ウクライナ副首相、ロシア連行の子供「全員取り戻す」

ウクライナ副首相、ロシア連行の子供「全員取り戻す」
国際機関や欧州各国の領事館、ロシアのボランティアと連携
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB2146Z0R20C22A6000000/

『ウクライナのイリーナ・ベレシチューク副首相はロシア軍に占領された地域から同国に連行された子供らの帰国に全力を挙げていると表明した。南東部マリウポリから2000人以上の孤児が拉致されるなど、これまでに24万人の子供を含む120万人がロシアに強制連行されたという。ベレシチューク氏は、ロシア国内のスラブ系の人口を増やすことが狙いだとの見方も示した。

首都キーウ(キエフ)で取材に応じた。ベレシチューク氏は民間人の避難や国内避難民の支援を担当している。ロシア軍に包囲されて危機的状況に陥ったマリウポリでは人道回廊を設置し市民を避難させた。その際の合意に反してロシアは孤児を拉致し、ロシア人との養子縁組を通じてロシア人にする計画を進めているという。ベレシチューク氏は「完全なるファシズムだ」と強く非難した。

ウクライナ側は連行された孤児の行方の調査を進めており、これまでにロシア西部ベルゴロドや親ロシア武装集団が実効支配するドネツクなどから27人をウクライナに帰国させたと明かした。孤児らを「全員探し出して取り返す」とベレシチューク氏は表明した。

100万人を超すウクライナ人のロシアへの強制連行について、ベレシチューク氏は「世界の目の前で人道に対する罪が犯されている」と怒りをあらわにした。国際機関や欧州の在ロシア領事館、ロシアのボランティアグループの支援を得て、ロシアと国境を接するバルト3国などを経てウクライナに帰還させるよう取り組んでいるとした。

ロシアは強制連行した住民についてロシア側に避難していると強弁する。ロシア通信は21日、侵攻開始後にウクライナからロシアに避難した住民が200万人を超えたと国防省幹部の発言として報じた。このうち約31万人が子どもという。

ロシアが住民に自国の旅券の取得や通貨ルーブルの使用を強制して事実上の併合を進める南部ヘルソン州やザポロジエ州の情勢にも危機感を示した。金銭供与や脅しにもかかわらず、ロシアが旅券配布を始めてから10日間で申請したのは50人程度だったと指摘し、「占領者に対する住民の抵抗はとても強い。地域を解放しなければならない」と強調した。

東部の激戦地では、ウクライナ軍とロシア軍の火砲の差が20倍に上るとし、激しい砲撃により住民退避のための人道回廊を設置できない状況にあると認めた。「ウクライナ軍の士気は高いが、素手では戦えない」と述べ、欧米に迅速な武器供給を訴えた。

「(ロシア大統領)プーチンは領土拡大でなく、ウクライナの国家と民族を破壊するため侵攻しており、仮に領土で譲歩しても攻撃は止まらない」とも語った。ロシア軍が全面侵攻を開始した2月24日の前の領土を回復するゼレンスキー政権の方針を改めて強調した。

(寄稿 キーウで、古川英治)

全面侵攻「予想超える」、国家防衛に誇り 副首相インタビュー
インタビューに応じるウクライナのベレシチューク副首相(キーウ)

「避難するか、残るか、戦うか」。ロシア軍の侵略に直面するウクライナでは各地で市民がそんな決断を迫られてきた。それは政府関係者も同じだった。市民として、閣僚として、そして母親として、どう判断し、行動したのか。戦闘地域からの人道回廊の設定などを担うイリーナ・ベレシチューク副首相に胸の内を語ってもらった。

ロシア軍の全面侵攻は正直、私の予想を超えていた。一時的に占領されている地域の再統合相として、私は東部ドンバス地方をほぼ毎週訪問していた。2月半ばに東部で幼稚園が砲撃された時、この地域で新たな攻撃が始まると確信し、「ロシアが新たな侵攻を開始し、2014年よりも厳しい状況になるだろう」と首相に報告した。ドネツク、ルガンスク両州、クリミア半島と接するヘルソン州が標的になると考え、軍もこうした地域の防衛体制を強化していたが、首都を含めて全土が攻撃されるとは私は信じていなかった。

実は英国大使や米政府高官から首都を離れるよう繰り返し個人的な忠告を受けていた。「ロシアは『キル・リスト』(占領後に殺害したり拉致したりする政府高官、記者、活動家らの名簿)を作っており、あなたも入っている、すぐに退避すべきだ、我々がすべてアレンジする」。そんな話だった。ロシアのプーチン政権はウクライナの政府幹部をモスクワに連れて行き、公の場で刑に処すという情報があった。それでも私は大統領と市民と首都に残ると決めていた。

2月24日早朝、爆発音を聞き、すぐに爆撃機による攻撃だと理解した。私は軍での経験があり、夫も軍人なので、有事の備えはしてあった。夫はすぐに家を出た。私は自分のアシスタントに17歳の息子の避難を託し、内閣庁舎に向かった。息子とはその日以来会っていない。政府庁舎は攻撃対象だと分かっていたが、政府が機能していることをすぐに市民に示す必要があると考えた。7時には「我々は働いている」とSNS(交流サイト)で発信した。

首相は2月24日に内閣庁舎にいた閣僚を集めて会議を開き、大統領府や内閣庁舎も破壊される可能性があり、避難するかどうかはそれぞれの選択に任せると告げた。私は選挙で選ばれた代表として、大統領や閣僚は戦う意思を示し、市民を主導する以外の選択肢はないと信じていた。個人的な理由で首都を離れたものもいるが、我々は強い意志を示し、軍も市民も国を守ろうと団結した。

(3月に首都にロシア軍が迫るなかでも)私はほとんど恐怖を感じていなかった。おそらく軍での経験が私の考え方に影響している。高校卒業後に17歳で士官学校に入り、若い時期に5年間にわたって軍にいた。軍は決して国民を裏切らないし、勝利まで戦う覚悟だと身をもって知っていた。だから侵攻が始まったとき、私はどう行動するかに迷いはなかった。息子には幼いころから国に仕える思いを伝えてきたので、家を去る時に彼は何も言わなかった。

ロシア侵攻の数カ月前、議会の防衛委員会の委員として私はこのテーブルで、米議会の超党派の防衛委員会のメンバーと会合した時のことを鮮明に覚えている。米国の参加者は(2021年8月)米軍撤退とともに国外に逃亡したアフガニスタン政府や同国の軍に失望したと語り、我々のことも信用していない様子だった。我々は国民を捨てて逃げることは決してしない、あなた方の支援に値すると私は訴えた。バイデン政権が我々の抵抗を見て、ウクライナを過小評価していたと考えを改めたという報告を見た時、私は誇りに感じた。
アゾフスターリ製鉄所から避難してきた人らを乗せたバス(5月、ウクライナ東部ドネツク州)=ロイター

私の任務のなかで、(ロシア軍に包囲された南東部マリウポリの)アゾフスターリ製鉄所からの住民の避難はとても困難な作戦だった。市民の救助を大統領に指示され、女性や子供、それにペットも含めて助けようとした。国連と赤十字にあらゆるルートを使って協力を直訴した。キーウを訪問したグテレス国連事務総長は、私が彼に直接接触しようとしていること、そして国連が十分なことをしていないと批判していると報道で知っていると語り、やれることをすべてすると約束した。国連と赤十字の代表は準備に2~3週間かかると言っていたが、我々は1日も待てない、協力がなくとも決行すると訴え、人道回廊を設置し、350人以上を救った。

ロシアはこれまでにウクライナ領12万5000平方キロメートル、つまり、イタリアの半分に相当する領土を占領している。領土で譲歩し、停戦交渉を進めるべきだとの意見はばかげている。(ロシア大統領)プーチンは領土拡大のためではなく、ウクライナ人と国家を破壊するために侵攻したのであり、領土で譲歩しても攻撃は止まらないだろう。プーチンはウクライナだけを攻撃しているのではなく、西側の自由の価値観を破壊しようとしていることを理解すべきだ。
マリウポリのアゾフスターリ製鉄所から退避する民間人(5月、ウクライナ政府機関のフェイスブックより)=共同

歴史的にウクライナの国民国家づくりはロシアの侵略と干渉により、邪魔されてきた。ロシアはウクライナを破壊しようとしているが、逆の結果を招いている。国民意識が強まり、人々を団結させた。軍に参加する3万人以上の女性を含め、多くの人々が自らを犠牲にして戦っている。

こんな個人的な話をするのはロシアの侵攻が始まって以来、初めてのことだ。わたし自身、振り返らないようにしていたところがある。話をしながら、感情でいっぱいになった。
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