万2800元となり、割安感が薄れた。

下位機種ではエアコンをオプション装備とし、半導体は家電向けを転用するなどして低価格を実現した側面がある。車業界アナリストの張翔氏は「機能の向上が遅れている面もあり、競合車種に一部消費者が流れている」と指摘する。

もう一つは市場の飽和だ。中国調査会社のGGIIによると、格安EVが中心の「A00クラス」と呼ばれる小型の新エネ車の販売台数は1~5月に前年同期比5割増の約39万台だったが、新エネ車全体に占める比率は8ポイント減の25%になった。前年実績を上回っているものの「今後の成長は減速する」(GGII)という。

もともと格安EVの利幅は薄く、五菱の21年12月期の売上高純利益率は1%強にとどまる。同じ上海汽車集団の傘下である上汽フォルクスワーゲン(VW)の6%などに比べ見劣りする。それでも宏光MINI EVの好調を受け、奇瑞汽車の「QQ冰淇淋」や重慶長安汽車の「奔奔E-Star」といった格安EVの競合車種の販売も伸びた。

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市場の活性化に加え、これらの競合があてにしたのは、中国政府が自動車メーカーに対し新エネ車の製造・販売を義務付ける「クレジット制度」だ。目標未達の企業はマイナスのクレジットが付与され、基準を超えた企業からクレジットを購入して相殺する必要がある。こうしたクレジットを売却することで利益を得られるため、各社は利幅の薄い格安EVを手掛けるメリットがあった。

ただ各社が一斉に新エネ車の製造・販売を進めたことで需給が緩み、クレジットの1ポイント当たりの取引価格は下落傾向だ。中国メディアによると21年の価格は平均2088元だった。複数の証券会社の試算では、22年に1000元前後まで下がるという。

このため、メーカー側は安価なEVから距離を置き始めている。クレジットの利益減少に加え、22年に入ってからは原料高も加速し、格安EVを手掛ける利点は一段と縮小している。中国メディアによると、長城汽車のEVブランド「欧拉」の董玉東・最高経営責任者(CEO)は2月、自社のアプリ上で、約7万元からの価格で販売していたEV「欧拉・黒猫」などの受注を停止すると通知した。「黒猫1台の赤字は1万元を超える」との理由だ。

企業のEVの競争軸は格安帯からより高い価格帯にシフトしつつある。4月に入り、QQ冰淇淋や奔奔E-Starも3万元前後の最安モデルの受注を停止した。欧拉は黒猫などの受注を止めた後は14万元超の「好猫」などに注力することを決めた。

五菱も宏光MINI EVの後継で、より高価格の初のグローバル車種「五菱Air ev」の投入を計画する。インドネシアで工場を建設中で、中国のほか東南アジアやアフリカ、欧州や日本での販売も視野に入れる。

ただ、10万~30万元の中価格帯にも比亜迪(BYD)や外資メーカーなど競合がひしめき、価格帯が上がれば安全性や品質に対する消費者の要求は厳しくなる。これまでの格安EVの製造ノウハウが生かせるかが課題となる。
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深尾三四郎
伊藤忠総研 上席主任研究員
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別の視点

半導体の調達力が高い新興EVメーカーの販売が増えている。

中国では車載半導体の国内生産が増えている。ファウンドリの中国SMICが前工程を担うかたちで、投資資金を掻き集めた新興企業含む地場半導体メーカーが海外から半導体製造装置を大量に買いだめし、生産能力を拡大させているため。

これらチップメーカーの主要顧客は中国新興EVメーカー。価格帯が上のモデルを展開するメーカーが廉価EVメーカーよりも半導体を調達しやすいので、EVの価格帯が上がっている。

足元では欧州向け中国製EVの輸出が急拡大しており、国内小売台数(内需)と輸出を含む工場出荷基準の汽車工業会の販売統計(生産)に乖離が出始めていることに要注意。

2022年6月29日 13:44 』