「検事・尹錫悦」の日韓関係

「検事・尹錫悦」の日韓関係
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM182L50Y2A610C2000000/

『韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の執務机には〝The buck stops here!(責任は私が取る)〟と書かれた木製のプレートが置かれている。米国のトルーマン元大統領が好んだ言葉だ。5月に訪韓したバイデン大統領が尹氏に贈った。

5月の就任から1カ月半がたち、尹大統領はプレートの言葉通りに強力なリーダーシップを意識している。反対を気にせず、わずか2カ月で大統領府を青瓦台から国防省庁舎に移転させたのは最たる例だ。国防省は混乱に包まれながらも、命令通り突貫工事で期日に間に合わせた。

政権の人事では野党やメディアから「検察共和国」と陰口をたたかれるほど、自分がよく知る検事や官僚を多く起用した。信頼できる人物を要の場所に据え、自らの指示を各組織に行き渡らせる狙いのようだ。

強力なトップダウンの統治スタイルは「長年身を置いた韓国検察の特捜部で培われた」との見方がある。浮上した疑惑から事件の構図を描き、時には強引にも映る捜査手法もいとわないのが特捜部だ。検察総長の時は、検察改革に踏み入った文在寅(ムン・ジェイン)政権の疑惑捜査を指揮し、真っ向から対峙した。

「韓日関係はうまくいく」と断言する尹氏の日本観も、特捜検事という経歴と無縁ではない。日韓の検察当局が深めてきた交流の歴史が背景にある。

尹氏は5月10日の就任式に、日本から一人の検事を招待した。青森地検で三席検事を務めている小池忠太氏だ。ソウルの日本大使館で1等書記官として勤務していた頃、検察幹部だった尹氏と何度も焼酎の杯を交わした。

韓国の元検事によると「韓国の特捜部は東京地検特捜部をベンチマークにしてきた」のだという。東京地検が政界の疑獄に切り込んだロッキード事件やリクルート事件は、韓国の検事にも刺激を与えた。別の元特捜検事は「検察内と韓国社会一般の対日観はやや異なる。検事が『日本通』であることは、決して否定的な意味を持っていない」と話す。

尹氏が検事出身ながら外交と安全保障への理解と関心が深いという点で、周囲の評は一致する。外国首脳との会談に陪席した政府高官は、自然体で誰とでも打ち解ける尹氏を見て「大統領の社交的で明るい性格は、周辺国外交に大きく寄与するはずだ」と期待を込める。

一方で日本との関係は大統領の意思とトップダウンだけでは突破できないほど複雑にこじれてしまった。韓国の裁判所が日本側の責任を問い、賠償命令を下した元徴用工や慰安婦の問題を解決するには、法律が必要だ。

政権与党は6月の統一地方選で圧勝したが、国会では革新系野党が今後2年間、議席の過半を占め続ける。政府と議会の「ねじれ」で、思い通りの法案を成立させるのは難しい。韓国側は民間交流の再開を先行し、改善の雰囲気を醸成したいと考えている。

岸田文雄首相と尹氏は、スペインで今月末に開かれる北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に参加する。日韓首脳会談の開催を巡っては双方に温度差がある。韓国側は意欲的だが、参院選の投開票を控えた日本は、懸案の解決策が見えないため慎重だ。

静岡県立大の奥薗秀樹教授は「崩れた信頼の回復にはリーダーが直接会って改善への意思を示し合うことが重要」と指摘する。難題の答えはすぐに出ずとも前に転がる機運を潰さないよう初の顔合わせの機会を生かさない手はない。

(ソウル支局長 恩地洋介)』