インドの意外なIPEF参画、貿易赤字を巡る損得勘定

インドの意外なIPEF参画、貿易赤字を巡る損得勘定
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD230Q40T20C22A6000000/

『米国が新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を立ち上げ、アジアから13カ国が創設メンバーに名を連ねた。同盟国の日本、韓国、オーストラリアはもちろん、これまで地域の経済連携のハブ的存在だった東南アジア諸国連合(ASEAN)からも7カ国が参加した。意外だったのはインドが手を挙げたことだ。モディ政権下で保護主義が目立ってきた同国の利害得失をどうみればいいのだろうか。

インド参画の報が日本政府にもたらされたのは5月19日。バイデン米大統領が初来日してIPEF創設を発表する、わずか4日前だった。「ポジティブサプライズだ。入ってほしいとは思っていたが、まさか第1陣に加わるとは」と経済産業省関係者が打ち明ける。

その背景には3年前の苦い記憶がある。インドは2019年11月、16カ国による7年越しの協議が大詰めを迎えていた東アジアの地域的な包括的経済連携(RCEP)から離脱した。土壇場のちゃぶ台返しで全体の交渉妥結はさらに1年延び、インド抜きで協定発効にたどり着いたのは今年1月のことだ。

RCEP離脱のインド、米の新経済圏構想になびく

RCEP加盟の15カ国のうち11カ国はIPEFと共通だ。前者に背を向けたインドがなぜ後者になびくのか。貿易構造をみれば事情が浮かび上がる。

インドの最大の貿易相手国は13年度(13年4月~14年3月)から5年間は中国だった。その後、18~19年度は米国、20年度は中国、21年度は米国とめまぐるしく首位が入れ替わるが、対照的なのは貿易収支。対米は黒字、対中は赤字が定着し、昨年度は前者が328億ドル(約4兆4300億円)、後者は729億ドルといずれも過去最大だった。

直近で1900億ドルまで膨らんだ貿易赤字を改善したいインドは、中国からの輸入を減らし、米国への輸出を増やしたい。中国が中核のRCEPを離脱し、米主導のIPEFに参加する最大の理由だが、もうひとつ見逃せない要素がある。ASEANだ。

モディ首相は「自立経済圏」を掲げる=ロイター

対中は赤字全体の4割弱を占めるが、対ASEANの赤字も257億ドル、1割強とそれに次ぐ。かつてタイとの2国間の自由貿易協定(FTA)交渉で、成果を早く得ようと約80品目の関税を先行撤廃する措置を導入したところ、輸入急増で国内企業の経営破綻を招いた。そのトラウマからタイとは結局FTAを締結せず、10年に発効したASEANとの多国間FTAも自由化率は約77%と低水準にとどまる。その自由化率を引き上げるRCEPからの離脱は、中国に加えてASEANからの輸入増加も嫌った面があった。

ただ、RCEP加盟国との貿易赤字が全体の65%を占めるのに対し、IPEF加盟国とは10%にとどまる。IPEF加盟で仮に対ASEANの赤字が増えても対米黒字の拡大で十分に相殺は可能、との皮算用は働いただろう。

インドの参画で今後の交渉に火種も

「量」だけでなく「質」の違いも見逃せない。IPEFは米市場の開放を伴わないため、インドにすれば逆に米国をはじめとする他国からも市場開放を強要されない。また、貿易、供給網、インフラ・脱炭素、税・反汚職という4つの柱ごとにそれぞれ交渉し、先行して合意したものから実行に移す。特定の分野に絞った署名も可能で、供給網やインフラに関心が強いであろうインドには参加しやすい仕組みだ。

人口14億人を抱え、民主主義陣営の一角であるインドの参画は、中国抜きの経済圏づくりの性格を帯びるIPEFにとって大きい。ただ、経産省幹部は「RCEP交渉を思い起こせば、これからが大変だ」と身構える。この手の交渉は妥協なしには進まないが、RCEPでは参加国の間で何度も「またインドか」との声が上がるほど、同国のかたくなな姿勢が際立ったからだ。

インドはRCEP離脱後、国際経済からの孤立は避けようと、アラブ首長国連邦(UAE)や豪州とFTAを結んだ。ただ与党・インド人民党(BJP)の経済イデオロギーはいまも「国産優先」で、モディ政権は自立経済圏の構想を掲げる。インドとインド太平洋地域の経済圏は折り合えるのか。IPEF交渉は火種を抱えて走り出す。』