[FT]抗議デモ頻発のイラン、大統領が自重し国政は安定

[FT]抗議デモ頻発のイラン、大統領が自重し国政は安定
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『6月に大統領選出から1年を迎えたイランのイブラヒム・ライシ師は、歴代大統領が好んで行っていた記者会見や演説は避け、代わりに首都テヘラン近郊の貧困地区バラミンに足を運んだ。
イランのライシ大統領=ロイター

「私にはこのほうがはるかに楽しい」。イラン国旗を振る群衆に、ライシ師はこう語りかけた。「人々に会い、心配事について話を聞くことができて」

改革派の立候補者たちが締め出された選挙で勝利を収めてからの1年間、控えめな姿勢が大統領としてのライシ師の特徴となった。論争を引き起こす演説をしたり、全ての政府機関を支配する保守強硬派の面々と衝突したりすることはほとんどない。

その意味するところは、ここ数年で初めて、全ての政府機関の間に明確な意思統一が生まれているということだと専門家や体制の内部関係者は言う。物価の高騰や失業、実質所得の低下などを巡り、数十人から数百人まで様々な規模の抗議デモが毎週のように起きているにもかかわらず、「ライシ師の下で政治的な平穏」が生まれているとある内部関係者は話す。「今はこれまでと違い、決定が下されると政治システム全体がそれを支える。今は誰もが車を押して動かそうとしている。(1979年のイスラム)革命以降、めったになかったことだ」

61歳のライシ師の政治家としての姿勢は前任者たちと全く対照的だ。穏健派であれ強硬派であれ、歴代大統領は頻繁に演説を行い、反対勢力を厳しく非難した。中道派のロウハニ前大統領時代、政策はイスラム法と神政国家の利益に基づいて策定されるべきだと信じる強硬派は、体制の存続に向けて国民の投票結果も考慮に入れる必要があるとする穏健派による決定を阻止した。これが政治的内紛の火に油を注ぎ、多くの政治家が行き詰まりは不可避とみなす状況に至った。

言葉よりも行動のライシ師

ライシ師は論争に挑もうとはせず、おおむね低姿勢で国内を行脚し、言葉よりも行動の人物というイメージを高めようとしている。専門家が経済運営の担い手とみるモフベル第1副大統領も同様だ。

争いが起きていないのは、ライシ師側が行動に出ていないことを示していると結論づける見方もある。専門家によると、強力な各機関や最高指導者ハメネイ師の直属組織や革命防衛隊の精鋭組織の面々といった陰の実力者たちが、内々に政府と協議して重大な決定を下しているという。

「ライシ師は力のある意思決定者ではないかもしれないが、力のある意思決定者たちの決定を実行している」と改革派のモハンマド・アリ・アブタヒ元副大統領は言う。「意識的にかどうかはともかく、ライシ師はどの政治勢力も刺激しないよう非常に用心している」。そのため、これといった反対勢力は生まれていない。

この受け身の姿勢は、83歳の最高指導者ハメネイ師の死去後にライシ師が後継者となる可能性を高めるのか、あるいは低めるのかは不透明だ。その決定を下す高位のイスラム法学者たちに好感される可能性はある。「この姿勢はおそらく、彼の強みとみられているはずだ」との見方をアブタヒ氏は示す。「次の最高指導者になる可能性は去年のこの時期よりも高くなった」

後継者問題は今なおイラン政治で語られない最大の問題の一つで、内政・外交政策に影響を及ぼしている。強硬派は、米国と協調して次期最高指導者の選出に影響を及ぼしうる穏健派に権力が戻ることを危惧している。

米国とイランは核合意の再建巡り間接協議

ライシ師の低姿勢とは裏腹に、イラン核合意と経済の落ち込みという2つの問題に関して体制の意思統一はできていると専門家は指摘する。

ライシ師は他の強硬派と同じく、2015年のイラン核合意を復活させる必要性を退けている。イランが世界の主要国と交わした核合意は18年に当時のトランプ米大統領が離脱を宣言し、最も厳しいレベルの制裁措置をいくつか講じた。これを受けて、イランは兵器級に近いレベルのウラン濃縮に動いた。ウィーンでの数カ月にわたる間接協議の後、イラン側は革命防衛隊に対する米国のテロ組織指定解除を核合意復活と結び付け、行き詰まりを招いた。両国は今週、カタールの首都ドーハで間接協議を行う予定だ(編集注、米国とイランの間接協議は28日、カタールのドーハで開かれた)。

米国による制裁で経済に大打撃を受け、物価高と景気低迷に対する抗議デモがほぼ毎週起きる状況の中でも、妥協しようとしないイランの姿勢はそのままだ。通貨リアルは、この1年の間に対ドルでさらに22%下落した。物価上昇も収まらず、インフレ率は約40%に達している。失業率も高く、3月末までの1年間に、15~24歳の約21%が無職だった。この苦境に直面しても、保守強硬派は5月に輸入食料・原材料への補助金を減らし、植物油や鶏卵、鶏肉、乳製品などの食品の値上がりが加速した。

6月には国内十数都市で年金生活者がデモに繰り出し、「ライシに死を」「無能な政府に死を」とシュプレヒコールをあげた。公務員の年金が約60%引き上げられたのに対し、自分たちの年金は10%しか増えなかったことへの怒りだ。爆発した怒りはアブドルマレキ労働相の辞任へとつながった。その前には教員がデモを行った。公務員は給料の遅配に抗議している。いくつかの都市では市場の商人、テヘランではバス運転手も物価高への抗議に加わっている。

抗議デモは政権への脅威にならず

改革派の有力政治家であるホセイン・マラシ氏は地元紙サザンデギの記事で、ライシ師は「(イラン・)イスラム共和国の歴史を通じて最も不人気な大統領になりつつある」と語っている。

だが、革命防衛隊政治局のヤドッラー・ジャバニ副司令官は、敵がライシ政権への「信頼を打ち壊して絶望感」を生み出そうとしているだけのことだと述べている。

前出の内部関係者は「最も完全な形で経済の手術が行われる。我々はそれをやり遂げる」と話した。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、19年の燃料価格引き上げに抗議するデモは暴力に発展し、全国で300人以上の死者が出た。だが、内部関係者はこう話す。「ライシ政権は暴動(の可能性)に大きな懸念は抱いておらず、人々も在外の反体制勢力を代替する選択肢とはみなしてはいない。基本的には国内にも国外にも重大な脅威は存在しない」

一方、ジャバニ氏は最高指導者の「一兵卒になろうとする」大統領がやっと現れたと語った。

By Najmeh Bozorgmehr

(2022年6月28日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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